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第二章 迫害者達 第一話 神狼王の噂

10/27:人口に対して敵軍の人数がおかしかったので書き直しました。

風牙の集落を救出してから一週間。

黄昏の箱庭は以前よりも慌ただしくなっていた。


風牙の集落の住民

白耳の集落の生存者

そして周辺から流れ着いた難民達


少しずつではあるが確実に増えている。

市場も以前より賑やかだった。


犬族の老人とアラクネの商人が値段交渉をしている。

狐族の子供達がパン屋の前で並んでいる。

兎族の少女達が新しい服を見てはしゃいでいる。


数日前まで見られなかった光景だった。



中央塔の執務室。

悠真は窓からその様子を見ていた。


「賑やかになったな」


「人口が増えていますから」


レイナが答える。

資料を渡してくる。

その量を見て転移前の会社員時代がどんなにましだったかを思い出す。


「また仕事か」


「山ほどあります」


即答だった。

逃げ道はないらしい。


「空き住居不足」

「うん」


「農地不足の兆候」


「うん」


「労働力不足」


「うん?」


悠真が顔を上げる。

レイナは真面目なままだ。


「労働力不足です」


「人は増えてるだろ」


「専門職が足りません」


言われてみればそうだった。

住民は増えた。だが増えたのは難民だ。

農業や鍛冶や建設にすぐ従事できるわけではない。


受け入れれば終わりではない。

むしろそこからが始まりだった。


その時。

扉が勢いよく開いた。


「主様ー!!」


フィアだった。

相変わらず元気だ。


「今度は何だ」


「面白い話!」


嫌な予感しかしない。

フィアの面白い話は大抵ろくでもない。


「聞くだけ聞こう」


「外でね!」


「外?」


半ば強引に連れ出された。



向かった先は市場だった。

以前よりずっと活気がある。

そして。妙に視線を感じた。


「あれが……」


「本当なのか?」


「噂の?」


何やら住民達がこちらを見ている。

悠真が困惑していると、フィアが得意げに胸を張った。


「広まってるんだよ!」


「何が」


「神狼王!」


悠真は首を傾げる。

すると近くの犬族の子供が叫んだ。


「神狼王様だ!」


今度は別の子供。


「五百人倒したって本当!?」


さらに。


「人間の軍隊を追い返したんだろ!」


ざわめきが広がる。悠真は理解した。


フェンリスのことだ。

避難中の殿になっての戦い。


当然ながら避難民達の間で語り草になっていた。


しかも。

尾ひれが付いている。

かなり盛られている。


「実際どんな風に広まってるんだ」


悠真が聞く。

フィアは笑った。


「フェンリス様一人で五千人倒したことになってる」


「増えてる!」


三千どころか五千になっていた。酷い。


「あとは山を両断したとか」


「してない」


「空飛んだとか」


「飛ばない」


いつの間に伝説になったのか。

しかし周囲は本気で信じているらしかった。

それだけフェンリスの戦いが衝撃的だったのだろう。



市場の端。

当の本人は子供達に囲まれていた。


神狼王フェンリス

黄昏の箱庭最強の戦士


今は子供達に尻尾を引っ張られている。


「本当に強いの!?」


「普通だ」


「嘘だ!」


「嘘ではない」


会話が噛み合っていない。

フィアが吹き出した。


「フェンリス様人気者だね」


「そうだな」


だが。それは悪いことではなかった。

難民達は恐怖を抱えている。

故郷を失った。家族を失った。


そんな中で。

守ってくれる存在がいると思えることは大きい。


悠真がそう考えていた時だった。

市場の入口付近で騒ぎが起こる。


見れば。斥候隊だった。

神狼族の若者が息を切らしている。


「報告します!」


周囲の空気が引き締まる。


「何があった」

レイナが前へ出る。

斥候は即座に答えた。


「北方で大規模な人間軍の再編を確認!」


市場のざわめきが消えた。


「規模は」


「一万以上!」


悠真の顔から表情が消える。

やはり終わっていなかった。避難戦で倒したのは先鋒隊だけ。

本命はまだ生きている。


そして。

敵も学習している。


「さらに」


斥候は言う。



「周辺奴隷商人達の動きが活発化しています」


今度はリリアーナが反応した。


「奴隷商人?」


「はい」


「獣人を狙う者達です」


空気が重くなる。子供達も黙った。


避難戦では軍隊が敵だった。

でも今回は違う。敵はもっと大きい。

もっと根深い。もっと醜い。


悠真は市場を見回した。

新しく増えた住民達。笑う子供達。守ると決めた人々。

その姿を目に焼き付ける。


そして。

静かに呟いた。


「来るなら迎え撃つ」


本格的な戦争が。

静かに始まろうとしていた。

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