第十四話 進軍
空は曇っていた。
まるで戦争の到来を告げるかのように。
黄昏の箱庭北方平原。
緩やかに続く草原地帯の先には、大規模な街道が伸びている。
そしてその街道を埋め尽くすように、人類軍最大規模の遠征軍が進軍していた。
グラディス辺境侯国軍
総兵力一万二千
その中心には白銀の旗が翻っている。
ゼルバルト・グラディス率いる侵攻軍本隊だった。
地鳴りのような音が響く。
四千の歩兵。二千近い槍兵と弓兵。千を超える騎兵。魔導兵団。補給部隊。
そして雇われた冒険者達。
軍勢はどこまでも続いていた。
普通の国家なら絶望する。
普通の都市なら城門を閉ざす。
普通の領主なら降伏を考える。
それほどの軍勢だった。
馬上のゼルバルトは満足そうに軍勢を見渡した。
「壮観だな」
傍らのオスカーが静かに頷く。
白銀騎士団長。英雄級。レベル85。
グラディス最強の騎士。
「敵戦力は」
オスカーが尋ねた。
参謀が答える。
「約五千」
周囲の将軍達が笑う。
「半分以下か」
「勝負にならん」
「しょせん亜人国家よ」
嘲笑が広がる。
ゼルバルトも否定しなかった。
もちろん先鋒隊は壊滅している。副将バルトも死んだ。
だが、それは不意打ちに近い状況だった。
今回は違う。
一万二千の軍勢だ。さらにオスカーもいる。軍の練度も高い。
勝つ。
誰も疑っていなかった。
軍列後方。
冒険者達も進軍している。
血狼の牙。
その中心にいるのはギルベルトだった。
大剣を肩へ担ぎながら鼻を鳴らす。
「随分大袈裟な話だったみたいだな」
周囲が笑う。
ドーガ。マリカ。シオン。
全員が余裕そうだった。
噂は聞いている。
神狼王。亜人国家。正体不明の化物達。
しかし彼らはA級冒険者。
数々の戦場を渡り歩いてきた。
亜人狩りも何度も経験している。
「終わったら儲かるぜ」
ギルベルトが笑う。
「捕虜も出るだろうしな」
歪んだ笑みだった。
誰も止めない。この場ではそれが普通だからだ。
だが。遥か遠く。
黄昏の箱庭では。
その名前を聞いただけで冷たい笑みを浮かべる女がいた。
黄昏の箱庭。
中央塔。作戦室。
そこには各軍団の幹部達が揃っていた。
巨大な地図。
そこへ移動する複数の駒。
すべて敵軍を示している。
「敵前衛確認」
レイナが報告する。
「先頭集団接触まで二日」
「速いな」
悠真が言う。
セレスが首を振る。
「むしろ予定通りです」
眼鏡を押し上げる。
「焦っています」
「グラディスが?」
「はい」
セレスは即答した。
「補給問題、財政問題、長期戦不可」
「敵は短期決戦を望んでいます」
だから急いでいる。だから焦っている。だからこそ。
付け入る隙がある。
「補給線は?」
ラグナが聞く。
ノワールが前へ出た。
「三本。」
「主街道一、副街道二、位置把握済み」
淡々と答える。もはや誰も驚かない。
第三軍団が異常な能力を持っていることは周知の事実だった。
「開戦と同時に動きます」
ノワールが言う。
リリアーナが笑った。
「お願いね」
「はい」
短い返事。だが信用がある。
長い付き合いなのだろう。
「こちらも準備完了です」
エルシアが立ち上がる。
アステリア軍団。
現在の指揮官代理。
「偵察網構築完了、索敵範囲拡張済み」
「敵の移動は常時監視できます」
続いてオルフェ。
「結界術式も問題ありません」
「長距離魔法への対策も終了しています」
ミレイアが感心していた。
研究者同士、技術の凄さが分かるのだろう。
そしてリーファ。
「医療部隊の配置も終了しています」
準備は整っていた。
全軍団が。
一つの国家として。
会議が終わりかけた頃。
悠真がふと尋ねた。
「みんな緊張してないのか?」
質問だった。
初めての本格戦争だ。
相手は一万二千。
普通なら不安になる。
しかし。反応は予想外だった。
フェンリス。ラグナ。リリアーナ。ミレイア。エルシア。
顔を見合わせる。
そして。
最初に笑ったのはフィアだった。
「なんで?」
本気で不思議そうだった。
「え?」
悠真が固まる。
「だってフェンリス様いるし」
フィアが言う。
「ラグナ様もいるよ?」
さらに。
「リリアーナ様もいるし」
「ミレイア様もいるよ?」
当然のような口調。
そして最後。
「主様もいるし」
皆が頷いた。
恥ずかしかった。少し。
だが。同時に思う。
この国は本当に変な国だと。
その夜。
出撃命令が下った。
黄昏の箱庭軍
総出撃兵力四千五百
各軍団が動き出す。
第一軍団。第二軍団。第三軍団。第四軍団。第五軍団。
軍旗が掲げられる。
兵士達が整列する。
そして。
悠真も軍装へ着替えていた。
王として戦場へ出る。
最前線には立たない。
だが後方司令部から全軍を指揮する。
それが今回の役目だった。
翌朝。
北方平原。
二つの軍勢が遂に互いを視界へ捉えた。
グラディス軍一万二千
黄昏の箱庭軍四千五百
数だけ見るなら圧倒的不利。
敵の方が三倍近い。
グラディス軍から歓声が上がる。
「勝てる!」
「数はこちらが上だ!」
士気は高い。
当然だった。
誰もまだ知らないから。
本当の意味での実力差を。
最前列。
オスカーが敵陣を見ている。
その目が僅かに細まった。
違和感。何かがおかしい。
敵軍に恐怖がない。
焦りもない。数で負けている側の顔ではなかった。
「……妙だな」
オスカーが呟く。
その時。
遠く。敵軍中央。
五人の人物が並んでいるのが見えた。
フェンリス
ラグナ
リリアーナ
ミレイア
エルシア
軍団を率いる者達。
ただ立っているだけ。
それだけなのに。
オスカーは本能的な違和感を覚えた。
戦士としての勘だった。
危険だと。あれは。
普通ではないと。
風が吹く。草原が揺れる。
数万の視線が交差する。
そして。誰もまだ知らない。
この戦争が。
黄昏の箱庭という国家の力を世界へ知らしめる最初の戦争になることを。
人類側の英雄。
オスカー・ヴァレンが倒れることを。
血狼の牙が吸血鬼の軍団長に目を付けられていることを。
グラディス軍が負けることを。
まだ誰も知らない。
開戦の日は。
すぐそこまで迫っていた。
きたきたー
書いていて戦闘ってやっぱ楽しいですよね!
次からの戦闘もどうぞお楽しみに!




