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第十一話 観測記録

研究棟最上階

第四軍団特別研究室


室内には妙な静けさがあった。

つい数分前まで爆発騒ぎで慌ただしかった場所とは思えない。


誰もが机の中央にある桜の紋章が刻まれた結晶を見つめていた。


そして、五百年間白紙だった冊子は、結晶の光を受けて今も淡く青白い輝きを放っている。


まるで長い眠りから目覚めたように、ページの上を無数の文字が流れていた。


悠真は無意識に息を呑む。

これまで何も手掛かりがなかった。あったとしても、アステリアがいたらしいという痕跡だけ。


だが違う、これは明らかに本人が残した物だ。しかも意図的に誰かへ残した記録。

そう考えると胸が高鳴った。


「読めますか」


学者らしく冷静に見えるオルフェが静かに尋ねた。

しかしその声には僅かな興奮が滲んでいた。


未知の文明

未知の技術

五百年前の遺産


学者として興味を持たない方がおかしい。

ミレイアは冊子の表面を指でなぞる。浮かび上がる文字を観察する。


数秒


そして頷いた。


「完全には無理ですが、意味は理解できます」


悠真が椅子を引いて近付くとフィアもいつの間にか真横まで来ていた。

興味津々である。


エルシアは何も言わないが青い瞳は冊子から一瞬たりとも離れていなかった。

アステリア、その名前が頭から離れない。


冊子を見つめる度に思い出す。

花畑、第五軍団本部、会議室、軍団演習、穏やかに笑う軍団長。


ほんの少し前まで本当に普通に隣にいた人。

それなのに、この世界では五百年前から活動していた。

何度考えても現実感がなかった。


冊子の最初のページ。

そこへ表示されたのは文章ではなく地図だった。


青い光で描かれた大陸地図


立体映像のように空中へ展開される。

フィアが思わず立ち上がった。


「わぁ……」


狼耳がぴんと立つ。純粋に感動していた。

地図は美しい。

山脈、河川、森林、海岸線、全てが精密だった。


まるで神の視点から見下ろしたような地図。


学者としてその凄さが分かるのだろうオルフェが目を見開く。


「あまりにも正確だ……」


現在の地図ですらここまで詳細ではない。


しかし、さらに驚くべき事があった。地図には今存在しない地名が書かれている。


消滅した都市

失われた街道

滅んだ集落


少なくとも数百年前の情報だった


「五百年前……?」


悠真が呟く。

すると冊子の文字が変化した。

    ・

    ・

    ・

短い、驚くほど短い。まるで報告書のメモだった。


ページが自動的に切り替わり今度は数字が現れる。

大量の数字だった。


それを見たフィアが数秒で諦める。


「分かんない!」


即座だった。誰も否定しない。

だがオルフェは違った。


文字を追いながら表情が変わる。

驚き、困惑、そして理解。その順番だった。


「人口です」


静かな声を聞いた研究室の全員が彼を見る。


「人口?」


悠真が聞き返す。

オルフェは頷いた。


「種族別人口です」


空気が変わる。

ページの中には。

獣人、竜人、エルフ、ドワーフ、魔族、それぞれの数字が並んでいた。


しかも、年代が添えられている。

五百年前

四百年前

三百年前

二百年前

百年前

現在


ページを追うごとに数字が変化している。いや、減少している。

少しずつ確実に、誰の目にも分かるほど。


フィアも流石に気付いた。


「減ってる……」


少し切なそうに呟く。

研究室が静かになる。数字だけを見れば簡単だった。


だが、何故なのか。その理由が一切書かれていない、それが不気味だった。


更にページを進める。

そこで、エルシアの手が止まった。


いや、正確には呼吸が止まった。

そこだけ文字が違った。今までの無機質な記録ではない、人の字。

誰かの手書き。


銀色の髪が揺れる。エルシアは冊子へ顔を近付ける。


しばらく黙ったまま、そして小さく呟いた。


「アステリア様です」


全員の視線が集まる。

エルシアの声は確信に満ちていた。迷いなどない、見間違えるはずがない。

第五軍団がまだゲーム世界にいた頃。

会議資料も、訓練計画も、緊急指示書も全てアステリアが書いていた。


何度も見てきた筆跡、だから分かる。


本人だ。


本当に本人の記録だ。

研究室の空気が一気に重くなる。


五百年前の人物。その本人が、今文字を通して目の前に現れたような感覚。

エルシアは慎重に読み始めた。

    ・

    ・

    ・

短い、それだけだった。意味は分からない。


フィアが首を傾げる。


「何を維持してるの?」


誰も答えられない。

ページをめくる。

    ・

    ・

    ・

オルフェが眉をひそめる。


減少・・・・何が?

理由が書かれていない。


さらに次のページ。

    ・

    ・

    ・

全員が黙り込む。


まだ保つ・・・・何が?

それすら不明。


だが、重要な内容だと何となく分かる。だから余計に気になる。


続くページ。

    ・

    ・

    ・

フィアが首を傾げる。


「花?」


エルシアも分からない。

文字通りの花かもしれない、違う意味かもしれない。


説明が無い。

メモだけ。


次

    ・

    ・

    ・

次

    ・

    ・

    ・

次

    ・

    ・

    ・


それで終わっていた。

研究室が静まり返る。誰も喋らない、誰も意味を理解できない。


なのに、なぜか胸に引っ掛かる。

悠真は最後の文字を見つめた。


間に合う・・・・何に?誰が?何のために?


分からない、本当に分からない。


だが、一つだけ分かることがあった。アステリアは遊んでいたわけじゃない。


五百年間

何かを観測していた。

何かを確認していた。

何かが間に合うと信じていた。


その「何か」がこの世界全体に関係しているような気がしてならなかった。


エルシアは最後のページへそっと指を置く。

そこに残るのは、アステリアの筆跡。


懐かしい文字。

転移前まで当たり前のように見ていた文字。


その文字を見つめながら小さく息を吐く。


「何をしていたんですか……」


誰にも聞こえないほど小さな声だった。


だが、その問いに答える者はいない。

冊子にはまだ多くのページが残っている。


そして、恐らくそこにはアステリアが五百年間見続けてきた世界の記録が眠っている。


誰も知らなかった。


その先にある記録が。


黄昏の箱庭だけではなく、世界そのものの真実へ繋がっていることを。

日ごとに書いていて、文章の書き方が変わっていることに気づき始めています。(笑)

初めてなので暖かく見守ってください( ;∀;)

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