↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/70

第二話 檻の中の者達

グラディス辺境侯国。

辺境都市ヴァルド。


朝早くから都市は賑わっていた。


石畳の大通り。

往来する商人達。

兵士達の巡回。

市場の呼び込み。


一見すると平和な地方都市でしかない。

しかし。都市の一角だけは異質な空気に包まれていた。


巨大な建物

鉄格子で囲まれた広場

高い石壁

そして無数の視線

奴隷市場


ここは人が売買される場所だった。


「次を出せ」


男の声が響く。

台の上へ一人の少年が引き出された。


犬族だった。

年齢は十五歳にも満たない。

首輪を付けられている。

痩せていた。


明らかに栄養が足りていない。

それでも奴隷商人は気にしない。商品の価値しか見ていないからだ。


「若い犬族だ!」


商人が大声を上げる。


「体力あり!」


「健康!」


「畑仕事にも鉱山仕事にも使えるぞ!」


周囲の客達が品定めを始めた。


歯を見る。

腕を見る。

体格を見る。


家畜と同じだった。

犬族の少年は俯いていた。

何も言わない。

いや。言えないのだろう。

言ったところで何も変わらない。


「銀貨十五枚」


「十八」


「二十」


値段が上がる。

人の値段。それがこの国では当たり前だった。

やがて商談が成立する。


少年は連れて行かれた。

一度も顔を上げないまま。


その様子を見ていた者達も特に反応しない。

日常だからだ。

始めて見た者なら衝撃を受ける。吐き気さえ覚えるかもしれない。


だが。ヴァルドでは違う。

これが普通だった。



地下牢。

そこには次の商品達がいた。


檻の中。薄暗い空間。

獣人達が押し込められている。

狐族。猫族。犬族。兎族。


年齢も様々だ。

十歳程度の子供もいれば三十代の大人もいる。

皆疲れ切っていた。


その中でも一際目立つ少女がいた。

銀色の長い髪。尖った耳。

エルフだった。


周囲の獣人達も彼女を遠巻きに見ている。

希少だからだ。南部では滅多に見ない。


「……」


少女は黙っていた。

何を考えているか分からない。

ただ。瞳だけは死んでいなかった。諦めていない。

それだけは分かる。


「おい」


隣から声が聞こえる。

犬族の老人だった。


「エルフの嬢ちゃん」


少女は見るだけ。

返事はしない。

老人は苦笑した。


「元気だな」


「……」


「その方がいい」


小さく息を吐く。


「諦めると終わりだ」


少女の表情は変わらない。

だが。耳が僅かに動いた。話は聞いているらしい。


「爺さんは?」


初めて声が出た。

か細い。しかし綺麗な声だった。

老人は少しだけ笑う。


「ワシか」


「終わっとるよ」


その答えに誰も反論できなかった。


牢の奥にはさらに多くの奴隷がいた。


鉱山送り予定

農園送り予定

建設現場送り予定


役割ごとに分けられている。

数字。年齢。労働力。

その程度の価値しかない。


「新入りか」


猫族の男が言った。


「どこからだ」


エルフの少女はしばらく沈黙した。

そして答える。


「森」


短い返事。

だが。それだけで周囲は理解した。

エルフ自治領の近辺だ。


最近そういう話が増えている。

行方不明者。消える子供達。消える若者達。

その多くが奴隷商人によるものだった。


その時。

鉄格子が開いた。奴隷商人が降りてくる。

肥えた男だった。笑顔を浮かべている。だが目は笑っていない。


「さぁ」


男は手を叩いた。


「今日もよく売れそうだ」


誰も反応しない。

すると商人はエルフの少女へ近付く。


「特上品だ」


顎を持ち上げる。

少女は睨んだ。

商人が笑う。


「いい目だ」


「高く売れる」


周囲の空気が重くなる。


「やめろ」


老人が言った。

商人は振り返る。


「なんだ?」


「その子は関係ない」


一瞬の沈黙。

次の瞬間。

拳が飛んだ。老人が吹き飛ぶ。

牢の壁へ叩きつけられる。


「黙れ商品」


商人は吐き捨てた。

誰も動けない。

逆らえば殴られる。逆らえば殺される。

それが分かっていた。



市場上階。

豪奢な席に一人の男が座っていた。

太った貴族。ヴァルドでも有力な人間だった。

隣には奴隷商人が立っている。


「どうですか」


商人が媚びるように笑う。

貴族は酒を飲みながら答えた。


「悪くない」


視線は市場へ向いている。

獣人達。エルフ。檻の中の者達。


「儲かるな」


「当然です」


商人は笑った。


「需要がありますので」


それが全てだった。

売れるから攫う。儲かるから続ける。罪悪感などない。


その男は知らない。

遠く南部に。亜人達を守ろうとする国家が生まれたことを。


黄昏の箱庭。


その国の王が。

二度と同じ後悔はしないと決意したことを。


そして。

神狼王フェンリスが。

既にグラディス軍を一度退けていることを。

まだ誰も知らない。


戦争は始まったばかりだ。

だが。確実に潮目は変わり始めていた。


やがて黄昏の箱庭が動く時。

この奴隷市場も。この牢獄も。この歪んだ日常も。

大きく揺らぐことになる。

この国の闇は、まだ序章に過ぎなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。