第三話 神狼の子ら
獣王連邦首都ガルドア
乾いた風が吹いていた。
城壁の上を、街路を、市場を、土埃を巻き上げながら風が駆け抜けていく。
悠真は城門をくぐりながら周囲を見回した。
首都。獣王連邦最大の都市。
そう聞いていた。
だが、最初に抱いた感想は思ったより厳しいだった。
城壁は高い。
だが近くで見ると補修跡が無数にある。
新しい
古い石
別の材質
継ぎ接ぎだらけだった。
何度も壊れ、何度も修理してきたのだろう。
街並みも同じだった。
活気はある、人も多い、市場も賑わっている。
しかし裕福には見えない。
建物は質素、服も何度も補修されている。人類国家の貴族街で見るような華やかさはどこにもなかった。
それでも、誰も俯いていなかった。
獣人達は笑い、働き、生きている。
その光景を見ながら悠真は思う。
強いな、この人達は。
そんなことを。
黒竜の着陸は大騒ぎになった。
当然だった。王都の中央広場へ全長数十メートルの黒竜が降りてきたのだから。
兵士達は武器を構え、住民達は建物の陰へ避難し、子供達は泣き出している。
しかしその光景も長くは続かなかった。
ラグナが人型へ戻った瞬間、今度は別の意味で騒ぎになった。
「嘘だろ……」
「本当に竜人だ……」
「黒竜王……?」
ざわめきが広がる。
噂
伝承
神話
それらでしか聞かなかった存在が目の前にいる。兵士達の緊張が伝わってくる。
一方で、フィアは全く気にしていなかった。
市場の方を見ていて、目が輝いている。完全に観光客だった。
「美味しそう……」
屋台を見つけたらしい。
フェンリスが横目で見るとフィアは視線を逸らした。
誤魔化せていない。
王城へ案内される。
途中、悠真達は街の中心部を歩いた。
城へ向かう大通り、石畳、市場、行き交う人々。
そこで、フィアが声を上げた。
「見て」
指差す。
全員がそちらを向く。広場だった。
高さ五メートルほどの大きな石碑が建っている。
風雨に削られているが。まだ形は残っていた。
そして、そこに刻まれていたのは。
巨大な狼
神狼
悠真は思わずフェンリスを見る、石碑を見る、またフェンリスを見る。
似ている。どう見ても似ている。いや、似ているではない。
本人だった。
フィアですら苦笑する。
「フェンリスだね」
「そうだな」
珍しくフェンリスも否定しなかった。否定できなかった。
そのくらい似ていた。
広場には老若男女の獣人達が集まっている。
石碑へ祈る者もいる、手を合わせる者もいる、子供へ何かを語る者もいる。
生活の一部になっているらしい。
その光景を見ながらフェンリスは眉をひそめた。
気に入らなかった。神格化されること自体はどうでもいい。
問題はそこではない。
「何故こうなった」
ぼそりと呟く。
悠真だけが聞き取った。当然の疑問だった。
フェンリスはつい最近この世界へ来た、神話になるようなことはしていない。
なのに、五百年以上前から存在する石碑へ自分の姿が刻まれている。
そして、その異常の原因として思い浮かぶ人物は一人しかいない。
アステリア
誰も口には出さなかった。
だが全員が同じことを考えていた。
さらに進むと今度は子供達が集まってきた。
獣人の子供達。
犬耳、狐耳、狼耳、猫耳・・・・様々だった。
最初は遠巻きだったが一人の少年が勇気を出した。
フェンリスへ近付く、緊張で耳が震えている。
それでも必死だった。
「もしかして……」
ごくりと唾を飲む。
「神狼様ですか」
周囲が静かになる。
子供達も、大人達もフェンリスを見る。
フェンリスは数秒黙る。そして。
「違う」
全員が固まる。
「フェンリスだ」
そう答えた。
嘘はつかなかった。
神ではない、神狼王でもない、ただフェンリスだった。
子供達は困惑する。
だが、その中で一人だけフィアが吹き出した。
「確かに!」
フェンリスが少しだけ睨むがフィアは笑い続ける。
すると緊張していた子供達も笑い始めた。
空気が和らぐ。それを見ていた悠真は少し安心した。
そして、王城最上階。
獣王の間
巨大な扉が開く。
重厚な音、左右へ並ぶ獣人騎士達。
赤い絨毯そして玉座。
その玉座に座る男を見た瞬間、悠真は理解した。
強い、圧倒的に。
獅子族の王
獣王ゴドリック
全身から放たれる威圧感
まるで巨大な猛獣と向かい合っているようだった。だが、その黄金の瞳には知性が宿っている。力だけの男ではない。
ゴドリックは悠真達を見下ろす。
最初に、フェンリスを見る、次にラグナを見る。
数秒の沈黙。
そして、突然大笑いした。
「はっはっはっはっはっ!!」
玉座の間へ笑い声が響く。
騎士達が驚く、側近達も驚く。
だが、ゴドリック本人は気にしない。本当に嬉しそうだった。
「面白い!」
立ち上がる。ゆっくり階段を下りてくる。
一歩。
また一歩。
まるで獅子が獲物へ近付くようだった。
だが敵意はない、純粋な興味。それだけ。
ゴドリックは悠真の前で止まった。
そして、豪快に笑う。
「神狼王と黒竜王を従えた王か!」
「噂以上だな!」
悠真は苦笑した。
従えてはいない、仲間だ。だが説明しても伝わらない気がした。
すると、ゴドリックは腕を組む。そしてじっと悠真を見つめた。
獣が獲物を見るような目ではない。
王が王を見る目だった。
値踏み、観察、理解、その全てが込められている。
やがて、ゴドリックは口元を吊り上げた。
「気に入った」
突然だった。
玉座の間が静まり返る。本人だけが楽しそうだ。
「まずは話をしよう、王同士としてな」
その言葉と共に。
獣王連邦と黄昏の箱庭
二つの国の最初の会談が始まろうとしていた。
そしてそれは、南方全域を巻き込む大きな変化の始まりとなる。




