↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/77

第十一話 奴隷商人達

黄昏の箱庭は再び忙しさを増していた。

奴隷市場から救出された者達の受け入れ。

住居の整備。食料配給。仕事の斡旋。

やるべきことは山ほどある。


だが今、中央塔の会議室で最も重視されている問題は別だった。

奴隷商人。

そしてその背後にいる者達である。



会議室。

長机の上には大量の書類が積まれていた。

リリアーナが小さく咳払いした。


「そろそろ本題へ進んでもよろしいでしょうか?」

全員が姿勢を正す。

リリアーナが真面目な時は大抵ろくでもない情報が出る。


救出された者達への聞き取りは既に終わっていた。

エルナ。ドワーフ達。獣人達。

皆から話を聞いた結果。分かったことがある。


だが。

それは予想通りでもあった。


「ほとんど情報を持っておりません」


セレスが言った。

地図を広げる。


「当然です、彼らは被害者です」


「檻の中にいた者達から敵組織の全容は分かりません」


悠真も頷いた。

その通りだ。奴隷達は利用された側。上層部の情報など知らない。


「ただし」


セレスが続ける。


「断片的な証言は得られました」


資料が配られる。

エルナの証言。犬族の青年の証言。ドワーフ族の男の証言。

皆バラバラだ。


だが。共通点があった。


「複数の奴隷商人、複数の輸送経路、複数の収容施設」


悠真の表情が変わる。


「一つじゃないのか」


「はい」


セレスが答えた。


「奴隷市場は一つではありません」


会議室が静まる。

嫌な予感しかしない。


今度はノワールが前へ出た。

机へ羊皮紙を置く。


「確認済み」


短い。だが全員が注目する。

ノワールが話し始めた。


「奴隷商会は現在確認できるだけで三組織」


地図へ印が付けられる。


ヴァルド

ノルン

ギルバード


グラディス辺境侯国主要都市だった。


「売買担当、輸送担当、奴隷狩り担当」


淡々と説明される。

そして、最後に。


「全部繋がっている」


重い空気が流れた。

単独犯ではない。組織的だ。国家規模で。

何年も続いている。


「さらに」


ノワールの赤い瞳が細められる。


「貴族」


今度はリリアーナが微笑んだ。

フェンリスが小さくため息を吐いた。

リリアーナは優雅に立ち上がる。


「簡単なお話ですわ、奴隷商人は儲かります」


リリアーナが言う。


「獣人は労働力になります、エルフは高く売れます、ドワーフは技術力があります」


まるで事務的な報告だった。

しかし内容は最悪だ。


「つまり」


ラグナが低い声で言った。


「金か」


「ええ」


リリアーナは笑顔で頷いた。


「全てお金ですわ」


その答えに怒りを覚える者もいた。

フィアだ。

拳を握っている。


「そんな理由で?」


小さな声だった。

しかし怒っている。


「ええ」


「そんな理由で子供達を売るの?」


誰も答えない。答えは決まっている。

売るのだ。儲かるから。それだけの話。


リリアーナの表情から笑みが消えた。

ほんの一瞬だけ。本当に一瞬だけ。


「許せませんわね」


静かな声だった。

フェンリスとラグナが視線を向ける。


長い付き合いだから分かる。

今のリリアーナは怒っている。

かなり。


「リリアーナ?」


悠真が呼ぶ。

彼女はすぐにいつもの笑顔へ戻った。


「失礼しました」


何事も無かったように微笑む。

だが。ノワールとセレスは知っている。

リリアーナが最も怒るのは。


子供が傷付けられた時だ。


会議は続く。

今度はヴィオラが前へ出た。


「悪い情報だけではありませんわ」


美しい笑顔だった。

貴族社会を相手にする外交官。

言葉一つで空気を変える。


「奴隷制度を嫌う貴族もいます」


全員の目が向く。


「いるのか?」


悠真が聞く。


「おります」


ヴィオラは頷いた。


「少数ですが」


それは重要だった。

グラディス辺境侯国が一枚岩ではないという意味だからだ。


「反奴隷派、中立派、親グラディス派」


地図へ印が付いていく。

国家とは単純な敵集団ではない。様々な立場の人間がいる。

それが見えてきた。



その日の夜。

ノワールは単独で報告書を整理していた。

暗い部屋に机の上には大量の資料。


その中に、一枚の紙がある。

奴隷商人達の名簿。

名前。所在地。協力貴族。裏取引。

全部載っていた。


「揃った」


小さく呟く。

かなり危険な情報だった。

これを持っているだけで何人も死刑になる。


その時。扉が開く。

入って来たのはリリアーナだった。


「どうですか?」


「確認済み」


ノワールが資料を渡す。

リリアーナは一枚ずつ読む。

そして。小さく笑った。美しい笑顔だった。


だが。ノワールは知っている。

これは敵にとって最悪の笑顔だと。


「主様には」


ノワールが聞く。

リリアーナは首を横へ振った。


「まだですわ」


「理由は」


「優し過ぎますもの」


静かな声だった。

悠真は助ける。

救う。守る。それは長所だ。


だが。

敵へ向けるには甘い。

だから、最初に汚れ仕事をやるのは自分達の役目だった。



翌朝。

グラディス辺境侯国。辺境侯城。

ゼルバルト・グラディスの元には今日も報告が届いていた。


奴隷市場襲撃

複数商会との連絡断絶

行方不明者増加

情報漏洩


状況は最悪だった。


「夜鴉か」


ゼルバルトが呟く。

最近頻繁に聞く名だ。


黒い羽根

吸血鬼

正体不明


噂だけが先行している。


「必ず捕まえろ」


低い声だった。

部下達が頭を下げる。


「必ずだ」


しかし。

彼らはまだ知らない。


夜鴉だけではない。

その後ろには。

吸血鬼の女王。情報分析官。外交官。

そして黄昏の箱庭そのものがいる。


戦争はまだ始まっていない。

だが。水面下では既に勝負が始まっていた。


そして。リリアーナ軍団は静かに牙を研いでいる。

やがて訪れる本格的な戦争のために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。