第二十話 終戦
戦場は終わりを迎えていた。
正確に言えば、王達の出陣により強制的に終わらされていた。
神狼王フェンリ
竜王ラグナ
吸血鬼の女王リリアーナ
アラクネの女王ミレイア
軍団長達が動いた瞬間に戦争そのものが意味を失った。
北方平原
崩壊した陣形
逃げ惑う兵士
破壊された兵器
折れた旗
グラディス軍のどこを見渡しても同じ光景。既に軍として成立してはいなかった。
グラディス軍の中心にある本陣だけが辛うじて形を保っていた。
いや、退却をするタイミングを逃してしまったと言ったほうが正確かもしれない。
本陣中央にて、ゼルバルト・グラディスは立ち尽くしている。
敗北
その事実だけは理解できていた。
オスカーは死んだ。
A級冒険者も消えた。
騎兵隊も無い。
魔導兵団も壊滅状態。
それは軍が崩壊したことを意味しており、理解しようとしているが頭は拒絶している。
受け入れること自体ができなかった。
「何故だ……」
もはや誰へ向けた言葉かも分からない。
ただ呆然とゼルバルトは兵士たちが逃げ惑う戦場を見ていた。
本来は逃げる兵士たちを鼓舞し、戦場へ戻し戦わせる必要があったがそれはできなかった。なぜなら自分も逃げたいと思ってしまったからだ。
その時、足音が聞こえた。ゆっくりと静かに。
しかし確実に近付いてくる。
ゼルバルトが顔を上げた。
そこにいたのは第一軍団長にして神狼王のフェンリス。
まるで散歩でもしているような足取りだった。
フェンリスの周囲に護衛はいない。必要ないからだ。
フェンリス一人いるだけで、今の戦場そのものより危険だった。
ゼルバルトの護衛達が前へ出る。
「閣下を守れ!」
「獣人を止めろ!」
三十人以上の護衛が瞬時に集まった。
辺境侯直属近衛騎士団
平均レベル五十以上
全員が精鋭であり、普通の国家なら英雄とほぼ同等の扱いをされる者たち。
彼ら全員がフェンリスへ襲いかかる。
先頭の騎士が剣を振り下ろすがフェンリスは見ない。避けもしない。
ただそっと手を伸ばして、騎士の頭を掴む。
そして、地面へ叩き付ける。
ドォォォォォン!!!
地面が陥没した。
騎士は動かない。既に意識を失っていた。
次、次、次。
フェンリスが歩くその一歩ごとに騎士が倒れていく。気づいたら倒れている。
誰も止められない。それは初めから戦いではなかった。
強さの差があり過ぎる。
神に人間が立ち向かっているようなものだった。
ラグナが遠くから見ていた。
「だいぶ手加減しているな」
レイナが苦笑する。
「命令が生け捕りだからでしょう」
事実フェンリスは本気ではない。
もし本気なら、誰もフェンリスが動いたことを認識することなく、本当に一瞬で終わる。
だが今回は、悠真の生け捕りという命令があるから手加減している。
それでもこの有様だった。
護衛騎士団全滅
フェンリスはゼルバルトの前に立った。
そこで立っているのはゼルバルトとフェンリスの二人だけ。
数秒の沈黙。だがゼルバルドには何時間もの沈黙に感じるくらいの恐怖の時間があった。
意を決して、最初に口を開いたのはゼルバルトだった。
「……何なのだ」
今にも消えそうな、かすれた声。
「貴様達は」
フェンリスは沈黙。するとゼルバルトが叫ぶ。
「何なのだ!!」
言葉に込められたのは怒り、絶望、恐怖。
全てが混ざった心からの叫びだった。
「何故これほどの力を持ちながら隠れていた!」
「何故今まで現れなかった!」
「何故今まで気にもしていなかったであろう亜人共を貴様達は従えている!!」
叫ぶ。ただ叫ぶしか出来ない。
フェンリスは静かだった。
しばらく黙っていた。そして静かに語った。
「違う」
初めて答える。低い声で。
だがその声はよく通っていた。
「従えているのではない」
ゼルバルトが息を呑む。
「我らが守っている」
それだけだったがフェンリスや他の黄昏の箱庭にいる人にとっては当然のこと。
主が守ると決めた。
だから守るという至極当然のこと。それだけ。
ゼルバルトには理解出来なかった。
「亜人を……?」
フェンリスは頷く。
「同じ人だからな」
簡単だった。あまりにも簡単だった。
だが、ゼルバルトには理解出来ない。理解出来るはずもなかった。
「人……?」
笑いが漏れる、乾いた笑が。
「獣だろう」
「違う」
「奴隷だろう」
「違う」
「道具だろう」
「違う」
フェンリスの声は変わらない。
だが、ゼルバルトはその黄金の瞳をみて気付いていた。
怒り
その瞳には怒りがあった。静かな怒り。
フェンリスが今まで一度も見せなかった怒り。
「我らを侮辱するなら許そう」
フェンリスが言う。
魔力が漏れ、大気が震える。
「だが」
黄金の瞳が細くなる。
「我らが守る民を侮辱するな」
その瞬間、ゼルバルトの体が吹き飛んだ。
パンッ!!!
拳や手刀ではない、ただの打撃。
それだけで辺境侯が数十メートル吹き飛んだ。
地面を転がり、血を吐く。
もはや立つことはできず、意識がかろうじて残っているだけだった。
終わった。完全に。
フェンリスが近付きゼルバルドの首を掴んだ。
その時ゼルバルトは理解した。
死
自信がここで死ぬことを。本気でそう思った。
しかし、フェンリスは殺さなかった。気絶させるだけだった。
神狼王は振り返り、遠く後方の悠真がいる方向を見た。
そこにはこの戦争を止めるべき王がいる。
フェンリスは小さく頷いた。役目は終わった。
捕虜確保完了。
その頃。
戦場全体では勝利宣言が上がっていた。
グラディス軍壊滅
辺境侯捕縛
黄昏会戦
完全勝利
だが、悠真の表情は晴れなかった。
戦争は勝ったが奴隷制度はまだある。苦しむ者達はまだいて世界はまだ変わらない。
むしろ、これからが重要であることを考えると悠真は笑顔にはなれなかった。
帰城後、エルシアがやって来た。
珍しく息を切らしている。
「ユウマ様」
「どうした」
「報告があります」
エルシアの表情はいつにも増して真剣だった。
「アステリア様に関する情報です」
悠真の目が見開かれる。
戦争が終わったその日に失われた軍団長アステリアへ繋がる情報が入ってきた。
新たな物語が動き始めようとしていた。
第二章 迫害者達 完結
いやーやっと終戦しました。(笑)
初めて小説を書き始めて思ったのは書きたいことを書くためには色々な前段階を書かなければならず書きたいことへ中々進めない事でした(笑)
ゼルバルドの処理含め戦後処理は第三章で書きたいと思います。
1.2話程度閑話を挟んでから第三章に入りたいと思います。登場国家や主要人物でも書いた神聖アルカディア教国と教国にいる人たちについてです。そろそろ触れたくて我慢できず書いてしまいました(笑)
本編にでるのはまだ先だと思うのでもう少々お待ちください。
※閑話は一度にまとめて出すので第三章が遅れることはありません。私自身、他の小説を読んでいて閑話を読みながら早くメインストーリーに戻ってくれと思っていたタイプだったので(笑)




