第三話 世界樹の痕跡
朝
黄昏の箱庭王城
執務室
戦争が終わったにも関わらず、悠真の机には大量の書類が積み上がっていた。
グラディス旧領の統治計画
解放奴隷の保護
食料配給
治安維持
捕虜の処遇
いくら処理しても終わらない。会社員時代とは比べ物にならないデスクワーク。
「王様って大変なんだな……」
王様はお金持ちでなんでもできていいな、と幻想を抱いていた当時の自分に言ってやりたい。会社員がどれだけ楽なのかと。
すると、部屋の隅で書類整理をしていたノワールが顔を上げた。
「今さらですか」
「今さらだった」
本当に今さらだった。
フェンリスみたいに戦っている方が絶対楽だ。
コンコン
扉がノックされる。
「失礼します」
入ってきたのはエルシアだった。
いつもの冷静な表情だが、長い付き合いではない悠真ですら分かった。
何かある。
大きな何かだがあると思わせる雰囲気が出ており、エルシアの後ろにはオルフェもいた。
エルシアとオルフェ
第五軍団最高幹部とエルフ達の知識を束ねる学者
役割がそれぞれ違う二人が同時に来る時点で珍しかった。
エルシアが一枚の資料と報告書を差し出す。
「ユウマ様」
「アステリア様に関する新たな情報を発見しました」
数秒間、悠真の動きが止まった。
アステリア
花の軍団長
黄昏の箱庭で唯一行方不明の軍団長。転移後、から消息不明。
エルシア達がずっと探していた仲間。
「本当か?」
声が少し強くなる。
エルシアは頷いた。
「確証はありません」
「ですが、可能性は極めて高いです」
その言葉を聞いた時には、悠真は立ち上がっていた。
「会議を開く」
一時間後
王城円卓会議室
軍団長たち並びに幹部たちが集まっており、室内の空気はいつもより真剣だった。
エルシアが中央へ立ち、机の上へ古い石版を置いた。
全員の視線が古い石板へ集まる。
石板は風化しており、文字も摩耗していた。いかにも古代遺跡から出てきたような見た目だった。
「発見場所は」
エルシアが説明を始める。
「枯森地帯の近くです」
地図が広げられる。
枯れた元大森林があった場所であり、まだ黄昏の箱庭でも詳細が分かっていない未開地。
オルフェが補足する。
「元々第四軍団が地下資源探索を行っていてたまたま発見しました」
ミレイアが頷き続きを説明する。
「はい、爆発事故で見付かりました」
「事故?」
思わず、悠真が口を挟んでしまった。
変なことを言ったとは全く思っていないミレイアは首を傾げた。
「試作品が爆発しただけです」
「事故じゃないか」
「全ては想定内です、死傷者も出ていません」
周囲が頭を抱える。死傷者が出ていなければよいという話ではない。だが、ミレイアにとってみれば日常であり、今日も平常運転だった。
話を戻すようにオルフェが石版を指差した。
「問題はここです」
そこには、世界樹らしき巨大な樹木が彫られていた。
だが、樹木周囲の装飾が奇妙だった。この世界における普通の世界樹信仰と違う。
エルシアも困惑していた。
「この世界のエルフの伝承には存在しない様式です」
「もっと古い」
「あるいは失われた文明」
静かな緊張が全体に走る。
悠真はじっと石板を見つめている。
何となくだが、嫌な予感がした。何の根拠もないただの直感。
そんななか、フェンリスが口を開く。
「それだけではないな」
全員がフェンリスを見る。
神狼王は石版の一点を見ていた。
そこに描かれていたのは小さな紋章。
花
一輪の花が刻まれている。
エルシアが頷いた。
「はい、それです」
声が少しだけ震えていて涙目にさえなっていた。いつも冷静だったエルシアが。
「これは」
「アステリア様が使用していた紋章です」
静寂
悠真の表情が変わる。
フェンリスが目を細めた。
リリアーナの笑顔も消えている。
花の軍団長
アステリア
確かに彼女もこの世界へ来ている。少なくとも石版を残した者は彼女を知っている。その可能性が一気に高くなった。
エルシアは続ける。
「更に、石板に残っていた魔力残滓を解析しました結果」
オルフェが息を吐く。
「現在の時代の魔力ではありません」
空気が変わる。
古代文明
世界樹
そしてアステリア
全部が少しずつだが繋がり始めていた。
ラグナが腕を組んで聞いた。
「つまり?」
オルフェが答える。
「アステリア様の失踪は偶然ではない可能性があります」
沈黙
その一言は重かった。
迷子ではない、事故でもない。
誰かが。
何かが。
関わっていた可能性。
そして、この世界に転移した直後の記憶を悠真は思い出していた。
アステリアは突然消えた、痕跡もなく、手掛かりもなく、軍団長達ですら見付けられなかった。
それがもし、意図的なものだったら。
部屋の空気が重くなっていく。
その時だった、フィアが勢いよく立ち上がりいつもの元気な声で、部屋の重たい空気を吹き飛ばすように言った。
「じゃあ探しに行こう!」
全員がフィアを見ると本人は真剣な顔つきながらもどこか明るい雰囲気だった。
「手掛かりあるんでしょ、だったら行けばいいじゃん!」
あまりにも単純だが、その一言で空気が少し軽くなる。彼女のこの姿に、もう何度助けられたかわからない。
リリアーナが笑う。
「確かにそうですわね」
ラグナも頷いた。
「考えるのは後だ」
フェンリスも異論はない。
悠真は苦笑した。
この国は本当に行動派ばかりだがそれで良いのかもしれない。
アステリアを探すことは最初から決まっていた事だ。なら、進むしかない。
悠真は立ち上がり、国王として、仲間として一つの決断を下す。
「探索隊を編成する」
エルシアの目が見開かれる。
「本当ですか」
「もちろんだ」
悠真は笑った。
「仲間を迎えに行こう」
それは国王の命令ではない。
ただの本音だった。
会議終了後
悠真は窓の外を見ていた。
空は晴れていた、戦争は終わった。だが、新しい旅が始まる。
世界樹
古代遺跡
消えた軍団長
そして、まだ誰も知らない世界の真実。
アステリアを追う旅は、黄昏の箱庭を大陸の運命そのものへ巻き込んでいく事になる。




