↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/70

第四話 神狼王

今日も複数投稿頑張ります!

第四話 神狼王

「なら貴様らごと始末する」


隊長の声が荒野へ響いた。


その言葉を聞いた瞬間、三人の獣人の子供達が怯えたように身を縮める。

年長の少年は必死に妹達を庇おうと前へ出ていたが、その震える足は既に限界だった。


悠真は小さく息を吐いた。やはりこうなる。

話し合いで解決できる相手ではなかった。

それでも最後に一つだけ確認しておく。


「最後に聞く」


隊長が鼻で笑う。


「何だ」


「その子達を追う理由は本当に奴隷だからか?」


一瞬だけ沈黙が落ちた。


次の瞬間。


周囲の兵士達が笑い出した。


「隊長!」


「聞いてますよこいつ!」


「本気で言ってるみたいですよ!」


嘲笑だった。


まるで当たり前のことを聞かれたような反応だった。

そして隊長は肩をすくめる。


「違うな」


少年の身体が強張る。


「獣人だからだ」


隊長は当たり前のように言った。


「どうせ家畜だ」


「……」


「逃げた家畜を捕まえて何が悪い?」


悠真の隣でフィアの表情が変わった。

普段の明るい笑顔が消えている。

レイナも冷たい視線を向けていた。

ラグナに至っては既に隊長を人として見ていない。


だが何より。


フェンリスが一言も喋らなくなっていた。


神狼族、獣人、そして王。


目の前の言葉が何を意味するのかを誰より理解している。

隊長はその視線に気付きもしない。


「人間様に逆らうからそうなる」


少年が唇を噛み締めた。拳から血が滲むほど強く握っている。


悠真はそれを見た。

そして静かに言う。


「この子達は渡さない」


隊長の口元が歪む。


「ならお前らも連れていく。見た目の良い獣人も連れているようだしな」


「そうか」


悠真は頷いた。

そしてフェンリスを見る。


「フェンリス」


「はい」


「命令を覚えてるな」


フェンリスは静かに一礼した。


「最大限警戒」


「敵を過小評価しない」


「必要以上に傷付けない」


「そして」


赤い瞳が細められる。


「子供達を守る」


悠真は頷く。


「行け」


その瞬間だった。

隊長が剣を振り上げる。


「やれぇぇぇぇ!」


二十名を超える兵士達が一斉に突撃した。


剣、槍、斧。


足音が大地を揺らす。

普通の相手なら恐怖で動けなくなる光景。


だが。


フェンリスだけは動かなかった。


悠真ですら一瞬疑問に思う。


だが次の瞬間、世界がぶれた。


違う、フェンリスが動いたのだ。

人間の目では認識できない速度で。


一人目の兵士が気付いた時には遅かった。

目の前からフェンリスが消えている。


直後、腹部へ衝撃。


「がっ……!」


兵士の身体が浮いた。

十メートル以上吹き飛び地面を転がる。


鎧は砕けたが、骨は折れていない・・・と思う。


完全に戦闘不能だった。

フェンリスは既に別の場所にいる。


振り下ろされた戦斧。


その刃を指先で掴む。


兵士が目を見開いた。

あり得ない。


鉄の武器を素手で止めるなど。


フェンリスは少しだけ首を傾げる。


「遅い」


ドゴォッ!!


蹴りが入る。兵士の身体が横へ吹き飛んだ。


さらに背後から突き出された槍。


フェンリスは半歩ずれるだけで回避する。


そのまま槍の柄を掴んだ。


軽く捻ると槍が粉々に砕け散る。


兵士は凍り付いた。


そこで額を指で弾かれる。


パチン。


それだけだった。


だが兵士は白目を剥いて倒れた。


「ひっ……」


誰かが悲鳴を上げる。


もう兵士達も気付いていた。


勝負になっていない。


圧倒的。


あまりにも圧倒的だった。


フェンリスは攻撃していない。


正確には、殺傷を伴う攻撃を一度もしていない。


殴る、蹴る、武器を壊す、意識を刈り取る。


それだけ。


本来なら全員死んでいるはずなのに。


それでも三十秒後。

立っている兵士は半分以下になっていた。


「化物だ……」


兵士の一人が呟いた。

フェンリスの眉が僅かに動く。


化物。


その言葉には慣れている。

だが今はどうでも良かった。主の命令が優先だ。


「まだ続けるのか?」


静かな声だった。しかし誰も答えられない。


恐怖している。


神狼王と向き合った者が受ける本能的な恐怖だった。


だが、隊長は違った。


「弓兵!!」


怒鳴り声と共に後方の兵士達が弓を構える。


十本以上の同時発射。


悠真の身体が強張る。いくらフェンリスでも。


そう思った瞬間だった。


フェンリスの身体から白い魔力が溢れた。


大気が震える。

地面がひび割れる。


獣人の三兄妹ですら目を見開いた。


「神狼王の威圧です」


レイナが静かに説明する。

空気が重くなった。まるで見えない壁が広がる。


次の瞬間。


矢が全て弾かれた。


ガガガガガガッ!!


見えない何かへ衝突したように。


一本残らず。


「そんな……」


隊長の顔色が変わる。兵士達も理解していた。


勝てない。


これは戦いではない。


災害だ。


フェンリスが一歩前へ出る。

それだけで兵士達が後退った。


そして隊長の目前まで歩く。

隊長は剣を構えようとしたが、手が震えてできない。


フェンリスは腰の剣を抜いた。


白銀の刃


その切っ先が隊長の首へ向く。


沈黙。


風だけが吹き抜ける。

フェンリスは振り返った。


「主」


悠真を見る。

赤い瞳に敵意はない。ただ確認している。


「命令を」


ラグナが言った。


「処分が妥当です」


レイナも続く。


「同じことを繰り返させない事にもなります」


フィアですら頷いた。


「この人達、また同じことすると思う」


誰も反対しない。

むしろ当然の結論だった。


隊長は獣人の子供を追っていた。


脅した。

殺そうとした。

そして襲った。


処刑されても文句など言えない。


だが。


悠真は長く息を吐いた。


「やめろ」


全員が止まる。

フェンリスだけは動じなかった。


「理由を伺っても?」


悠真はしばらく考える。

そして正直に言った。荒野が静まり返っている。


「こいつらが最低なのは分かる」


「……」


「腹も立つし、今すぐ殺してやりたい」


「……」


「でも」


悠真は隊長を見る。

恐怖で震えている。情けないほど。


「だから殺すっていうのは違うと思う」


沈黙。


レイナが目を閉じる。


「あとから後悔するかもしれません」


その言葉だけを残した。

悠真は小さく笑う。


「その時はその時だ」


フェンリスは剣を納めた。


「承知しました」


隊長が信じられないものを見る顔をした。


「帰れ」


悠真は言う。


「次はない」


隊長達は逃げるように去っていった。


その背中を見ながら。

悠真は自分が正しいことをしたと思っていた。


この時はまだ。


その選択が後に多くの悲劇を生むことを知らなかった。


兵士達が見えなくなった後。

悠真は三兄妹へ向き直った。


「もう大丈夫だ」


兄妹は何も言えない。

信じられないのだろう。人間が助けた。

それだけで理解できない。


「行く場所はあるか?」


首を横に振る。


「家族は?」


沈黙。


その答えだけで十分だった。

悠真は少し考えた。そして手を差し伸べる。


「なら、一緒に来るか?」


三人が目を見開く。

フィアが笑顔になる。

フェンリスはしゃがみ込み、子供達と目線を合わせた。


「安心しろ」


神狼王とは思えないほど穏やかな声だった。


「黄昏の箱庭は良い国だ」


震える手が伸びる。

少年の手だった。

その手を悠真が握る。


こうして。

黄昏の箱庭は初めて外の住人を受け入れた。


そしてグラディス辺境侯国は。

初めて黄昏の箱庭という存在を知ることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。