第六話 獣王の資格
試練が終わった後もガルドアの熱気は冷めなかった。
闘技場から王城へ戻る道中、あちこちで話し声が聞こえる。
「見たか?」
「見た」
「全く見えなかったぞ」
「ガルド様が負けた……」
「神狼様だ……」
そんな言葉が風に乗って届く。
フェンリス本人は全く気にしていなかった。
普段通り、無表情で無言。静かに歩いている。
だが、フィアだけは得意げだった。
「だから言ったじゃん!」
尻尾を振りながら歩く。
「フェンリス様は強いんだから!」
完全に自慢していた。
フェンリス本人ではなく、何故かフィアが。
レイナが呆れたようにため息を吐く。
「フィアさんが勝った訳じゃないんですけどね……」
「でも嬉しい!」
元気いっぱいだった。
その様子を見て悠真は少し笑う。
獣人たちも次第に表情が柔らかくなっている。昨日までの警戒心が薄れていた。
少なくとも、黄昏の箱庭を敵だとは思っていない。
それだけでも大きな前進だった。
夕方
王城最上階
獣王専用会議室
豪華ではない、むしろ質実剛健だった。
厚い木材で作られた机
飾りの少ない椅
壁に掛けられた獣王連邦の旗
実用性重視、そんな部屋だった。
会議に参加したのは。
悠真
ゴドリック
フェンリス
エルシア
オルフェ
そして数名の側近だけ、フィア達は別室で待機している。
本格的な王同士の会談だからだ。
窓の外では夕日が沈み始めていた。赤い光が部屋を照らす。
しばらく沈黙が続く。
先に口を開いたのはゴドリックだった。
「さて」
獅子族の王は椅子へ深く腰掛ける。
大きな身体、腕を組む姿だけで圧迫感がある。
「もう建前はいいだろう」
そう言って笑った。
「何を聞きたい?」
豪快だった。
悠真も少し考える。
聞きたいことなら沢山ある。
獣王連邦
南方
種族問題
人類国家
アステリア
だが、最初に気になったのは別だった。
「暮らしは厳しいのか」
率直な問いにゴドリックは少し驚いた。
政治の話ではない、軍事でもない、土地の話だ。
少しだけ目を細める。
そして素直に答えた。
「厳しいな」
即答だった。迷いも見栄もない。
「お前たちも見ただろう」
窓の外を見ると遠くには痩せた大地が広がっている。
草は生えている、だが少ない。
土地は固い、水も少ない、農作物も育ちにくい。
「この辺りはまだマシだ」
その言葉に悠真は眉をひそめる。
まだマシ、つまりはさらに酷い場所がある。
ゴドリックは続けた。
「南へ行けばもっと酷い」
「雨は減り、土地は痩せ、獲物も少ない」
静かな声だった。だが、その内容は重い。
オルフェも難しい顔をしている。
獣王連邦の現状を数字で知るのと直接聞くのでは全く違う。
ゴドリックは酒杯を傾ける。中の酒が揺れる。
「昔は違ったらしい」
ぽつりと呟く。
悠真が顔を上げる。
昔
その言葉に反応した。五百年前が頭を過る。
獣王は遠くを見るような目になった。
「俺も見た訳じゃない」
「伝承で・・・・だがな」
少し笑う。
「昔はもっと生きやすかったらしい」
乾いた土地ではなかった、もっと緑があった、もっと水もあった、獣人たちも今より多かった。
そんな話が残っているらしい。
悠真の脳裏に観測記録が浮かぶ。
アステリアの残した言葉。
あの記録はもしかして、関係があるのではないか。
そんな考えが頭をよぎる。
その時だった、エルシアが口を開く。
「一つお聞きしたいことがあります」
全員の視線が向く。
エルシアは少しだけ緊張していた。
今回の旅には目的がある。
南方にあるアステリアの足跡。それを追うために来た。
「神狼の伝承です」
ゴドリックの目が細くなる。
「ほう」
興味を持ったらしい。
「何か知っているのか?」
獅子王は少し考えた。そして頷く。
「詳しくはないが語り継がれている」
部屋が静かになる。
フェンリス本人まで聞いている。少し妙な光景だった。
自分に関する伝説を本人が聞いている。
ゴドリックは笑った。
「神狼は獣人を導いたそうだ」
悠真達は黙って聞く。
「飢えの時代、戦乱の時代、絶望の時代」
その時、白銀の神狼が現れた。そんな伝承らしい。
戦い方を教え。
生き方を教え。
誇りを忘れるなと言った。
そして、ある人物と共に旅をしたという。
エルシアの心臓が強く跳ねる。
「ある人物……ですか」
声が少しだけ強張る。
ゴドリックは頷いた。
「花の賢者」
その瞬間、エルシアの瞳が揺れた。
悠真も反応する。
オルフェも含め全員がその一言に反応する。
同じ人物を思い浮かべていた。
アステリア
確証はないが、間違いない。
花、五百年前、神狼王の伝承
全てが繋がり過ぎている。
ゴドリックは続ける。
「その賢者は獣人たちを救ったらしい」
「飢えた村へ食料を届け、枯れた土地へ花を咲かせた」
エルシアは俯く。
頭の中に浮かぶ光景、花畑にいるアステリア。
優しい笑顔、困った人を放っておけない性格。
確かにやりそうだった。驚くほど、アステリアらしい。
胸の奥が少し温かくなる。
五百年前のこの世界で、アステリアは確かに生きていた。
それがまた一つ分かった。
会談が終わる頃には、空は完全に夜になっていた。
部屋を出た後、エルシアは一人で回廊を歩いていた。
窓から月が見える。冷たい夜風が頬を撫でる。
「アステリア様……」
小さく名前を呼ぶ。
会いたい。
その気持ちがまた強くなった。
今までは痕跡だけだった。だが違う、獣人達は覚えている、伝承になっている、誰かの記憶の中に生きている。
だからきっとこの先にも何かある。
そう思えた。
その頃
王城の別室ではゴドリックが一人で酒を飲んでいた。
窓の外を見ると遠くの月を見上げる。
そして小さく笑った。
「なるほどな」
黄昏の箱庭
面白い国だ。
フェンリス、ラグナ、そして悠真。
さらに、花のエルフ。
獅子王の勘が告げていた。
彼らはただの来訪者ではない、時代を動かす者達だ。
だからこそゴドリックは決める。
明日の会談で正式に友好を提案することを。
その決断が後の南方同盟へ繋がる最初の一歩になることをまだ誰も知らなかった。




