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第十七話 神狼の牙

轟音が世界を揺らした。


英雄オスカーの全て。

神狼族フィアの全て。

その衝突だった。


光が弾ける。

大地が割れる。

空気が悲鳴を上げる。

 

戦場全体が吹き飛んだ。

 

兵士達は立っていられない。

馬が怯える。魔導兵達ですら魔力の余波に顔を歪めた。


「な、何だこれは……」


グラディス兵が震える。


もはや戦争ではない。

 

災害だった。


やがて。

眩い閃光が消える。

巻き上がった土煙だけが残った。


誰もが固唾を呑む。

グラディス軍。黄昏の箱庭軍。


全員がその中心を見つめていた。


そして。

風が吹いた。土煙が晴れる。


最初に見えたのは。


銀色の影。

フィアだった。


立っている。

無傷ではない。

腕には傷がある。服も破れている。

 

だが。立っていた。


そして。その対面。


オスカー・ヴァレン。

膝をついていた。


白銀の鎧は砕け。

大剣は折れていた。


静寂。誰も声を出せない。


敗北。

 

英雄が敗れた。


フィアがゆっくり近付く。


オスカーは顔を上げた。

その瞳には恐怖は無かった。

 

ただ。

驚きだけがあった。


「まさか……」


血を吐く。


「こんな場所に……」


フィアは首を傾げた。


「?」


オスカーは苦笑した。


「お前ほどの戦士がいるとはな」


フィアは少し考えた。


そして。

いつものように答えた。


「私より強い人いっぱいいるよ?」


オスカーの動きが止まった。


「何だと……?」


フィアは後ろを指差す。


遠く。戦場後方。

 

フェンリス

ラグナ

リリアーナ

ミレイア


「あっちの方が強いし」


悪気は無い。

本気だ。


オスカーは絶句した。


自分は英雄だった。


グラディス最強。

ワイバーンを討ち。

国家戦争を勝利へ導いた。

人々に称えられた。


その自分を倒した相手が。


副官クラス。


「はは……」


乾いた笑いが漏れる。


「とんでもないな」


そのまま。

オスカーはゆっくり倒れた。


白銀の英雄

 

その生涯が終わる。


そして。

グラディス軍に絶望が広がった。


「オスカー様が……」


「負けた……?」


「英雄が……?」


士気が崩れる。

一気に。


その瞬間。

神狼族達が吠えた。


「進めぇぇぇ!!」


神狼族兵達が突撃する。

今まで拮抗していた前線が一気に崩れた。


敵兵が逃げる。

隊列が乱れる。


そして。

その崩壊を見逃さない男がいた。


ガルム。


「前進」


短い命令。


第一軍団

総攻撃開始

神狼族近衛隊が動く。


神狼族兵達が楔形に突撃する。

 

崩れた敵陣へ食い込む。


「止めろ!」


「止まれぇ!!」


無理だった。


ガルム自身が先頭にいる。


大斧を振るう。


巨大な一撃。


敵隊長ごと吹き飛ぶ。


さらに。


地面を叩き割る。

衝撃波。

 

敵兵数十名が戦闘不能。


戦場が割れる。


グラディス軍中央。

完全崩壊寸前だった。



同じ頃。

第二軍団方面。


ラグナが腕を組んでいた。


「もう少し持つと思ったんだがな」


レイナが苦笑する。


「相手が悪かったですね」


確かに。


オスカーは強かった。

英雄級だ。


だが。

相手はフィア。

神狼族。レベル95。


格が違う。


そんな会話をしている時だった。

伝令が駆け込む。


「報告!」


「敵左翼壊滅!」


「敵中央後退!」


「敵騎兵隊ほぼ全滅!」


カインだった。

彼の率いる竜人部隊が騎兵隊を叩き潰したのだ。


さらに。

アラクネ部隊。

蜘蛛糸が戦場全体へ広がっていた。


逃げる兵士

走る兵士

転ぶ兵士


まるで蜘蛛の巣。

一度絡め取られれば終わり。


そこへ竜人兵が到達する。


グラディス軍からすれば。悪夢だった。



そして。

別の場所では。


リリアーナが静かに戦場を見ていた。


赤い瞳。

優雅な微笑み。

その視線の先。


血狼の牙。

A級冒険者パーティ。

未だ健在。


だが。

リリアーナの視線を受けた瞬間。

 

ギルベルトは言いようのない悪寒を覚えた。

本能だった。危険。

あれには近付いてはいけない。


だが。


もう遅い。


リリアーナは微笑む。


「見つけましたわ」


その笑みは優しい。

美しい。


だが。

ノワールも。

セレスも。

ヴィオラも知っている。


リリアーナが本当に怒った時。

 

一番怖いのは。

その笑顔だということを。


戦場の片隅で。

吸血鬼の軍団長が。

静かに。獲物を見つけた。



そして。

遠く本陣。


ゼルバルト・グラディスは蒼白になっていた。


オスカー死亡

騎兵隊壊滅

前線崩壊


理解できない。

何故こうなる。


相手は亜人国家ではなかったのか。

獣人の集まりではなかったのか。


だが。

目の前にある現実は違う。


自軍一万二千

敵四千五百


圧倒的有利だったはずなのに。


負けている。


しかも。まだ。

神狼王フェンリスすら動いていない。


ゼルバルトの背中を冷たい汗が流れた。


そして戦場では。

新たな地獄が始まろうとしていた。


吸血鬼の女王

リリアーナ


その断罪が。

血狼の牙へ下されようとしていた。

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