↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/71

第三章 世界樹の呼び声 第一話 勝者の責任

黄昏会戦終結から十日後


黄昏の箱庭

王城会議室


勝利の熱狂は既に過ぎ去っていた。

兵士達は復興へ戻り、工房は再稼働し、商人達は物流を再開し、難民達は新しい生活を始めている。


国家上層部もまた休んでいる余裕など無く、働きづめの毎日を送っていた。


円卓会議の出席者は軍団長全員と主要幹部たち。

さらに主要幹部達。黄昏の箱庭中枢を担う全員が集まっていた。


セレスが資料を広げる。


「戦後報告を開始します」


会議室が静まる。


「黄昏会戦における敵軍総兵力約一万二千」


「戦死及び重傷者約六千」


「捕虜三千七百四十二名」


「逃亡二千前後」


淡々とした報告が行われていく。

戦争としては圧勝だった。


だが、圧勝だったにもかかわらず、悠真の顔は晴れない。


六千


数字として見れば簡単だが、その全員に家族があり、人生がある。

日本人だった頃の感覚がどうしてもまだ抜けていない悠真にとっては、自身が判断した結果としてこれだけの死傷者数が出たと思うと、いつでも今日の朝食が目の前に戻ってきそうな気分になる。


「こちらの被害は」


自身の体調が表にでなよう必死に隠しながらも悠真が尋ねる。

少しの間が空いて、レイナが答える。


「戦死二十八名」


「重傷者六十七名」


静寂


フェンリス軍団

ラグナ軍団

リリアーナ軍団

ミレイア軍団

エルシア軍団


圧倒的レベル差があったからこそ、これだけの被害ですんでいる。


それでも、ゼロではない。


その事実を前に改めて色んなものがこみあげてくる。

悠真は目を閉じ必死に耐えた。


勝った


だが、人は死んだ。


その事実だけが変わることなく悠真の頭の中を無限にループする。



数秒後。

会議は次の議題へ移るとセレスが新しい資料を開いた。


「本題です」


その声色が変わる。


この場にいる全員が悠真も含めて理解していた。

これからが本当の問題だ。


「グラディス辺境侯国について」


静寂


ラグナが腕を組む。


「滅ぼすのだろう?」


単純明快な答え。ラグナらしい。


実際に戦争を始めたのはグラディス。

奴隷制度も続けているし黄昏の箱庭も被害を受けた。滅ぼす理由は十分にあった。


だが、セレスは首を振る。


「単純ではありません」


「どういう事だ」


ラグナが眉をひそめる。

するとヴィオラが説明を始めた。


「グラディスの人口は約三百万います」


「そのうち貴族層は一部だけで、ほとんどは一般市民であり、内訳として農民、商人、職人が市民の大半を占めています」


ラグナは黙るしかなかった。

ヴィオラは続けた。


「問題は、彼らの大半が奴隷制度を支持しています」


その一言に会議室が静まった。

悠真も複雑そうな顔になる。そこが一番難しい。


現代日本なら。

奴隷制度反対、人種差別反対が当たり前だ。


だが日本ではない、この世界は違う。


神聖アルカディア教国。


数百年。いや、それ以上の年月をかけて教会は世界中へこう教えてきた。


亜人は人類より劣る。

亜人は導かれるべき存在。

奴隷制度は神の秩序。


そして人々は信じている。

本気で。心から。それが正しいと。


フェンリスが静かに言う。


「では、民も敵か」


その問いは重かった。


悠真には即答できない。


敵ではないが、でも味方でもない。


レイナが代わりに答える。


「敵ではありません」


「しかし味方にもなりません」


現実的な答えだった。

ヴィオラも頷く。


「例えば明日、グラディスの奴隷を全員解放したとします」


「その時に喜ぶのは亜人だけです」


悠真が顔を上げて何かを言おうとしたが、ヴィオラは容赦なく続けた。


「農園主は反発します、商人も反発します、教会も反発します、住民も反発するでしょう」


「何故なら」


「それが常識だからです」


とても重たい空気の中でのとても長く感じる沈黙。

たまらず悠真はため息を吐いた。


難しい、本当に難しい。


日本ならとても簡単な話しだった、少なくとも感覚としては。


でも、この世界では違う。

日本人が正しいと思っていた事が常識ではない。常識だと思っていた事が非常識になる。


日本人としての価値観が通じないし、その壁を何度も感じていた。


セレスが言う。


「グラディスを滅ぼしても解決しません」


「思想は残ります、教会も残ります、価値観も残ります」


絞り出すかのようなか細い声で悠真は呟いた。


「面倒だな……」


全員が頷いた。本当に面倒なのだ。

国家を潰すだけなら簡単。


フェンリスがいる。

ラグナがいる。


潰して、滅ぼすだけなら一日で終わる。

ただ、我々は滅ぼしたいわけではない。この世界で生きていく以上、そこに生きている民衆と共存して生きたのだ。


思想は剣で消せない。

価値観も魔法で消えない。



数時間後。

議論は結論へ至った。


決断した結果を告げるために悠真が立ち上がる。その姿勢からは覚悟が伝わる。

全員の視線が集まる。


黄昏の箱庭国王が転移して、悠真にとってこの世界が現実になってからの、初めての本格的な戦後処理。


その決断をしっかりとした口調で告げた。


「グラディス辺境侯国を解体する」


静寂


「だが」


「住民は保護する」


セレスが頷く。

全員が想定通りの決断。


「貴族制度は廃止、奴隷制度も廃止、領地は管理区域へ移行」


「ただし」


悠真は続ける。


「無理矢理価値観は変えない」


そこで何人かが顔を上げた。

その顔には様々な感情が見えた、全員の進む方向が主と一緒でもやり方はそれぞれの考えがある。


「時間を掛け教育をする」


「見せるんだ、亜人も人だって事を」


ヴィオラが少し驚いた顔をする。

ラグナは理解出来なさそうだった。

フェンリスだけは静かだった。


感情はそれぞれ、ただ全員が嬉しそうな顔をしていた。

なぜなら全員が同じことを思ったから。


主らしいと。



会議終了後

悠真は地下牢へ向かった。

重い扉が開く。


そこにいるのは、ゼルバルト・グラディス。

グラディス辺境侯国の王であり、敗者。

かつて三百万を治めた男。


そして、今は捕虜だった。


ゼルバルトが顔を上げる。治療済みの為怪我はない、ただ地下牢に入れられたこともなく、慣れない環境に何日もいたため少しやつれていた。


「勝者が来たか」


悠真は椅子を用意して座る。なるべく威厳が出るように堂々と。

ただ、何から話せばよいのかわからない。所詮は王になりたての元会社員でしかなかった。


長い沈黙


やがて、ゼルバルトが口を開く。


「聞きたいことがある、何故だ」


聞きたいことの意図が分からず、悠真は首を傾げた。


「何のことだ」


「人の身でそれも王でありながら、何故亜人を人として扱う」


静かな声だったが、本気だった。

この世界で生まれ、生きてきたゼルバルドは本当に理解出来ないのだ。


悠真はしばらく考えた。


簡単な問いのはずだったが、上手く答えられない。

何故なら、日本では考える必要すら無かったし考えることもあまりなかった。


亜人だろうと人間だと思う。それだけだった。


だが、ゼルバルトは違う。

彼は幼い頃から教会で教わった、学校で教わった、親から教わった。


亜人は別だと。


だから、彼にとっては常識。

そして、悠真にとっては非常識。


悠真は静かに答えた。


「言葉が通じるから」


「笑う、泣く、怒る、家族を大切にする」


「だから人だ」


ゼルバルトは黙るって聞いていた。

納得していない顔。出来るはずがない雰囲気。


だが、返す言葉も見付からなかった。


悠真は立ち上がる。


「多分、俺とあんたは今後も最後まで分かり合えない」


それは事実であり全てだった。

ゼルバルトも頷き、後悔している様子もなく自然と答える。


「そうだろうな」


二人は別の世界で育ち、価値観そのものが違う。

同じ世界の地球内ですら国が違えば価値観や思想、宗教の違いで争いが起きる。世界が違えば溝が簡単には埋まらないのは当然の結果であった。誰が悪いわけではない、世界が違えば常識も違うただそれだけだった。


牢を出る直前にゼルバルトが呟いた。


「だが一つだけ、貴様のような王は初めて見た」


それだけだった。それ以上、何か言ってくることはなかった。

悠真は特にそれに答えることはなく、地下牢をあとにした。



そして、三百年続いたグラディス辺境侯国は解体される。


しかし、悠真達はまだ本当の意味で理解できていなかった。

国家を滅ぼすより難しい相手がいることを。


大陸全土へ浸透した価値観。

数百年積み上がった常識。

そして、その中心にいる存在。


神聖アルカディア教国


本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。