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第十話 白紙の本

黄昏の箱庭へ帰還してから三日後


第四軍団研究区画

黄昏の箱庭の中でも特に危険な場所。


悠真はそう認識していた。

理由は簡単だ、ここにはミレイアがいる。


ミレイアがいて。

クロエがいて。

ロイドがいる。

ナナがいる。


ナナ

種族:アラクネ

役職:生産管理官

レベル:95

外見年齢:20代前半

身長:165cm

銀髪ショート

黄色い瞳 

作業用ゴーグル常備

いつも工具を持っている


つまり、平和な研究施設か、爆発事故現場か。

そのどちらかであるが大体後者だ。


研究区画へ近付くにつれ、金属を叩く音が聞こえてくる。


ガン

ガン

ガン


さらに、どこかで蒸気が噴き出す音。


魔導炉の駆動音、研究員達の声、様々な音が混ざり合っていた。


活気がある、そう言えば聞こえは良い。

だが悠真の感想は違った。


「騒がしいな……」


思わず呟く。

隣を歩いていたフィアが笑った。


「いつもこんな感じだよ!」


元気いっぱいだった。探索から戻って完全に復活している。

木の実や干し肉だけの生活から解放され、久しぶりに箱庭の料理を食べた結果、フィアの機嫌は非常に良い。


一方

エルシアは胸元の小袋を無意識に押さえていた。その中には結晶が入っている。


桜の紋章が刻まれた結晶

アステリアが残した痕跡、それを失くさないように、まるで宝物を扱うように大切に持っていた。


第五軍団区画へ戻ってからも、夜に何度も取り出して見てしまったほどだ。

理由は自分でも分かっていた。


たった一つの、手掛かりだから。アステリアへ繋がるかもしれない手掛かりだから。



研究棟最上階

扉を開く・・・・その瞬間だった。


ドォォォォン!!


爆発音と同時に部屋が揺れる。

フィアが飛び上がった。


「ひゃあっ!?」


悠真は思わず頭を抱えた。

予想通りだった、本当に予想通りだった。


部屋の中から黒煙が流れてくる、焦げ臭い、何かが燃えている。


扉の向こうでロイドが頭を抱えていた。


「何故ですか……、何故毎回爆発するんですか……」


疲れ切った声だった。

その横では煤だらけになったクロエが立っている。


「予想通りです」


「予想していたなら止めてください」


ロイドは即座に返した。

クロエは首を傾げる。


「何故でしょう?」


「私が聞きたいです」


胃痛担当ロイドは今日も働いていた。


さらに奥ではミレイアが楽しそうにノートへ何かを書き込んでいる。


「成功です」


「失敗ですよね?」


ロイドの声が少し大きくなる。

ミレイアは少し考えた。


「爆発したので半分成功です」


「半分失敗です」


「なるほど」


納得していた。

ロイドは遠い目をした。

悠真は思った、この人本当に苦労してるな。



その後、応接用の机へ移動するとようやく本題に入ることができた。

エルシアが結晶を取り出す。


透明な結晶を台座の上へ置く。

同時に、白紙の冊子も取り出した。


ミレイアの目が少しだけ鋭くなる。

先程まで爆発していた人とは思えない。


研究対象を前にした天才の顔だった。


「これですか」


ミレイアは結晶を手に取り指先で表面をなぞる。

桜の紋章、複雑な刻印、魔力回路のような線、黙ったまま観察している。


ミレイアが観察している間、周囲も静かだった。

誰も茶化さない、アステリアに繋がるかもしれない。そう思っているからだ。


やがて、ミレイアが口を開く。


「不思議ですね」


悠真が尋ねる。


「何かわかったのか?」


「五百年前の物体としては綺麗すぎます」


結晶を光へかざす。透明だった。

ひび割れ一つ無い、劣化も見られない、普通ならあり得ない状態。


「保存状態が異常です」


学者として同意見だったオルフェが頷く。


「私もそう思います」


「何らかの魔法的保護でしょうか」


ミレイアは首を横に振った。


「違います」


即答だった。


「もっと根本的です」


その言葉で空気が変わる。



ミレイアは、今度は冊子を手に取った。

ページを開くと真っ白だった。

一ページ、二ページ、三ページと最後まで確認するも全部白紙。


フィアが首を傾げる。


「やっぱり何も書いてないよ?」


そう見える。実際、何度見ても白紙だ。


だが、ミレイアは冊子を眺めながら考え込んでいた。

数秒、十秒、一分と時間が流れていく、静寂が続く。


クロエだけが嬉しそうだった。


「分かったんですか?」


「たぶん」


「おお」


悠真も思わず前のめりになる。


「本当に?」


「たぶんです」


珍しく断言しなかった。

ミレイアは結晶と冊子を並べると結晶を冊子の上へ置いた。


何も起きないが、全員が沈黙して何か起きるのではないかと見守っていた。フィアは身を乗り出していた。


だが反応は無い。


失敗か。


そう思った瞬間、ミレイアの指先が結晶へ触れた。

魔力が流れる、本当に微量、糸のように細い魔力。


すると。


カッ―――


結晶が光った。

全員の目が見開かれる。


桜色の光、柔らかく暖かい。

どこか花畑を思わせる色。


その光が冊子へ吸い込まれていくとページが勝手に開き始める。


フィアが息を呑む。

エルシアの鼓動も速くなった。


そして、真っ白だったページの上に文字が浮かび始めた。


淡い青白い光

古い文字

誰も知らない文字列


白紙だったはずの本に、確かに何かが現れている。


学者としての興奮を隠せないオルフェが立ち上がった。


「これは……!」


エルシアは無意識に冊子を見つめていた。

浮かび上がる文字、結晶と反応する本、アステリアが残した物。


胸の奥が熱くなる。

少しだけ、本当に少しだけアステリアへ近付いた気がした。


ミレイアは冊子を見ながら静かに呟く。


「面白いですね」


その瞳は輝いていた。


「これは単なる本ではありません、記録媒体です」


「そして結晶は鍵」


全員が冊子へ視線を向ける。

文字はまだ増え続けている。

まるで五百年前から閉ざされていた情報が。


今、目を覚まそうとしているようだった。

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