第四話 草原の宴
会談は思っていたよりも早く終わった。と言っても、話がまとまった訳ではない。
そもそも、まだ本格的な交渉にすら入っていなかった。
ゴドリックという男が堅苦しい話を嫌ったのだ。
「まずは飲め!」
その一言。
そして、気付けば悠真達は王城裏手の大広場へ連れて来られていた。
獣王連邦の歓迎宴
本来なら数日後に開く予定だったものをゴドリックがその場で前倒しにしたらしい。
豪快過ぎる。悠真は大きな焚火を見ながら苦笑した。
夕陽が沈み始めている。
乾いた空気、赤く染まる空、遠くでは草原を渡る風が土埃を運んでいた。
決して豊かな土地ではない。
それでも、この場所には活気があった。
大勢の獣人達が笑い。
語り合い。
肉を焼いている。
子供達が走り回っている。
その光景には確かな生命力があった。
「ほら食え!」
巨大な肉塊が皿へ置かれる。
ドン
音がした。
悠真は思わず皿を見る。
大きい、とにかく大きい。人の顔ほどある、しかも焼きたて。
香ばしい匂いが漂う。
フィアの耳がぴくりと動いた。次の瞬間、目が輝く。
「おいしそう!」
既に手を伸ばしていた。
遠慮がない。だが獣人達は大笑いする。
「いい食いっぷりだ!」
「嬢ちゃん気に入った!」
「もっと食え!」
フィアの前に次々と肉が積み上がっていく。
本人は幸せそうだった。
「おいしい!」
満面の笑みで叫ぶ。子供達まで集まってきた。気付けば囲まれている、完全に馴染んでいた。
悠真は思う。
フィアは本当に凄い、どこへ行っても友達を作る。
特別な努力もなく当たり前のように人の懐へ入っていく。それは才能だった。
少し離れた場所。
フェンリスは相変わらず静かだった。
肉を食べながら焚火を見ている。
無口、無表情。
いつも通り。
しかし。
周囲の獣人達は落ち着かない。視線が集まっている。
昼間見た石碑
神狼の伝承
それが今目の前にいる。
本人かどうかは別として少なくとも酷似している。
尊敬
畏怖
好奇心
様々な感情が入り混じっていた。
すると、若い獣人戦士が一人ついに勇気を出して近付いてきた。
緊張が伝わってくる。
背筋は真っ直ぐ、だが尻尾は落ち着かない。
「フェンリス殿」
呼び掛ける。
フェンリスは視線を向ける。それだけで戦士の肩が僅かに震えた。
圧が強い。
本人は何もしていないのだが存在感が違い過ぎる。
「何だ」
短い返事。
獣人戦士は覚悟を決めるように息を吸った。
「神狼様は本当に実在したのですね」
静寂
周囲まで聞き耳を立てている。
フェンリスは少しだけ考えた。
そして。
「あれは俺じゃない」
そう言った。
全員が予想外の答えに固まる。
戦士も目を丸くする。
「ですが……」
「俺は最近この世界へ来た」
フェンリスは淡々と言う。
「五百年前の神話など知らん」
事実だった。だから余計に不気味だった。
石碑
神殿
伝承
自分そっくりの存在。誰が何のために残したのか全く分からない。
その時、エルシアが静かに視線を落とした。
アステリア
またその名前が脳裏に浮かぶ。
五百年前、アステリアはこの世界にいた。
そして、フェンリスやラグナの伝承も残っている。
偶然だろうか。いやそんなはずがない。
だが理由までは分からない、もどかしかった。
その頃。
ラグナは獣人たちに囲まれていた。半ば予想通りだった。
竜人ではない。獣人たちだ。
それでも、黒竜王の伝説は存在している。
だから気になる、話を聞きたい、触ってみたい。
そんな者達が集まるのは当然だった。
「本当に竜へ変身するんですか?」
「する」
「飛べるんですか?」
「飛ぶ」
「強いんですか?」
ラグナは少し考えた。
そして頷く。
「強いな」
正直な答えに周囲が笑う。嫌味が無い、事実だからだ。
フィアがその様子を見て吹き出した。
「あははっ!」
「ラグナ様って本当にラグナ様だよね!」
「意味が分からん」
本人は真面目だった。そこが余計に面白い。
宴も中盤
空は群青色へ変わり始めていた。
焚火の明かりが揺れる。
肉の焼ける匂い、酒の匂い、笑い声、活気がある。
そんな中、悠真はゴドリックと並んで座っていた。
獅子族の王は酒杯を傾ける。豪快な男だった。
しかしただ豪快なだけではない。昼間の会談でも感じた、周囲をよく見ている。
人を見ている、王としての目を持っている。
「思ったより元気だな」
悠真は街の方を見ながら言った。
ゴドリックは少し笑う。
「貧しいと思ったか」
図星だった、悠真も隠さない。
「少し」
正直に答える。ゴドリックは怒らない。
むしろ当然だろうという顔をした。
「実際貧しい」
あっさり認める。
「土地は痩せた、水も少ない、農業も難しい」
酒を飲む。
そして続けた。
「だが生きる」
短い言葉だった。
だが重い、悠真は黙って聞く。
「ここしか無いからな」
空を見上げるゴドリック。その横顔に冗談は無かった。
「人類に追われ、南へ押し込まれ、残った土地で生きる」
「それが俺達だ」
焚火が揺れる。赤い火の粉が夜空へ舞った。
悠真は言葉を返せなかった。
遺跡で見た観測記録
減少する種族
そして今目の前にいる獣人たち。
きっと思っている以上に厳しい状況なのだろう。
その時だった。
宴会場の入り口側がざわつく。何かあったらしい兵士達が道を開く。
ゴドリックも視線を向けた。
やがて一人の男が現れる。
大柄な狼族
顔には古傷
鋭い目つき
歴戦の戦士だと分かる。
周囲の空気が変わった。
強い。
悠真にも分かる。
その男はフェンリスを見つける。そして真っ直ぐ歩み寄った。
宴の喧騒が少しずつ静まっていく。何かが始まるそんな空気だった。
男はフェンリスの前で立ち止まる。
数秒
じっと見つめる。
そして静かに口を開いた。
「本当に神狼なのか」
その一言で。
宴の空気は一変した。
ゴドリックは面白そうに笑う。
フェンリスは無表情のまま。
そして悠真は察した。
この国にもフェンリスを歓迎する者ばかりではない。
神話と現実
その違いを確かめたい者がいるのだと。




