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第五話 牙の試練

翌朝

獣王連邦首都ガルドアは、朝から異様な熱気に包まれていた。

空は快晴、雲一つない青空、乾いた風が吹いている。風が通るたびに訓練場の土が舞い上がり、薄い砂煙が広がる。


王都郊外に作られた巨大な円形闘技場


普段は戦士達の訓練に使用される場所らしい。

しかし今日は違う、観客席は埋まっていた。


獣人たちが老若男女問わず集まっている。

戦士達はもちろんのこと商人、職人、子供達まで来ていた。


皆が同じ方向を見ている。

闘技場の中央、そこに立つ二人を。



「すごい人だね……」


フィアは観客席を見回した。耳が忙しなく動いている。

あちこちから聞こえる会話を拾っているらしい。


「神狼様だ」


「伝説の神狼だぞ」


「本当に本人なのか?」


「ガルド様なら確かめてくれる」


様々な声。

期待、興奮、疑念、色々な感情が混ざっていた。


悠真は静かにそれを聞いていた。獣人たちは決してフェンリスを嫌っているわけではない。


むしろ逆で伝説を大切にしている。


だからこそ簡単には信じない。

憧れが大きいからこそ本物であることを確かめたい。


そんな空気だった。



闘技場中央

フェンリスが立っている。


いつも通りだった。

無駄な力みはない、肩の力も抜けている。


だがそれが逆に恐ろしい。


悠真は何度も見ている。

フェンリスは強い、誰よりも強い。だからこそ戦う前から余裕がある。


対するガルド。

こちらは緊張していた、表情には出していない。

しかし分かる。息遣い、手の動き、僅かな肩の揺れ全てが目の前の相手を警戒していた。


それでも逃げない、目を逸らさない、そこには戦士としての誇りがあった。



やがてゴドリックが立ち上がる。

観客席最上段、王専用席、そこから闘技場を見下ろしていた。


「始めるぞ!」


その声は大きい。

広い闘技場全体へ響き渡る。


一瞬で静寂が訪れた。


数千人規模の観客がいる。それなのに誰も喋らない。


全員が見ているフェンリスとガルドだけを。


ゴドリックは心の底から楽しそうに笑った。


「死ぬなよ」


軽い口調だった。

しかしそれがこの国なりの敬意だと悠真は理解した。


次の瞬間、ゴドリックが腕を振り下ろす。


「始め!」



先に動いたのはガルドだった。

土を蹴る、爆発するような加速。


速い。


観客席の獣人たちが歓声を上げる。

狼族特有の俊敏さ、長年鍛えた技術からわかる、ただの戦士ではない。一流だった。


一瞬で間合いを詰めそして、拳を放つ。

鋭い一撃は空気を裂く。


だが当たらない。


フェンリスは半歩動いただけだった。本当に半歩。


それだけで攻撃が空を切る。


「っ!」


ガルドの瞳が見開かれる。

観客席も騒めいた。


避けたというより元からそこにいなかったような動きだった。


続けて蹴り、肘、怒涛の連撃。


しかし、全て当たらない。


フェンリスは静かに避け続ける。

水が岩を避けるように、風が木々を抜けるように、自然だった。あまりにも自然だった。


ガルドは額に汗を浮かべる。


おかしい、読めない。見えている、確かに見えている。


なのに届かない。


攻撃が当たる未来が見えない。


拳を握り締め、息を整える。


それでも前へ出る。

逃げない、引かない、戦士だからだ。獣王連邦の戦士長だからだ。


そして何より、知りたかった。


本物なのか。


ただそれだけが知りたかった。


「まだだ!」


叫ぶ。


再び踏み込む。今度は全力だった。


身体能力強化

魔力強化


持てる力全てを込める。


観客席がどよめく。


ガルド最強の一撃。

凄まじい踏み込み、そして拳。


一直線にフェンリスの顔面を狙う。


しかし。


次の瞬間、ガルドの視界が反転した。


え?


そう思った時には自分の背中が地面についていた。


何が起きたのか分からない。

観客席も静まり返っていた。


誰も見えなかった。

フェンリスがいつ動いたのか、何をしたのか。分からない。


ただ気付いたら、戦士長ガルドが地面に倒れていた。


フェンリスは最初の位置からほとんど動いていない。


静寂


風だけが吹く。

ガルドは空を見上げていた。


青い空、雲一つない。


しばらくして大きく笑った。


「負けだ」


潔かった。

未練もない、言い訳もしない完全な敗北だった。


ガルドは立ち上がる。

服についた土を払いフェンリスの前へ立った。


数秒見つめる。


やがて、深々と頭を下げた。


「申し訳なかった」


真っ直ぐな声だった。


「疑ったことを謝罪する」


観客席が静まり返る。誰も喋らない。


戦士長が頭を下げている。それだけで十分だった。


フェンリスはガルドを見る。

そして小さく言った。


「気にするな」


短い。


だが、その言葉でガルドの表情が少し緩んだ。


次の瞬間、大歓声が爆発した。


獣人たちが立ち上がる。


叫ぶ。

手を叩く。

歓声が響く。


「神狼様!」


「フェンリス!」


「すげぇ!」


子供たちまで飛び跳ねている。

フィアも全力で拍手していた。尻尾がちぎれそうなくらい振られている。


「フェンリス様すごい!」


本人は無表情だった。

だが、フィアは知っている。少しだけ困っている顔をしていることを。


その時。

高い場所からゴドリックの笑い声が響いた。


「はっはっはっはっ!!」


豪快だった。

本当に楽しそうだった。


獣王は立ち上がる。

そして、悠真へ視線を向けた。


黄金の瞳

王の目


「よし!」


大きな声だった。


「これで全員納得しただろう!」


歓声がさらに大きくなる。

ゴドリックは腕を組んだ。そして悠真へ言う。


「今度は王同士で話そう」


「お前達の国と俺達の未来についてな」


その言葉を聞きながら悠真は静かに頷いた。


試練は終わった、そして今からが本番だ。


獣王連邦と黄昏の箱庭


二つの国の未来を決める会談が始まろうとしていた。


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