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第八話 封印された部屋

石室の中は異様なほどの静けさだった。

悠真は無意識に息を潜めていた。


誰かがそうしろと命令したわけではないが、それでも声を大きく出すのが憚られる。そんな空気があった。


石室の広さはそれほど大きくない、王城の会議室ほどだろうか。

天井は高く、壁は滑らかな白石で造られている。

五百年も前の遺跡とは思えない。


埃こそ積もっているが、崩壊している場所は見当たらなかった。

中央には円形の台座、その上に置かれた透明な結晶。


そして、結晶の表面へ刻まれた桜の紋章。


全員の視線が自然とそこへ集まっていた。


エルシアは結晶から目を離せなかった。


桜


間違えるはずがない、その意匠は第五軍団が使う桜花旗と同じだった。


アステリアの紋章


転移前、第五軍団本部の執務室にも飾られていた。

演習場にも、軍団旗にも、書類にも。

いつも見ていたからこそ、目の前にある結晶が本物だと分かる。


それが逆に不思議だった。どうして五百年前の遺跡にあるのか。

どうしてアステリアの紋章が残っているのか。


答えは分からないが、一つだけ確かなことがある。それはアステリアがここへ来たという事実、それだけは揺るがない。


エルシアはそう考えながら結晶を見つめていた。

すると、オルフェが慎重に近寄り学者らしく、まず周囲を観察する。

床、壁、台座、どこかに罠が存在しないか確認している。



数分後

ようやく小さく頷いた。


「危険は無さそうです」


ラグナが鼻を鳴らす。


「最初から無いだろう」


「その根拠のない自信を少し分けて欲しいですね」


オルフェが疲れたように返す。

フィアは思わず吹き出した。

そのやりとりで少しだけ空気が和らぐ。


しかし、フェンリスだけは相変わらず周囲を警戒していた。黄金の瞳で石室を見渡している。

狼というより、戦場の将軍の目だった。

壁、天井、床、全てを確認する。その視線は鋭く、何か見落としがないか探しているのだろう。


悠真はそんなフェンリスを見て少し安心した。

自分は王だ、戦士ではない。こういう時にフェンリスやラグナがいてくれるのは本当に心強かった。



結晶の調査が始まる。

しかし、不思議なほど何も分からない。


オルフェが魔力を流す・・・・反応なし。

フェンリスが触れる・・・・反応なし。

ラグナが魔力を込める・・・・反応なし。

フィアも試した・・・・反応なし。

全員がいろんな方法を試しても結果は同じ。


フィアが困った顔になる。


「ただの綺麗な石?」


ラグナが笑う。


「かもしれんな」


「えぇぇ……」


フィアが露骨にがっかりする。結構気になっていたらしい。

そんなフィアを見て悠真は苦笑した。


その時、エルシアがあることに気付く。


「待ってください」


全員がエルシアのほうを向く。

エルシアは結晶ではなく、台座を見ていた。


正確には、台座の端。細かな傷跡。誰かが文字を彫った痕跡。


エルシアはしゃがみ込み、埃を払った。

白い指先がゆっくりと石材をなぞる。


すると、かすかな文字が現れた。

そこには非常に古い文字で何かが書かれていた。


しかしエルシアは読めた。同族の文字だからだ。


「何て書いてある?」


悠真が尋ねる。

エルシアは少し沈黙した。

読める、読めるが意味が分からない。そんな顔だった。


「花は枯れない」


小さくそう読むと全員が顔を見合わせた。

意味が分からない、エルシアも眉をひそめる。


そして続きを読む。


「未来へ繋げ」


再び沈黙。

フィアは首を傾げる。

ラグナもよく分かっていない。

オルフェだけが真剣な顔になる。


「伝言でしょうか」


「分かりません」


エルシアは悲しそうに首を横に振る。


その後も調査はさらに続いた。

石室の周辺を探索する。すると壁面に棚があることを発見する。

正確には、壁と一体化した保管庫だった。


中を開くが空。また空。さらに空。

何も残っていない。


だが、最後の一つだけ違った。

そこには一冊の薄い冊子が置かれていた。


全員の緊張が高まる。

オルフェが慎重に取り出した。


表紙を見ると桜の紋章。


まただ。またアステリアの痕跡。

エルシアの胸が高鳴り思わず前へ出る。


しかし冊子を開いた瞬間、全員が固まった。


中身が白紙だった。

一ページ目・・・・白紙。

二ページ目・・・・白紙。

最後まで全部白紙。


フィアが目をぱちぱちする。


「何これ」


「分かりません」


オルフェも困惑していた。

白紙、完全に白紙。


何故こんなものが保管されていたのか皆目見当がつかない。

唯一、フェンリスだけが冊子を見ながら呟く。


「捨てるな」


短い言葉だった。だが断定していた。

意味があると神狼王の直感がそう告げている。

悠真も頷いた。


「全部持ち帰ろう」


結晶

白紙の冊子

台座の文字


どれも答えは分からないが五百年前のアステリアが残したものだ。無意味なはずがない。


悠真は結晶を見つめる。

アステリアは何を見たのだろう、何を知ったのだろう。

そして、何故五百年間も表舞台へ現れなかったのだろう。


今まで何も無かったが今は違う、確かに道がある。

その道の先にアステリアがいる。そんな予感だけがあった。

謎は増えるばかりだったが不思議と焦りはない。



石室を出る直前。

悠真はもう一度振り返る。


誰もいない古代の部屋

静かな空間

そして台座の上の桜の紋章


まるで、五百年もの間誰かがここへ辿り着くのを待ち続けていたように見えた。

一応、各軍団の紋章はあります。

第一軍団:銀月旗

第二軍団:黒炎旗

第三軍団:深紅旗

第四軍団:機巧旗

第五軍団:桜花旗






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