第二話 常識
グラディス辺境侯国解体宣言から三日後。
悠真は現実の重さを思い知っていた。
「反対です」
会議室で開口一番にそう言ったのはセレスではない。
レイナでもない。
エレナでもない。
グラディス出身の人間だった。
元商人で元自治会長。
戦後処理のため集められた現地代表の一人。
彼は圧倒的な暴力の前に震えながらも言葉を続ける。
「何故、奴隷を解放するのですか」
悠真は眉をひそめた。
ゼルバルドとの地下牢での一件があり、価値観の違いがあることは理解しつつも、現地の住民から改めて聞かされると、納得できない自分がいた。
日本人だった頃の常識なら解放しない理由があるのか、そう思う。
だが、ここは日本ではない。頭では理解していても、感情は別だった。
男は必死に訴える。彼らの生活にも直結するはなしだから。
奴隷を人とみなしていないからこそ出てくる言葉だった。
「農園はどうなるのです、収穫は、治安は」
「管理しなければなりません、獣人は危険です」
会議室が静まり返る。
悠真も黙っている。怒る気にはなれなかった。
なぜなら悪意があるわけではない、差別したい訳でもない、子供の頃からそう教えられてきた。
親に、教師に、神官に、社会に。
だから。男は本気で言っているし、そう信じている。
ふと、悠真は地球の歴史を思い出した。
どんな世界にも差別はあったし、どんな国にも偏見はあった。
そして地球でもそれを正しいと思っていた時代がある。
今のグラディスそういう意味では同じだった。
悠真が男に問いかけた。
「危険って、何が危険なんですか」
男は困惑した。即答できなかった。
「何がと言われましても……」
明確な理由は答えられない。
だが、信じている。
怖いからじゃない、知っているからでもない。
それがこの世界の常識。
それが一番厄介だった。
会議の後。
悠真は窓際で空を見ていた。
外では様々な工事が進んでいる。
戦争で破壊された街道
橋
施設
第四軍団の技術者達が率先して修復していた。
※閑話休題
「悩んでいますね」
ぼーっと空を眺めながら考え事をしていた時、後ろから声がする。
エレナだった。
二つ名は蒼竜の智
第二軍団の頭脳
心の中を的確にあてられて悠真は苦笑した。
「そんなに分かりやすいか」
「かなり」
即答だった。実際、誰が見ても一目瞭然の雰囲気が出ていた。
「住民問題ですか」
「まあな」
エレナは隣に立つとしばらく二人で街を見る。
やがて。エレナが口を開いた。
「ユウマ様」
「ん?」
「住民は間違っていると思いますか」
日本人かつ一般的な会社員としての人生しか送ってこなかった悠真には難しい質問だった。
だが、悠真は今の自身が思う感覚を素直に答える。
「思う・・・・でも」
その後の言葉が続かない。
みかねたエレナが代わりに言った。
「愚かだとは思わない」
言われてしまった悠真は少し恥ずかしそうに、だがしっかりとした意思をもって頷く。
まさにそれだ。間違っている。
だが、愚かではない。
彼らは教えられた通りに育っただけ。
もし、自分がこの世界で生まれていたら同じ考えになったかもしれない。いや、地球にいたころの自分を想像したらきっと同じ考えになっていたと思う。
そう思うと強く責めることはできなかった。
そんな悠真の姿をみて、エレナは静かに笑う。
「だから皆、貴方を王にしたいのですよ」
悠真は困った顔になる、そういうのは苦手だ。
それに、今の自分は完全にかっこ悪い姿を見せているはずで、こんな姿の何が王にさせたいと思えるのか自分ではよくわからなかった。
その頃、グラディス旧領。
かつて奴隷農園だった場所。
数百人の獣人たちが集まっていた。
解放奴隷
つい数日前まで鎖を付けられていた者たちが集まっていて、その中央に立つのはフィアだった。
「みんなー!」
どこまでも遠くまで聞こえそうな元気な声。
子供達が一斉に振り向く。
「今日のご飯持ってきたよ!」
歓声とともに一瞬で子供達が集まる。
フェンリス軍団の難民支援隊
第一軍団の重要任務だった。
フィアは笑顔で子供達へ食料を配る。
「ありがとうございます……」
獣人の母親が頭を下げた。目には涙がうかんでいる。
フィアは慌てて手を横に振る。
「やめてやめて!、普通だから!」
助けるのは当然、守るのも当然。本当にそう思っていた。
それがフィアだった。
しかし、少し離れた場所では人間の住民達が複雑な顔で見ている。
「何故あそこまでする」
「ただの獣人だぞ」
「税金の無駄じゃないか」
そんな声があるのも当然だった。
フィアは聞こえていた。
神狼族の耳は良い。
全部聞こえるけれど、怒りはしない。
代わりに、子供達へパンを渡した。
獣人の子供、人間の子供両方へ分け隔てなく。同じ笑顔で。
その光景を見て、人間の子供の一人がつぶやく。
「……同じなんだな」
誰も気付かないほど小さな声だった。
だが、変化は始まっている。少しずつ、本当に少しずつ。
そんな頃
黄昏の箱庭、王城地下牢
ゼルバルト・グラディスは相変わらず鎖に繋がれたまま静かな牢の中に一人でいた。
すると、近付いてくる足音が聞こえた。
そして、鉄格子の前で足音が止まった。
足音の正体はフェンリスだった。
ゼルバルトは意外そうな顔をした。
「神狼王か」
フェンリスは無言。しばらく沈黙が続く。
やがて、気を使ったゼルバルトが言った。
「何故殺さない」
捕虜になってから疑問になっていた真っ直ぐな質問だった。
ゼルバルドの気持ちを察してか、フェンリスも真っ直ぐ答える。
「主が望まない」
それだけ。無口で自ら話すことをあまりしないフェンリスの言葉は短い、だがその言葉には意思がしっかりと込められていた。
ゼルバルトはただ苦笑した。
「貴様ほどの存在が」
「人間の命令を聞くのか」
フェンリスは黄金の瞳を細める。
「聞く」
迷いがない、絶対の信頼。
フェンリスの気持ちは、ゼルバルトには理解できない。
だが、少しだけ羨ましくも思った。
自分にはそんな相手がいなかったから、オスカーにすら感じたことはなかった。
牢を去る直前にフェンリスが立ち止まる。
そして、初めて自分から口を開いた。
「主は甘い」
「だが、だからこそ従う」
ゼルバルトは驚く。
否定ではない。主の甘さ、この世界で生きていくには困難を極める価値観。そんなところを肯定し、それでいて従うと強い意志で言ったのだ。
それだけ言って立ち去った。
地下牢に一人残されたゼルバルトはしばらく沈黙して誰に聞かれるでもなく独り言をつぶやいた。
「やはり死ぬまで分かり合うことはないな」
同じ頃。
王城執務室
悠真の元へ一通の報告書が届けられる。
差出人はエルシア。
内容は短いが内容をみた悠真の目が見開かれた。
戦争は終わったが本当に探したい人はまだ見付かっていない。
花の軍団長
アステリア
転移後、最大の目的であるアステリアの行方。
その手掛かりが、ついに見つかったのだった。




