第四章 南方同盟編 第一話 獣王からの招待
黄昏の箱庭へ帰還してから五日後
王城執務室
悠真は机へ突っ伏していた。
「終わらない……」
机の上には書類。書類、そして書類。さらに書類。
戦後処理、難民支援、復興計画、国境整備、交易許可、軍備再編
王というのはもっと格好良いものだと思っていた。
少なくとも、朝から夕方まで紙と格闘する職業だとは思っていなかった。
「頑張ってください」
横からミレイアが笑顔で言う。他人事だった。
「手伝え」
「研究があります」
即答だった。役に立たない。
クロエが頷く。
「研究は大事です」
「お前も手伝え」
「研究があります」
同じだった。
ロイドだけが申し訳なさそうな顔をする。
「私は手伝います」
「本当?」
「ですがこちらの研究予算申請書を……」
ロイドも書類を追加した。
悠真は静かに頭を抱えた。
味方がいない。
その時だった。
コンコン
扉が叩かれる。
「入れ」
返事と同時に扉が開く。
入ってきたのはフェンリスだった。
銀狼族の王、第一軍団長、黄昏の箱庭最強戦力の一角
いつも通り無表情に無駄のない足取りで部屋へ入ってくる。今日は珍しく一枚の封筒を持っていた。
「報告だ」
そう言って机へ差し出す。
悠真は封筒を受け取った。
重厚な紙、高級な封蝋。そして、見覚えのない紋章。
獅。
王冠
槍と剣
力強い意匠だった。
「どこから?」
「獣王連邦」
その瞬間、室内の空気が少し変わる。
悠真も姿勢を正した。
獣王連邦
南方最大の獣人国家
以前から何度も名前が出ていた国。
そして、アステリアの観測記録にも関わっているかもしれない場所。
「内容は?」
フェンリスは腕を組む。少しだけ面倒そうな顔をした。本当に少しだけ。
長年付き合っている悠真だから分かる。
「会談」
短い。
「誰と?」
「獣王ゴドリック」
今度は悠真も少し驚いた。
国家元首。つまり、国王自ら会いたいと言っている。
かなり異例だった。
「理由は?」
フェンリスは数秒沈黙した。そして珍しく小さくため息を吐く。本当に珍しい。
「神狼王」
それだけだったが意味は伝わった。完全に伝わった。
悠真は額を押さえる。
その頃
王城中庭
フィアは走っていた。
正確には、花壇の周りを全力で走っていた。
理由は特にない、元気だからである。
「フィアー!」
声が聞こえ振り返ると、そこには子供たちがいた。
獣人、人間、エルフ。
様々な種族の子供たち。フィアは満面の笑みを浮かべる。
「捕まえてみてー!」
逃げた。子供達も追いかける。
平和だった。とても平和な光景がそこにはあった。
城から出てきたフェンリスを発見した瞬間、フィアは急停止した。
耳がぴんと立ち、尻尾も揺れる。何かを察したらしい。
「フェンリス様」
駆け寄る。
フェンリスはフィアを見る。嫌な予感がした。
経験則だが当たる。大体当たる。
「どこか行くの?」
「南方だ」
フィアの目が輝いた。
ああ。やはり。
フェンリスはそう思った。
「行く!」
即答だった。
まだ誘っていない、だが本人の中では決定らしい。
フェンリスは頭痛を覚えた。
夕方
軍団長会議
参加者は少数、悠真と各軍団長、そして各軍団の代表者
第一軍団、フィア。
第二軍団、レイナ。
第三軍団、ノワール。
第四軍団、クロエ。
第五軍団、エルシア、オルフェ。
執務室に集まった面々は、それぞれの資料へ目を通していた。
ただ一人を除いて。
ラグナは暇そうだった。
資料を読んでいない。
読めよ。
悠真は心の中で突っ込んだ。
「つまり」
オルフェが説明を始める。
机の上には地図、南方全体を記した地図だった。
「今回の招待を受ける場合、獣王連邦との正式接触になります」
「さらにその後、竜人山岳王国、鉄峰ドワーフ鉱山国、夜霧魔族領、深森エルフ自治領、全てを訪問可能です」
南方諸国。
それぞれの国家、それぞれの王。
そして、アステリアの観測記録に記されていた南方。点と点が繋がり始めている。
エルシアも真剣な表情で地図を見ていた。
「行こう」
悠真が言う。迷いはなかった。
その場の全員が視線を向ける。
「南方へ行く、アステリアの手掛かりがあるかもしれない」
「それに」
地図を見る。今まで人類国家から敵視され続けてきた国々。
「ちゃんと話をしたい」
悠真は静かに言った。
「この目で見たい、何を守ろうとしているのか」
その言葉にノワールが僅かに目を細めた、レイナは頷く、エルシアも小さく微笑む。
フェンリスは黙っていた。だが反対はしない。
ラグナは笑った。
「なら決まりだな」
立ち上がる。そして当然のように言った。
「背中を貸してやる」
全員が理解した。
竜化だ。空を飛ぶ気だ。
レイナが頭を抱える。
「本当にやるんですか……」
「何か問題か?」
「問題しかありません」
即答だった。しかし、それが最も速い移動手段なのも事実だった。
夜
悠真は窓の外を見ていた。
南の空。まだ見ぬ国家、まだ会ったことのない王達、そしてアステリアの足跡。
風が吹く。どこか温かい風だった。
その風を受けながら、悠真は静かに思う。
物語はまた動き始めている。新たな舞台が始まる。
その先で待つものが敵か味方か、まだ分からない。
だが、迷いはなかった。南方へ向かおう、そこに答えがあるのなら。
そして翌朝
黄昏の箱庭の上空を巨大な黒竜が飛び立つことになる。




