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第六話 精霊の墓場

翌朝

深森エルフ自治領


空は曇っていた、大地を覆う枯れた森が、どこか重苦しい雰囲気を作り出している。


悠真は朝露に濡れた草を踏みながら前を歩くエルシアの背中を見た。


普段のエルシアは冷静だから感情をあまり表に出さない。

第五軍団のまとめ役として常に落ち着いている。


だが今日は違う。

無意識なのだろうが歩く速度が少し速い、時折周囲を見回している。


転移後ずっと探し続けた軍団長。


アステリア


その手掛かりが目前にあると思えば落ち着いていられる方がおかしい。


そんな事を考えながら悠真は枯れた森を見上げた。


かつては大森林だった、そう聞いている。

だが目の前に広がる光景は灰色だった。


木々は葉を失い

地面はひび割れ

生命の気配が不自然なほどに薄い


「静かだな……」


悠真がつぶやく。

すると前を歩くフェンリスが振り返らずに答えた。


「静か過ぎる」


神狼王は警戒していた、黄金の瞳が森の奥を見据えている。

それを分かっているのかフィアもいつもより大人しい。

狼耳をぴくぴく動かしながら周囲の音を探っている。


しかし、何も聞こえてこない。

鳥の声も、虫の羽音も、獣の足音も。


何も聞こえない


「嫌な感じがする」


フィアはそう呟くと尻尾を小さく揺らした。その顔には普段の明るさがない。

本能が警告しているのだろう。



昼過ぎに探索隊はついに目的地へ到着した。

精霊の墓場、その入口へ。


悠真は思わず息を呑んだ。


巨大だった。

高さは三十メートルを超え、崖そのものを削って作られたような石造建築。


古代神殿


その表現が一番近かった。


長い年月を経ているはずなのに崩壊していない。

まるで誰かが守り続けてきたようだった。


オルフェが震える声で呟いた。


「こんな遺跡が存在したなんて……」


学者としての興奮が隠せない。

エルシアは何も言わなかった。


ただ、入口を見つめている。

その視線の先にあるのは巨大な門の中央、そこに刻まれていたものを見た瞬間。

彼女の表情が変わった。


「……」


足が止まり、呼吸も止まる。

悠真もエルシアの視線の先に目を向けた。


そこには花があった。


五枚の花弁

桜

第五軍団の軍旗、桜花旗に描かれるものと完全に同じ紋章


アステリアの象徴


フィアも気付いた。


「これ……」


誰も続きを言わない、言う必要がなかった。

アステリアはここへ来ていることを全員が理解したからだ。


少なくとも数百年前に。確実に。


エルシアは桜紋へ手を伸ばした、震える指先が石へ触れる。

冷たいがどこか懐かしかった。


エルシアの脳裏に昔の光景が浮かぶ。


花畑

第五軍団

笑うアステリア


この世界に転移する前の記憶。

気付けば、小さく呟いていた。


「アステリア様……」


その声はあまりにも小さく、風に消えそうだった。


門の周辺調査が始まった。

オルフェは壁面の古代文字を調べている。


しかし首を傾げる。


「読めません」


「エルフ文字ではないのか?」


悠真が聞く。

オルフェは首を横に振った。


「似ていますが、違います」


「もっと古い」


そう言いながら石壁を眺める。

学者としての好奇心が抑えきれないらしい。


一方でフェンリスは周囲を歩いていた。


足跡

戦闘痕

臭い


あらゆる情報を集めている。

その途中、ある場所で足を止めた。


「……」


地面を見下ろすと、そこへ悠真も近付いた。

そこには花があった。


たった一輪の白い花。


枯れた大地の上、あり得ない場所に咲いている。

フィアがしゃがみ込む。


「綺麗」


そう言いながらそっと花へ触れた。

摘むことはない、何となくだが摘んではいけない気がした。


理由は分からないが悠真も同じだった。

ただ、そこに咲いているべき花だと思えた。


エルシアはその花を見つめながら考えていた。


五百年


長い、長過ぎる時間。


普通の種族なら何度も世代が変わるが、アステリアはハイエルフだ。

生きている可能性は十分ある。


この場所へ来て確信が強くなっていた。

アステリアはここへ来た、そして何かを残した。


なら、まだ手掛かりはあるはずだ。


そう思いながらエルシアは遺跡の奥を見つめた。

巨大な石門の向こうに、五百年前アステリアが見た景色がある。

その先には自分達がまだ知らない何かが眠っている。


周辺調査が終わり、探索隊はゆっくりと門の前へ集まる。

フェンリスが石門へ手を掛ける。


ラグナは楽しそうに口元を吊り上げる。

フィアは少し緊張している。

オルフェは興奮を隠せない。

エルシアは祈るような気持ちで桜紋を見上げていた。


そして、長い年月閉ざされていた扉が。

重い音を響かせながら開き始める。


その先で彼らを待つものが、希望なのか、真実なのか。

あるいは更なる謎なのか。


まだ誰も知らなかった。

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