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第二話 草原の王

翌朝

黄昏の箱庭の上空を、一匹の巨大な黒竜が飛んでいた。


ラグナだった。


漆黒の鱗を纏う巨体、広げられた両翼は城壁すら覆い隠せそうなほど巨大だ。

翼が一度羽ばたくたび、轟音と共に大気が震える。雲が引き裂かれ、風が流され空の支配者という言葉を体現しているようだった。


その背中には特製の搭乗席が設けられている。


悠真

フェンリス

エルシア

オルフェ

フィア

レイナ

ノワール

クロエ


遠征隊全員がそこに乗っていた。


「すごーい!」


フィアが身を乗り出すと眼下へ広がる景色に目を輝かせていた。


黄昏の箱庭を出発してから数時間、既に人類国家の領域は遠く後方へ消えている。


風が強い。髪が後ろへ流される。だが景色は美しかった。


少なくとも最初のうちは。


南へ進むにつれ。景色が変わり始める。

森が減る、川も減る、緑が少なくなる。地面の色が徐々に薄茶色へ変わっていく。


悠真は身を乗り出した。


「これは……」


思わず呟く。

想像していた南方とは違った。もっと豊かな土地を想像していた。


大草原


獣達が駆け回る自由の大地そんな場所を。

だが現実は違う。草は生えているが背丈は低い。部分的にしかない。


むき出しの土

ひび割れた大地

乾燥した岩場


水源らしき場所も点在しているが少ない、地球でいうサバンナよりもさらに厳しい。そんな環境だった。


オルフェも難しい顔をしている。


「思った以上ですね……」


学者らしく冷静に景色を観察している。

その表情には驚きが混じっていた。


「もっと緑があると思っていました」


エルシアも静かに頷く。

目を閉じると風に運ばれてくる乾いた土の匂いが微かに感じられた。


痩せた土地


決して豊かとは言えない。


フィアも下を見つめていた。さっきまでの元気な様子が少しだけ消えている。


「獣人の国なんだよね……?」


ぽつりと呟く。


「うん」


悠真も視線を下へ向ける。

獣人達は自然と共に生きる種族。漠然とそう思っていた。


しかし今見えている景色は違う。

生きるだけで大変そうな土地、不毛地帯と言った方が近い。


オルフェが静かに説明する。


「人類国家との戦争です」


全員が彼へ視線を向ける。


「獣人達は長い年月をかけて南へ追いやられてきました、肥沃な土地はほとんど人類国家側に取られています」


静かな声だった。

だからこそ重かった。


追放された者達


遺跡で見た壁画が脳裏に浮かぶ。

人間、獣人、エルフ、ドワーフ、魔族、共に生きていたはずの種族。


それが今ではこんな痩せた土地で暮らしている。


悠真は拳を握った。

理由の分からない苛立ちが胸に残った。



さらに飛ぶ。

するとフェンリスが急に目を細めた。

その視線は地上、遠く離れた岩山へ向いていた。


「どうした?」


悠真が尋ねる。

フェンリスはすぐには答えない。黄金の瞳で何かを見ている。


やがて、短く言った。


「妙だな」


フェンリスが感じた違和感にラグナも興味を持ったらしく大きな竜の頭が僅かに傾く。


「何だ?」


フェンリスは岩山を指差した。

そこには巨大な石像が建っていた。


狼


それも、神狼族をモデルにしたような像。

風雨に晒されている。かなり古い。


だが形は残っていた。


悠真も目を凝らす。確かにフェンリスに似ている。


いや、それどころではない。

ほぼそのままだ。


フィアも驚いていた。


「フェンリスじゃん」


本人を見て、石像を見る。そして再び本人を見る。


誰が見ても同じ感想になる。

フェンリスは不機嫌そうだった。


「気に入らんな」


「何が?」


「俺は作った覚えがない」


当然だった。

ゲーム世界にあんな神殿も石像も存在しない。まして、この世界へ来たのは最近だ、五百年前など知るはずもない。


なのに、どう見ても自分だ。

悠真の脳裏にアステリアの記録が浮かぶ。


花は残った。

まだ保つ。

間に合う。


意味不明だった言葉。

しかし、アステリアは五百年前から動いていた。


そして今フェンリスの伝説が存在する。


偶然とは思えなかった。



さらに数十分後

今度はラグナが声を上げた。


「ふむ」


全員がラグナを見る。

珍しくラグナが黙っているわけではなく、考えている。


レイナですら驚いていた。


「どうしました?」


ラグナは前方を見ている。

その先にある断崖絶壁の上、巨大な壁画が刻まれていた。


黒竜

翼を広げた巨大な竜


山肌そのものを削って作られている。

誰がどう見ても、ラグナだった。


「……」


レイナが無言になる。

クロエも壁画とラグナを見比べる。

ノワールですら僅かに目を細めていた。


ラグナは首を傾げる。


「妙だな」


「何がですか」


レイナが聞く。


「俺は来たことがない」


何百年も前から存在したような壁画がある。

偶然ではあり得ない。


悠真はアステリアの顔を思い浮かべた。

これも彼女が残した痕跡なのだろうか。



やがて、地平線の彼方に巨大な都市が見えてくる。


獣王連邦

首都ガルドア

高い城壁

監視塔

巨大な王城


国家としての規模は十分。

だが近付くにつれて違和感が見えてくる。


城壁の補修跡が多い。

石材不足なのか継ぎ接ぎだらけで建物も質素。豪華さは無い。


それでも活気だけはあった。

市場がある、人々が働いている、獣人達が笑っている。

痩せた土地で、厳しい環境で。


それでも前を向いて生きている。


そんな国だった。


その時、鐘の音が鳴った。


ゴォォォォン!


ゴォォォォン!


警鐘


城壁の上で兵士達が慌てている。

当然だった、巨大な黒竜が飛んできたのだから。


レイナが頭を抱える。


「だから言ったんです……」


悠真も少し申し訳ない気持ちになる。

だがラグナは気にしていない。本当に気にしていない。



一方

獣王の間

報告を聞いたゴドリックは豪快に笑った。


「はっはっはっはっ!!」


玉座から立ち上がるり黄金の瞳を輝かせる。

神狼王、黒竜王そして黄昏の箱庭の王。


全てが同時に来る。こんな面白い話があるだろうか。


「通せ!」


まるで少年のように獣王は笑う。


「話を聞こうじゃないか!」


こうして悠真達と獣王ゴドリック。

歴史を変える最初の会談が幕を開けようとしていた。


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