第七話 花の痕跡
石門の向こうは静寂だった、風の音すらしない。
探索隊の足音だけが広い通路の中へ響く。靴底が石畳を踏むたび、乾いた音が反響する。
悠真は周囲を見回した、想像していた遺跡とは違う。
もっと崩れていると思っていたが実際は違う。
五百年という途方もない時間が経過しているはずなのに、壁は残っている、柱も残っている、床も崩れていない。
まるで昨日まで誰かが使っていたようだった。
不気味なほどに。
「変だな……」
悠真は小さく呟いた。
その声を聞いたオルフェが頷く。
「ええ」
オルフェは壁へ近付きながら答えた。細い指先で石壁をなぞる。
表面には細かな文様が刻まれていた。
時代を感じさせる装飾だが不思議なことに風化が少ない。
学者としての好奇心と違和感、その両方を感じながらオルフェは壁を観察していた。
「古いのは間違いありませんが保存状態が良すぎます」
言いながら眉をひそめる。
理屈が合わない、だから気持ちが悪い。そんな表情だった。
その横を歩くフィアは耳をぴくぴくと動かしている。
狼耳が左右へ揺れた。何か音を探しているが何も聞こえない。本当に何も。
「静かすぎる……」
そう呟きながらフィアは前方の暗闇を見た。
神狼族は感覚が鋭い、だから分かる。
この場所は普通じゃない。
魔物がいない。
鳥もいない。
ネズミすらいない。
遺跡というより、世界から切り離された空間。そんな印象だった。
数十分後。
通路の先に巨大な空間が現れる。
悠真は思わず足を止めた。想像以上に広い。
縦横百メートルはある。
天井も高く視線を上げてもすぐには見えないほどだった。
青白い結晶が天井へ埋め込まれ。
淡く空間を照らしている。
その光景を見たフィアが小さく息を漏らした。
「綺麗……」
無意識だった。
未開の地にいることも忘れるほど、それほど幻想的だった。
青白い光が壁を照らし、巨大な壁画を浮かび上がらせている。
エルシアも足を止める。
そして、静かに壁画を見上げた。
そこには様々な種族が描かれていた。
人間
獣人
竜人
ドワーフ
エルフ
魔族
色々な種族が同じ空間にいる。
誰も戦っていない。
剣を振っていない。
血も流れていない。
共に何かを作っている。
共に歩いている。
共に笑っている。
エルシアは壁画を見つめながら少し首を傾げた。
違和感があった。何故だろう、見た事があるわけではない。
なのに、どこか懐かしい気がした。
そんな事を考えていると、フィアが壁画を指差した。
「ねぇ、こっち見て」
全員の視線が向く。
そこには獣人の子供が描かれていた。
隣には人間の子供、二人は手を繋いでいる。
フィアはしばらくそれを見てから、そして小さく笑った。
「こういうの、好きかも」
その顔を見て悠真も少し笑う。
フィアらしいと思った。
さらに奥へ進む。
広間を抜ける、階段を下りる、曲がりくねった通路を進む。
すると、突然エルシアが立ち止まった。本当に突然だった。
フェンリスもラグナも気付いて振り返る。
エルシアは何も言わない。
ただ、通路の端を見ており、視線の先にある石壁の隙間。
そこには小さい一輪の花が咲いていた。
白くてとても綺麗だった。
周囲は枯れている命の気配などない。
そんな場所で、花だけが生きていた。
エルシアはゆっくり近付いて膝をつく。
白い花を見つめる、そしてその表情が僅かに揺れた。
「エルシア?」
心配になった悠真が声を掛ける。
返事は少し遅れた。
「……知っています」
そう呟く、目は花から離れない。
「アステリア様が育てていた花です」
静かな声だったが、そこには感情があった。
驚きと安堵、そして懐かしさ。
色々なものが混ざっている。
五百年前の花ではない、それは分かっている。
だが、アステリアがこの場所にいた証拠にはなる。
その事実が、エルシアの胸を少しだけ軽くした。
気付けば自分でも知らないうちに微笑んでいた。
アステリアは本当にこの世界へ来ていた、その証拠が目の前にある。
突然消えた軍団長、何も分からなかった存在。
だが今は違う、少しずつ足跡が見えてきている。
その後、探索隊は最奥部へ辿り着く。
小さな石室の中央に置かれた台座。
そして、その上に置かれた透明な結晶。
結晶には桜の紋章が刻まれていた。
それを見た瞬間、エルシアは思わず息を呑む。見間違えるはずがない。
第五軍団
花冠軍
そして、アステリア本人が使っていた印
胸の鼓動が少し速くなる。
あの日、転移直後のアステリアがいなくなった日。
みんなで必死に探したことを思い出した。フェンリスも、ラグナも、第五軍団も、誰もが困惑していた。
だからこそ、この結晶から目が離せなかった。
「持ち帰りましょう」
そう言ったエルシアの声には、いつもより僅かに力が入っていた。
それは確信だった。この結晶は、何かを知っている。
アステリアへ続く道の最初の手掛かりになる。そんな予感がしていた。




