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第九話 帰還

枯森地帯を抜ける風は冷たかった。


遺跡からの帰り道。

探索隊は来た時と同じ道を歩いていた。


だが、行きと帰りでは見えている景色が違う。


悠真はそう感じていた。

行きはただの枯れた森だった。

生命を失い、色を失い、死んだような森。そう見えていた。


だが今は違う、アステリアが歩いた場所、アステリアが何かを残した場所、そう思うと景色そのものが変わって見える。


風で揺れる枯れ枝を見上げながら悠真は考えた。

結局、何も分からなかった。


いや、正確には違う。分からないことが増えた。


アステリアがいたこと。

五百年前にこの世界で活動していたこと。

不思議な結晶

白紙の冊子

意味不明な遺跡

種族が共に描かれた壁画


謎ばかりだが増え答えは一つも見つかっていない。

それなのに、不思議と無駄足だったとは思わなかった。


「何を考えてる?」


横からラグナの声が聞こえた。

悠真が視線を向けると巨大な竜王は相変わらず余裕そうだった。


緊張感がない。いや、強すぎるから緊張する必要がないのかもしれない。


「色々だよ」


悠真は苦笑した。


「アステリアのこととか、世界樹のこととか、この世界のこととか」


ラグナは鼻を鳴らした。


「分からん」


即答に悠真が思わず笑う。


「だろうな」


「分からんなら後で考えればいい」


そう言いながらラグナは前を向く。


「まずは見つける、話はそれからだ」


単純だった。恐ろしいほどに単純。

だが、少しだけ気が楽になる。


ラグナはいつもそうだ。複雑なことを複雑なままにしない。

問題があるなら叩き壊せばいい、気に入らない敵がいるなら倒せばいい、分からないなら調べればいい。

その単純さに救われることもある。



探索隊が深森エルフ自治領へ戻った頃には、もう夕暮れになっていた。

森の上空が赤く染まっている。枯れた木々の影が長く伸びていてどこか物悲しい景色だった。


アルヴェイン達エルフが出迎えてくれる。


代表であるアルヴェインは、真っ先にエルシアへ視線を向けた。


「どうだった」


短い問い。だが、その中には様々な意味が込められていた。

見つかったのか、手掛かりはあったのか、希望はあったのか。


エルシアは少し考えてから答える。


「ありました」


その言葉を聞いた瞬間、アルヴェインの表情が少しだけ変わった。


「そうか」


それ以上は聞かなかった。エルシアの顔を見れば分かる、聞く必要がないと分かったからだ。


何も無かった顔ではない、確かな何かを持ち帰ってきた顔だった。



その夜

深森エルフ自治領で小さな宴が開かれた。

宴と言っても豪華なものではない。


森の木の実、保存していた果実酒、焼いた肉。

質素な食事、だが温かかった。


フィアは幸せそうに肉を頬張っている。


「おいしい!」


満面の笑み。

行きの探索で張り詰めていた空気が嘘のようだった。

隣ではラグナが酒を飲んでいる。


樽ごと。


「飲みすぎじゃない?」


悠真が呆れながら言う。


「足りん」


ラグナは真顔だった。恐ろしい。


フェンリスは少し離れた場所に座っていた。

酒は飲まない。ただ静かに肉を食べている。

その姿は相変わらず孤高の狼王そのものだった。


だが、フィアが近付く。


「フェンリス様!」


元気よく隣へ座る。


フェンリスは特に嫌そうな顔もしない。

慣れている、完全に慣れている。


その光景を見て悠真は少し笑った。

家族みたいだな。そんなことを思った。



夜更け

宴も終わる、皆が休み始める。


そんな中。エルシアだけは眠れなかった。

静かな樹上通路を歩いていた。

月が見える、丸い月だった。白銀の光が森を照らしている。

エルシアは立ち止まり、手すりへ肘を置いた。


転移前のことを思い出す。

アステリアはいつも穏やかだった。軍団長会議でも、訓練でも、花畑でも怒った姿をほとんど見たことがない。だが、不思議な人だった。

一人で空を見ていることがあった、何かを考えているように、遠くを見るように。


当時は深く考えなかったが今は考えてしまう。

あの時何を見ていたのだろうか、何を考えていたのだろうか。


「アステリア様……」


小さく呟く。返事は無い。

当然だ。しかし、以前よりも少しだけ近付いた気がする。


本当にこの世界へ来ていた、本当に存在していた。それが分かっただけでも大きい。


エルシアは胸元から結晶を取り出した。手のひらほどの大きさ。

透明な結晶に刻まれている桜の紋章が、月光を受けて淡く輝いている。


「何を残したんですか……」


独り言だった。答えはまだ無い。



翌朝

探索隊は黄昏の箱庭への帰路に就いた。

エルフ達と別れ、深森エルフ自治領を後にする。


その途中、悠真はあることを考えていた。

この結晶と冊子は誰かが解析できるだろうか。


そして、一人の顔が浮かぶ。


ミレイア

黄昏の箱庭最高の研究者であり、天才。

だた、変人であり危険人物でもある。


絶対に何か起きる。間違いなく起きる。そんな嫌な予感しかしないが、彼女なら何か分かるかもしれないと考えていた。


悠真がそう考えた時、遠く離れた黄昏の箱庭の第四軍団研究区画では、ミレイアが盛大な爆発を起こしていた。


「成功です!」


「失敗ですよ!」


ロイドの叫び声が響く。クロエは拍手している。

いつもの光景だった。


そして、彼女達はまだ知らない。

探索隊が持ち帰る結晶と冊子が、黄昏の箱庭だけでなく世界そのものの歴史へ繋がる鍵になることを。

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