第六話 救出作戦
黄昏の箱庭中央塔。
深夜。
普段なら静かな時間だ。
しかし今夜だけは違った。
会議室には各軍団の幹部達が集まっている。
机の上には大量の地図。
報告書。奴隷名簿。補給路情報。
そしてグラディス辺境侯国周辺の詳細な地形図。
会議の中心にいるのは悠真だった。
重い空気が流れている。理由は明白だった。
奴隷達の存在が確認されたからだ。
ただ知るだけなら簡単だった。
見なかったことにすることもできる。
だが。黄昏の箱庭はもうそういう国ではなくなっている。
悠真はゆっくり口を開いた。
「確認する」
会議室が静まる。
「奴隷達は何人いる」
ノワールが資料をめくる。
「確認できただけで百三十二名」
ざわめきが起こる。
多い。想像以上だった。
ノワールは続けた。
「獣人九十一名、エルフ十七名、ドワーフ八名、その他十六名」
誰も笑わない。
重い数字だった。
「子供は」
フィアが聞いた。
ノワールは視線を落とした。
「三十一名」
フィアの表情が変わる。
子供に弱い。皆知っている。
だからこそ怒っていた。
「主様」
フィアが顔を上げる。
答えは分かっている。それでも聞く。
「助けるよね」
沈黙。
悠真は目を閉じる。
以前までの自分なら迷ったかもしれない。
だがもう違う。
風牙の集落。白耳の集落。救えなかった者達。
全てを見た。
だから。
「助ける」
即答だった。
フィアが嬉しそうに笑う。
フェンリスも頷いた。
しかし。リリアーナが口を開く。
「方法が問題ですわ」
正論だった。
助けたい。だが相手は国家。
奴隷市場も一つではない。
正面から殴り込めば戦争になる。
いや。
既に戦争寸前だが、それでも考えなければならない。
「提案があります」
セレスだった。
眼鏡を押し上げる。
「今回は救出のみ」
「奴隷市場の壊滅は後回し」
「まず人命を優先するべきです」
会議室の全員が考える。確かにその通りだった。
今必要なのは勝利ではない。救出だ。
「賛成ですわ」
ヴィオラも頷く。
「むしろ今は市場を潰してはなりません」
悠真が見る。
説明を求めるように。ヴィオラは微笑んだ。
「市場を潰せば証拠が消えます」
「現在の所有者」
「売買記録」
「奴隷商人の繋がり」
「全部消える」
なるほど。
国家と戦うなら証拠が要る。
感情だけでは勝てない。悠真もそれを学んでいた。
その時だった。
会議室の扉が開く。
入ってきたのはエルシアだった。
銀髪のエルフ。アステリア軍団長代理。
彼女の後ろにはオルフェとリーファもいる。
「報告します」
エルシアが一礼する。
「救出対象を確認しました」
地図が広げられる。
奴隷市場、地下牢、鉱山、他複数の施設。
全て細かく調査済みだった。
「凄いな」
悠真が呟く。
エルシアは首を振る。
「偵察です」
当然のように言った。
エルフ達の得意分野だった。
長距離索敵。潜伏。監視。
人類には真似できない。
「こちらが地下構造です」
オルフェが新しい地図を広げる。
奴隷市場地下。牢獄。出入口。警備位置。逃走経路。
細かい。異様なほど。
ミレイアが感心していた。
研究者同士気が合うらしい。
「どうやって調べたの?」
「魔力感知術式」
「面白い」
危険な会話が始まりそうだった。
フェンリスが咳払いする。
強制終了。
「問題があります」
今度はリーファだった。
いつも穏やかなエルフ。
治癒師長。
しかし今は珍しく厳しい顔をしていた。
「全員が健康ではありません」
会議室の空気が少し変わる。
「病人もいます」
「怪我人もいます」
「長期拘束された者も」
つまり。
助ければ終わりではない。その後の保護も必要になる。
リーファは静かに言った。
「医療班を同行させます」
誰も反対しなかった。
医療担当として絶対に必要だからだ。
作戦がまとまり始める。
その時だった。フェンリスが口を開いた。
「主」
「何だ」
「今回は私が行きます」
静かな声だった。
だが。有無を言わせぬ圧力があった。
フィアが笑う。
「じゃあ楽勝だね」
しかし。ノワールは首を振った。
「駄目」
会議室が静まる。
ノワールがフェンリスに反対するなど珍しい。
「理由は」
フェンリスが聞く。
「目立つ」
即答だった。
誰も否定できない。
神狼王フェンリス。
今や南部で伝説になり始めている存在。
現れた瞬間バレる。
潜入作戦には向いていない。
「今回は隠密」
ノワールが続ける。
「戦争ではない」
「救出」
その通りだった。
今回の主役は違う。会議室の視線が集まる。
ノワール。セレス。ヴィオラ。リリアーナ軍団。
彼女達の戦場だった。
リリアーナが優雅に笑う。
「お任せくださいな」
紅い瞳が輝いていた。
「今回くらいは私達にも花を持たせてくださいませ」
フェンリスが腕を組む。少しだけ不満そうだ。
ラグナは苦笑している。
「気持ちは分かる」
「だろうな」
「だが今回は後方だ」
神狼王が珍しくしょんぼりしている。
フィアが吹き出した。
その夜。
リリアーナ軍団拠点。
第三軍団専用区画。
そこには戦士には見えない者達が集まっていた。
ノワール。セレス。ヴィオラ。
そして多数の諜報員。
暗殺者。潜入員。分析官。
彼らこそ吸血鬼軍団の本当の姿だった。
フェンリスが剣なら。
彼らは影。
誰にも知られず。誰にも気付かれず。国家を守る者達。
ノワールが地図を見る。
奴隷市場。
距離にして徒歩なら五日。
フィアなら一日。
だが彼女達は別の方法で向かう。
静かに。確実に。
「準備完了」
ノワールが言った。セレスが頷く。ヴィオラが笑う。
そしてリリアーナが立ち上がる。
「では参りましょう」
その笑顔は美しかった。
だが。敵から見れば悪夢だろう。
なぜなら。
彼女達が動き出した時点で。
戦いはもう始まっているのだから。
そして遠く。
ヴァルド奴隷市場。
地下牢。
銀髪のエルフの少女は眠れぬ夜を過ごしていた。
明日売られるかもしれない。来週かもしれない。未来は見えない。
だが。彼女はまだ知らない。
今まさに。
黄昏の箱庭最強の諜報軍団が自分達を救うため動き出したことを。
救出作戦が。静かに始まろうとしていた。




