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第九話 炎と鉄

熱かった。


鉄峰ドワーフ鉱山国へ到着して最初に抱いた感想は、それだった。


暑いではない。熱い。


山そのものが熱を持っている。

地面の下では溶岩が流れ、至る所で炉が燃えている、鍛冶師達の槌音が響いている。


まるで国全体が巨大な鍛冶場だった。


カン

カン

カン


規則的な金属音が街中へ響き渡る。

その音は不思議と耳障りではなかった。


むしろ、この国の鼓動のようにも聞こえる。



ドゥルガンに連れられて悠真達はグランデルの中心部を歩いていた。


至る所に鍛冶場がある、職人達が汗を流している。

鉄を打つ者、研磨する者、設計図を描く者、若い弟子へ技術を教える老人。


年齢も立場も関係なく全員が働いていた。


フィアは目を丸くする。


「みんな働いてる……」


「当たり前だ」


ドゥルガンが笑う。


「働かねぇドワーフなんざドワーフじゃねぇ」


豪快な答えだった。

周囲の職人達も笑っている。


どうやら本気らしい。


クロエは完全に目を輝かせていた。珍しく感情が漏れている。

巨大な昇降機、鉱石運搬装置、地下へ伸びる坑道、巨大な送風設備、何もかもが興味の対象だった。


「素晴らしいですね」


本当に感心している。


「あの昇降機の構造は興味深いです」


「ほう」


ドゥルガンも機嫌が良い。


技術屋同士、話が通じるらしい。


クロエが珍しく積極的に質問している。

設計思想、素材、魔導技術との組み合わせ。


話題が専門的すぎて悠真にはよく分からない。


ただドゥルガンが嬉しそうなのは分かった。



昼

大食堂

悠真達はドワーフ達と食事をしていた。


肉

肉

そして肉

さらにパン

大量の酒


全てが豪快だった。獣王連邦以上に豪快かもしれない。


ドゥルガンは樽を抱えて笑っている。


「飲め!」


命令だった。

悠真は苦笑する。


「昼なんだけど」


「だからだ!」


意味が分からない。しかし周囲のドワーフ達は納得している。

文化の違いだろう。


ラグナは当然のように飲んでいた。


樽ごと。


レイナが頭を抱える。もう見慣れた光景だった。


食事中、悠真は周囲を観察していた。

職人たち、鍛冶師たち、鉱夫たち皆よく笑う。


明るい、元気だけれど、どこか違和感があった。


何だろう、言葉にできない。そんな感覚。


しばらくして答えに気付いた。


若い者が少ない。


悠真は改めて食堂を見回す。

年配のドワーフは多い、熟練職人もいる、だが若者が明らかに少ない。


オルフェも同じことに気付いたらしい。

静かに眼鏡を押し上げる。


「陛下」


ドゥルガンを見る。


「失礼な質問かもしれませんが、若い世代が少なくありませんか」


その瞬間、食堂が静かになった。


笑い声が消える。


槌音だけが遠くから響いていた。


ドゥルガンも黙る。


数秒、いや十数秒は沈黙が続いた。重い空気が続く。


フィアも空気の変化に気付いている。


ドゥルガンは酒を一口飲んだ。

そして低い声で答える。


「あぁ」


短かった。

だが、その一言に全てが詰まっていた。



食事の後

悠真達は王城の会議室へ案内された。

先程までの賑やかな雰囲気は無く皆真剣だった。


ドゥルガンもそうだ。


窓の外には火山が見える。

白い煙が上がっている。


重い沈黙の中ドゥルガンが口を開いた。


「毎年減ってる」


誰も言葉を挟まない。


「数十年ずっとだ」


窓の外を見る。

鍛冶場、煙、働く職人たち。


それを見ながら静かに続ける。


「戦争、事故、病、飢え、理由はいくらでもある」


だが、結果は同じ。


減っている。


ドワーフが少しずつ、確実に。


悠真は言葉を失った。


アステリアの観測記録に書いてあった数字が頭へ浮かぶ。


その時は実感がなかった。


数字だったから。

ただの記録だったから。


だが今は違う、現実として目の前にある。


種族が減っているという事実が。


ドゥルガンは拳を握る。

太い指、硬くなった手、職人の手だった。


その拳が怒りで震えている。


「人類国家の奴隷商人共がさらっていく」


低い声。

部屋の空気が冷える。


「若い職人、子供、技術者、女、見境ねぇ」


誰も喋らない。

ドゥルガンだけが続ける。


「道具として扱う、商品として売る、壊れたら捨てる」


怒りが滲んでいた。


何十年、何百年と積み重なった怒り。


悠真にも分かる。

だからこそグラディスを思い出す。


奴隷、迫害、虐殺


ドワーフたちも同じだった。


オルフェが静かに尋ねる。


「人数は」


ドゥルガンが首を横に振る。


「分からんが沢山だ、戻ってこねぇからな」


あまりにも重い言葉だった。


フィアが俯く、耳も尻尾も元気がない。


悲しかった。単純に怖かった。


友達になった獣人達たちも、このドワーフたちも、皆苦しんでいる。

それがたまらなく嫌だった。


その時だった。

ドゥルガンが悠真を見る。


真っ直ぐに王の目で。


「だから聞く」


低い声。

重い問いだった。


「お前はどうする、黄昏の箱庭の王として」


会議室が静まり返る。


試されている、悠真はそう感じた。


獣王連邦では信頼、ドワーフ王国では覚悟。


王として何を選ぶのか。それを見ている。


悠真は少し考えてから答えた。


「助けたい」


飾らない真っ直ぐな言葉。本音だった。


「全部は無理かもしれない、でも見捨てたくない、だから手を貸す」


静かな声だったが迷いは無かった。


ドゥルガンは黙る。


数秒

十数秒


やがて大きく笑った。


「がっはっはっはっ!!」


豪快な笑い声。

火山すら揺れそうな大声だった。


「気に入った!」


ゴドリックと同じだった。


頑固な王たちは案外似ているのかもしれない。



その夜。

エルシアは一人で鍛冶都市を歩いていた。


夜でも火は消えない、炉が燃える、火花が舞う。

赤い光が街を照らしている。


その光景を見ながら思う。


花の賢者、神狼、黒竜


そして減り続ける種族。


アステリアはこれを見ていたのだろうか。


五百年前から一人で。

胸の奥が少し苦しくなる。


だが同時に確信も強くなっていた。


アステリアの記録は間違いなく南方へ繋がっている。


そしてまだ何か大きな真実が隠されている。


そんな予感がしていた。


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