第十二話 南方への導き
研究室の中に静寂が満ちていた。
誰も喋らない。
誰も動かない。
全員の視線が冊子の最後のページへ向けられていた。
青白い光で浮かび上がる一行。
・
・
・
たったそれだけ、それだけだった。
だが、その短い言葉が持つ意味は決して小さくなかった。
フィアが何度も文字を見比べる。
「南方って……」
言葉の続きを探すように首を傾げる。
南方
それだけでは範囲が広過ぎる。
獣王連邦も南方、竜人山岳王国も南方、夜霧魔族領も南方、エルフ自治領もドワーフ鉱山国も南方だ。
どこなのか、何を観測しようとしていたのか。
何も分からない。
エルシアは最後の文字を見つめながら静かに息を吐いた。
期待していた。もしかしたら、アステリアの居場所が書いてあるかもしれない。そう思っていた。
だが現実は違った。
手掛かりは増えたが答えは無い。
まるでアステリア本人が、あと一歩のところで手を伸ばさせないようにしているようだった。
「アステリア様らしいですね……」
思わず呟く。
昔からそうだった。何かを知っている、何かを考えている。
それは分かるが全部を話してくれるわけではない。必要だと思った時だけ教える。
第五軍団の軍団長として、皆を守る立場としてエルシアは何度もそんな姿を見てきた。
だから今も思う。
きっと理由がある、そうでなければこんな回りくどい記録は残さない。
冊子の光がゆっくりと消えていく。
地図も、人口記録も、観測データも全て消失する。
やがて研究室に残ったのは結晶と冊子。そして重たい沈黙だけだった。
悠真は椅子へ深く腰掛け頭の中を整理する。
アステリア
五百年前
観測
種族数
南方
全てが繋がっている気がするが肝心の中心が見えない。ジグソーパズルの真ん中だけが無いような感覚だった。
「どう思う?」
悠真がオルフェへ尋ねた。
学者として何か見えているかもしれない。そう思ったのだ。
オルフェは少し考える。
視線を落とし冊子を見つめる。
やがてゆっくり口を開いた。
「分かりません」
率直な答えだった。
だが、その後に続く言葉は重要だった。
「ただ、アステリア様は世界全体を見ていた」
研究室が静かになる。
オルフェは地図が映っていた場所を見た。そこにはもう何も無い。
だが、先程の光景は脳裏へ焼き付いていた。
「普通の研究者ではありません、普通の冒険者でもありません、国家規模ですらない大陸全体を観測していたように見えます」
悠真も同意だった。
人口、地図、各種族、国家、全てを記録していた。
まるで世界を俯瞰する観測者のように。
その日の夜
悠真は王城の自室に戻っていた。
窓を開けると夜風が入ってくる。
涼しい。
遠くで街の灯りが揺れている。
黄昏の箱庭
自分達の国
転移してから激動の日々だった。
グラディス、戦争、難民、そしてアステリア。
一人になると考えてしまう。本当に何をしていたのだろう。
五百年間一人で。
その時だった。
コンコン
扉が叩かれる。
「入れ」
扉が開く。
入ってきたのはフェンリスだった。
銀髪の神狼王
相変わらず無駄な動きがない。
「どうした?」
悠真が尋ねる。
フェンリスは窓際まで歩く。そして外を見た。
数秒
黙ったまま街を眺める。
悠真も何も言わない。フェンリスは元々そういう男だ。
やがて、ぽつりと口を開く。
「獣人達が騒いでいる」
悠真が振り返る。
「獣人?」
「獣王連邦だ」
その言葉で空気が変わる。
南方
冊子の最後に書かれていた言葉。偶然ではない気がした。
フェンリスは続ける。
「神狼王が現れたらしい」
「それで?」
「会いたいそうだ」
悠真は思わず笑った。
神狼王、つまりフェンリス本人である。
当たり前だ。獣王連邦からすれば神話上の存在が突然現れたようなものなのだから。
翌日
王城会議室
悠真、フェンリス、ラグナ、エルシア、オルフェ。
そしてミレイアも呼ばれていた。
会議の机には数通の報告書
その全てが南方から届いたものだった。
フェンリスが一枚を差し出す。
「獣王連邦」
ラグナがもう一枚掴む。
「竜人山岳王国」
さらにオルフェ。
「深森エルフ自治領」
次々と並ぶ。
そして最後、ミレイアが面白そうに笑った。
「夜霧魔族領からも来ていますね」
南方勢力
その全てが、黄昏の箱庭へ興味を示していた。
悠真は報告書を見つめる。
偶然だろうか、そうは思えない。
冊子には南方と書かれていた。
その直後、南方全域が動き始めた。偶然にしては出来すぎている。
エルシアが胸元から結晶を取り出した。
桜の紋章、小さな光が反射する。
「アステリア様」
誰にも聞こえないくらい小さな声だった。
けれどその瞳には決意が宿っている。
南方
そこに何かがある。
アステリアが残した足跡。そして、次の手掛かり。
必ず辿り着く。
そう心の中で誓った。
窓の外では風が吹いている。
南からの風だった。
まるで、遠い誰かがこちらへ来るよう呼んでいるかのように。
第三章はここで終了となります。読んでいただきありがとうございます!
アステリアについて少しでも触れておきたくて書いたのですが、思ったより長くなってしまいました(>_<)
閑話を挟んで第四章へ入りたいと思います。
引き続きよろしくお願いいたします!!




