↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/80

第五話 救えなかった者達

黄昏の箱庭。

中央塔会議室。

室内には重たい空気が漂っていた。

原因は一つ。ノワールが持ち帰った報告だった。


「確認完了」


無表情のままノワールが資料を机へ置く。

悠真はそれを受け取った。


そして数秒後。

顔をしかめる。そこには名前が書かれていた。

獣人達の。奴隷として売られた者達の。

そして。現在も拘束されている者達の。


「多いな……」


思わず呟く。

想像より遥かに。ずっと多かった。


「確認できた人数だけです」


ノワールが淡々と答える。


「実際はさらに多いかと」


会議室が静まり返った。

フィアが拳を握る。

レイナの表情も険しい。

リリアーナだけが静かに目を閉じている。


「場所は」


フェンリスが聞く。


「主に三箇所」


ノワールが地図を広げる。


「ヴァルド奴隷市場」


「鉱山労働施設」


「民間保有奴隷収容区」


赤い印が付けられていた。

どれもグラディス辺境侯国領内だ。


「救出できるか」


悠真の問い掛け。

しかし。珍しくノワールが迷った。


「理論上は可能」


「実際は?」


「難しい」


即答だった。

嘘を付かない。それがノワールという女だった。


「なぜだ」


ラグナが問う。

今度はセレスが説明を引き継ぐ。


「奴隷は商品です」


その一言で全員が察した。

嫌な話だ。


「所有者がいます」


「売買記録があります」


「移送されています」


「さらに」


セレスの指が地図を指す。


「別領地に転売される場合もあります」


つまり。

一箇所潰したら終わりではない。

何十年も続いている仕組みそのものが問題なのだ。


悠真は長く息を吐いた。

予想はしていた。

だが。現実はもっと酷かった。


会議が終わった後。

悠真は一人で市場を歩いていた。

考え事をしたい時はここに来ることが多い。


住民達の顔が見えるからだ。

市場は今日も賑やかだった。

風牙の住民達もすっかり馴染み始めている。

犬族の青年が荷運びをしている。

狐族の女性がパンを買っている。

兎族の子供達が走り回っている。


そんな光景を見ていると。

救えた命もあったのだと思える。

その時だった。


「あ、主様!」


聞き覚えのある声。

振り返るとアレンだった。

三兄妹の長男。

かつて奴隷商人に追われていた獣人の少年だ。


「元気そうだな」


「はい!」


アレンは笑った。

以前とは違う。

表情が明るい。栄養状態も良い。健康そうだった。


「妹達は?」


「あっちで遊んでます」


視線を向ける。

ミアとルナがフィアに捕まっていた。

なぜかパンを大量に食べさせられている。


「もっと食べろー!」


「食べてるよ!」


「もう入らない!」


平和だった。

本当に。平和だった。


だが。


その光景を見た瞬間。

悠真は思ってしまう。


今も。あの檻の中にいる者達がいる。

助けを待ちながら。

希望もなく。売られる日を待つ者達が。



夕方。

中央塔へ戻るとリリアーナが待っていた。


「考え事ですか?」


「顔に出てたか」


「かなり」


即答だった。

少し傷付く。


「奴隷達のことですわね」


「……ああ」


隠しても意味がない。

リリアーナはゆっくり窓際へ歩く。

黄昏の箱庭を見下ろした。


「救いたいですか?」


「当たり前だろ」


悠真は答える。即答だった。

迷いはない。


「なら救えばよろしいのでは?」


簡単に言う。あまりに簡単に。

悠真は苦笑した。


「簡単じゃない」


「ええ」


リリアーナは頷く。


「簡単ではありません」


その紅い瞳が細められる。


「ですが」


「?」


「本気で救うつもりなら」


振り返る。その表情は真剣だった。


「奴隷商人を潰すだけでは足りません」


沈黙。

それは悠真も分かっていた。

問題は根深い。

奴隷商人。貴族。軍隊。法律。

全部が繋がっている。


「国家そのものか」


「その通りですわ」


悠真は天井を見上げた。

大きな話になってきた。

最初は三兄妹を助けただけだった。

風牙の集落を助けただけだった。


だが。

もう止まれない場所まで来ている。



その夜。

ノワールは一人で資料を整理していた。


暗い部屋。小さな灯り。

机の上には大量の報告書。


そして。

数十人分の奴隷名簿。

一人。また一人。視線で追っていく。

犬族。狐族。猫族。兎族。

そして、エルフ。


「……」


微かに眉が動く。

ノワールは知っていた。

この世界の現実を。

リリアーナ軍団は長い間外部と接触していた。


だから見てきた。

消えた村。攫われた子供達。売られる人々。

黄昏の箱庭だけが特殊なのだ。


本来は。これが日常。

だからこそ。ノワールは思う。

主は異常だと。


悠真は助けようとする。

普通なら切り捨てる人数まで。

だからこそ人が集まる。

獣人も。エルフも。竜人も。皆。

黄昏の箱庭へ集まる。


「面倒な方です」


ノワールは呟いた。

しかし。口元は僅かに緩んでいた。



同じ頃。

グラディス辺境侯国。

奴隷市場地下牢。


エルフの少女は静かに壁へ寄り掛かっていた。

周囲には獣人達。


誰も希望など持っていない。

今日も数人が売られていった。

明日も同じだろう。一週間後も。一ヶ月後も。そう思っていた。


その時。

隣にいる犬族の老人が小さく笑った。


「聞いたか」


「何を」


エルフの少女が答える。

老人は声を潜めた。


「南に変な国があるらしい」


少女が顔を上げる。


「国?」


「ああ」


老人は頷いた。


「獣人を受け入れてるそうだ」


そんな馬鹿な話があるわけがない。

普通なら笑う。

だが。老人は真面目だった。


「神狼王がいるとか」


「亜人が一緒に暮らしてるとか」


「そんな話だ」


エルフの少女は何も言わなかった。

あり得ない。夢物語だ。


しかし。

心のどこかで。少しだけ。本当に少しだけ。そんな場所があればいいと思った。


遠く離れた黄昏の箱庭。

希望はまだ届かない。

だが。確実に噂になり始めていた。


亜人達を守る国。

黄昏の箱庭の名が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。