第十八話 紅薔薇の断罪
白銀の英雄が倒れた。
その事実は戦場全体へ一瞬で広がった。
「オスカー様が討たれた!」
「英雄が!」
「後退しろ!」
グラディス軍の士気は目に見えて崩れていく。
一方。
黄昏の箱庭軍の勢いはさらに増していた。
神狼族が駆ける。
竜人達が敵陣を押し潰す。
アラクネの糸が戦場を絡め取る。
エルフ魔導兵団の魔法が空を支配する。
既に戦局は決まりつつあった。
しかし。まだ終わっていない戦場があった。
血狼の牙
A級冒険者パーティ
人攫い。奴隷商人の協力者。亜人達の敵。
その中心でギルベルトが舌打ちした。
「ふざけやがって……!」
オスカーが負けた。
信じられない。だが事実だ。
戦場の空気が変わっている。
このままでは危険だ。撤退を前提に考えるべきだろう。
ギルベルトがそう判断した瞬間だった。
「初めまして」
背後から声がした。
全員が振り返る。
そこにいた。
リリアーナ
真紅の髪
真紅の瞳
真紅の軍装
戦場だというのに。
まるで夜会へ来た貴婦人のようだった。
ギルベルトが眉をひそめる。
「誰だ」
「自己紹介が必要ですの?」
リリアーナは優雅に微笑む。
「第三軍団軍団長」
「リリアーナと申しますわ」
その瞬間。
周囲の温度が下がった気がした。
ギルベルトですら知っている。
黄昏の箱庭に吸血鬼がいると。
恐らくそれを束ねる人物なのだろう。
最悪の相手だった。
「お前が軍団長か」
「ええ」
「それがどうした」
ギルベルトは大剣を構える。
マリカが弓を引く。
ドーガが盾を構える。
シオンが魔力を練る。
A級冒険者
大陸でも上位
弱者ではない。
だが。
リリアーナはただ微笑んでいた。
「その前に」
彼女が指を鳴らす。
パチン。
その瞬間。
世界が変わった。
「なっ!?」
周囲の景色が消えた。
戦場が消えた。
空が消えた。
血狼の牙の四人は漆黒の空間へ立っていた。
シオンが悲鳴を上げる。
「幻術!?」
正解だった。
吸血鬼王族特有スキル。
対象の精神を幻術世界へ閉じ込め、感覚を完全支配するスキル。
レベル差がある場合ほぼ抵抗不可能となる。
「シオン!解放しろ!」
ギルベルトが叫ぶ。
シオンが叫ぶ。
「無理よ!出来たらとっくにやってる!」
リリアーナは笑わない。
「解放?」
赤い瞳が細くなる。
「その言葉は」
静かだった。
だが恐ろしかった。
「今まで攫われた子供達へ言うべきではなくて?」
ギルベルトの表情が変わる。
知っている。
この女は知っている。
全部。
奴隷商人との取引も。
攫った獣人達も。
売り飛ばした子供達も。
全部。
リリアーナは一歩前へ出る。
「四十八年前」
ギルベルトが固まる。
「狐族の村を襲撃」
また一歩。
「二十九名死亡」
さらに一歩。
「子供十一名拉致」
マリカの顔から血の気が引く。
「やめろ……」
「十五年前」
今度はシオンを見る。
「獣人避難民を襲撃」
「やめろ!」
「七年前」
ドーガを見る。
「輸送隊を襲撃」
静かな声。
だが。
誰より恐ろしい。
逃げ道が無い。
言い逃れも出来ない。
リリアーナは全て調べていた。
全て覚えていた。
そして何より。
絶対に許していなかった。
「貴方達は」
リリアーナの背後。
数え切れない幻影が現れる。
獣人の子供達
エルフ達
攫われた人々
実在しない。
幻想。
だが。
血狼の牙には見えていた。
今まで犠牲にした者達が。
見つめている。
マリカが崩れ落ちた。
「やめて……」
「嫌ですわ」
リリアーナが即答する。
「私はずっと聞いてきましたもの」
獣人達の声を。
エルフ達の声を。
泣き声を。
絶望を。
リリアーナが初めて怒りを露わにした。
「だから今日は」
笑う。
とても美しく。
「貴方達が聞く番ですわ」
その直後。幻界が閉じた。
現実へ戻る。
戦場。
だが。
血狼の牙の顔色は真っ青だった。
精神は限界
戦意は崩壊
現実の時間にして数秒だった。
だが、ギルベルトたちにとっては永遠ともよべる苦痛の時間。
ギルベルトは震えていた。
全員の精神が壊れかけていた。
「まだ、壊れるのは早くてよ」
「化物……」
リリアーナは首を傾げた。
「そうですか?」
本当に不思議そうだった。
「私から見れば」
赤い瞳が細くなる。
「貴方達の方が余程化物に見えましてよ」
沈黙。
そして。
戦いは終わった。
圧倒的だった。
結果だけなら数秒。
レベル100の軍団長
レベル70台のA級冒険者
勝負になるはずもなかった。
やがて。
戦場にはリリアーナだけが立っていた。
風が吹く。
かすかな血の匂いとともに赤い髪が揺れる。
その頃。
黄昏の箱庭軍は既にグラディス軍本陣へ迫っていた。
オスカーは倒れた。
血狼の牙も消えた。
騎兵隊も壊滅。
魔導兵団も押されている。
残るは一人。
ゼルバルト・グラディス
グラディス辺境侯
そして。
黄昏会戦は最終局面へ突入する。
「私はずっと聞いてきましたもの」はリリアーナは超能力で被害者の声を聞いたのではなく、実際の被害者達の証言と第三軍団の調査報告で全てを知ったということから言っています。矛盾していないつもりです(笑)




