閑話 黄昏の心臓
閑話 黄昏の心臓
風牙の集落の避難が完了してから数日後。
黄昏の箱庭は以前より少し賑やかになっていた。
市場には新しい顔が増え。
食堂では犬族や狐族の子供達が騒ぎ。
農業区では風牙の住民達が働き始めている。
少しずつ。本当に少しずつだが。
新しい生活が始まろうとしていた。
だが。
それを見ながら一人だけ頭を抱えている少女がいた。
ミレイアである。
「駄目です」
中央塔の会議室。
開口一番だった。
「何がだ」
「全部です」
「雑すぎるだろ」
「ですが本当に全部です」
ミレイアは大量の資料を机へ置いた。
分厚い、嫌になるほど分厚い。
ラグナが苦笑する。
リリアーナも面白そうに眺めていた。
フィアだけは既に逃げ腰だ。
「難しい話?」
「難しい話です」
「じゃあ寝る」
「駄目です」
即座に却下された。
ミレイアは地図を広げた。
黄昏の箱庭全体図。
住居区。工房区。農業区。軍事区。
様々な区画が細かく描かれている。
「現在人口」
ミレイアが言う。
「三万五千百三名」
三兄妹。白耳の生存者。風牙の住民。
全て含めた数字だった。
「まだ大丈夫じゃないか?」
悠真が言う。
するとミレイアは静かに頷く。
「今は」
その言葉に嫌な予感がした。
「主様」
ミレイアは杖で地図を指差した。
「風牙の集落は助けました」
「そうだな」
「次はどうします?」
「次?」
「もし別の村から救出依頼があったら?」
会議室が静かになる。
誰もが答えを知っていた。
悠真は助ける。きっと迷わない。だからこそ。
問題になる。
「助ける」
悠真は言った。
ミレイアは頷く。
予想通りだった。
「では次です」
地図へ印を付ける。
狐族集落、鹿族集落、猫族集落、豹族集落。
小さな村が無数に存在していた。
「全て合わせると」
紙をめくる。
「約五千人」
悠真の眉が動く。
意外と多い。
「さらに周辺地域まで含めると」
また紙をめくる。
「二万人以上」
今度は会議室が静まった。
「そんなにいるのか」
ラグナが呟く。
「おります」
ミレイアが答える。
「今は散り散りになっているだけです」
つまり。
保護が始まれば人口は一気に増える。
白耳の集落や風牙の集落程度で終わる話ではない。
「だから問題なんだよ」
悠真が言う。
「何が?」
フィアにはまだ分からないらしい。
ミレイアが深いため息を吐く。そして言った。
「付いて来てください」
中央塔地下。さらに地下。さらに奥。
悠真達は重い扉の前へ辿り着いた。
以前から存在は知っていた。
だが詳しい話はまだ聞いていない。
巨大な扉が開く。青い光が溢れた。
フィアが目を輝かせる。
「きれー」
地下空間中央。
巨大な球体が浮いていた。無数の光が内部を流れ続けている。
まるで小さな宇宙だった。
「これが世界核です」
ミレイアが静かに言った。
黄昏の箱庭最大の秘密。
世界核。アーク・コア。
都市そのものを支える心臓部である。
ゲーム時代は補助機能程度にしか考えておらず、特に気にしてはいなかったが今は現実である。
悠真は改めて球体を見る。
何度見ても不思議だった。
生きているようにも見える。
眠っているようにも見える。
「これのおかげで」
ミレイアが説明を始める。
「黄昏の箱庭は成立しています」
球体が脈打つ。青い光が広がる。
「本来、この土地は不毛地帯です」
「だろうな」
風牙の集落を見た。白耳の集落の話も聞いた。
まともな土地ではない。
「ですが世界核の影響範囲内では違います」
「農業補助」
「土壌浄化」
「地下水維持」
「魔力供給」
一つずつ説明される。
黄昏の箱庭だけが豊かな理由
飢餓が起きない理由
工房が動く理
防壁が維持される理由。
全部ここにあった。
「便利だな」
悠真が呟く。
ミレイアは珍しく真面目な顔をした。
「便利過ぎます」
その言葉が妙に重い。
「主様」
「ん?」
「これが無かったら」
ミレイアは周囲を見渡した。
「黄昏の箱庭は成立しません」
沈黙。
それほど重要な存在だった。
「じゃあ問題ないだろ」
フィアが首を傾げる。
「助けられるじゃん」
今度はミレイアが首を横へ振った。
「無限ではありません」
資料を広げる。
数字が並ぶ。
分かりやすく色分けされていた。
現在。
人口三万五千。
余裕。
五万人。
余裕あり。
十万人。
負荷上昇。
三十万人。
危険域。
五十万人以上。
維持困難。
会議室ならぬ地下空間が静かになった。
フィアですら理解したらしい。
「つまり」
悠真が言う。
「助け続けるだけじゃ駄目ってことか」
「はい」
ミレイアは頷いた。
「農地が必要です」
「水路も、居住区も、交易路も、生産力も」
「全部必要です」
つまり。
難民を受け入れるだけでは国家は維持できない。増えた人口を支える基盤がいる。
王としての仕事がいる。
悠真は世界核を見上げた。
青い光が静かに脈打っている。
まるで心臓だった。
黄昏の箱庭という生き物の。
「主様」
フィアが言った。
「この子頑張ってるんだね」
世界核を指差している。
ミレイアが一瞬吹き出した。
ラグナも笑う。
フェンリスですら口元を緩めた。
確かにそうかもしれない。
三万五千人を支え。街を支え。
希望を支え続けている。
悠真は小さく笑った。そして言う。
「分かった」
全員が顔を上げる。
「助ける」
「でも助けるだけじゃ終わらせない」
「街も育てる、農地も作る、交易も始める」
「みんなが生きられる国を作る」
ミレイアが頷く。
ようやく理解したらしい。
世界核は万能ではない。奇跡でもない。
努力を不要にする存在でもない。
それでも。
希望の種ではあった。
静かに輝く世界核を見上げながら。
黄昏の箱庭は次の時代へ向けて動き始めていた。
そして誰も知らない。
この世界核こそが。
消えたアステリア。
世界樹。
そして悠真の転移。
その全てに繋がる最大の謎であることを。
閑話と言いながら物語につながる終わり方になってしまいました。
話途中に出た世界核の説明を入れたくて閑話を作りました。




