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第十六話 帰る場所

フェンリス達が黄昏の箱庭へ帰還したのは、出発から二日後の昼過ぎだった。


中央塔最上階。

悠真は何度目か分からないほど窓の外を見ていた。


落ち着かない。仕事は山ほどある。会議もしなければならない。

避難民受け入れの準備も進めなければならない。

それでも気になって仕方がなかった。


「主様」


執務室へ入ってきたフィアが笑った。


「ただいま!」


悠真は立ち上がった。


「無事か」


「うん!」


その笑顔を見た瞬間、ようやく少し肩の力が抜ける。

続いてフェンリス。

レイナ。

ガルム。

そして部隊が次々と帰還する。誰も欠けていない。


「ご苦労だった」


悠真が言うと、フェンリスは静かに頭を下げた。


「命令を達成しました」


風牙の集落の住民達が外にいる。

犬族。狐族。兎族。猫族。鹿族。

子供達。老人達。


皆疲れていた。しかし生きていた。

それだけで十分だった。



城門をくぐった瞬間。

風牙の住民達は言葉を失った。


巨大な城壁

整備された街路

活気ある市場

往来する住民


どれも彼らが想像していたものとは違う。


「なんじゃ……これは」


ガドが呆然と呟く。


「だから言ったでしょ」


フィアが得意げに笑う。


「すごいんだって!」


ガドは返事ができない。

本当にすごかったからだ。

市場では獣人だけではない。


エルフ。竜人。アラクネ。

様々な種族が普通に買い物をしている。


誰も怯えていない。

誰も飢えていない。

子供達は笑っている。走り回っている。

犬族の少女が母親の服を引っ張った。


「お母さん」


「どうしたの」


「ここ……本当に獣人の国?」


答えられなかった。

母親にも分からない。

こんな場所を見たことがない。



その頃。

三兄妹のアレン達も新しい住民を迎えるために来ていた。


「大丈夫」


アレンは兎族の少年へ声を掛ける。


「最初は俺も信じられなかった」


少年が見上げる。


「本当にご飯ある?」


「ある」


「毎日?」


「毎日」


少年の目が丸くなった。

アレンは少し前の自分を思い出していた。

同じ反応だった。信じられなかった。


だが今は違う。

彼自身が証人になっている。



夕方。

悠真はガドと共に城壁の上を歩いていた。

眼下には黄昏の箱庭が広がっている。


「立派な国じゃな」


ガドが呟く。


「まだ国じゃないよ」


悠真は苦笑した。


「そうか?」


「ただの集まりだ」


「違うな」


老人は首を振る。


「国とは城や兵の数ではない」


「……」


「帰る場所があるなら国じゃ」


悠真は黙った。

ガドは街を見下ろす。

そこには自分の村人達もいる。子供達もいる。白耳の集落の生存者達もいる。

皆生きていた。


「助かった」


ガドが言った。

短い言葉だった。だが重かった。


「礼を言う」


悠真は少し困ったように笑う。


「まだ終わってない」


「そうじゃな」


老人も笑った。

戦いはこれからだった。



夜。

緊急会議が開かれていた。

参加者は軍団長全員。側近達。そして悠真。

会議室の空気は重い。


理由は一つ。

フェンリスが持ち帰った情報だった。


「報告する」


フェンリスが前へ出る。


「敵副将バルト・アイゼンを討ち取りました」


静かなざわめき。


「先鋒隊約五百は壊滅」


「本隊は?」


悠真が聞く。

フェンリスは首を横に振った。


「無傷です」


会議室が静まり返る。


「撤退したわけではありません」


レイナが地図を広げる。


「正確には後退と思われます」


「後退?」


「恐らく再編成のためかと」


嫌な予感しかしない。


「つまり」


ラグナが低い声で言った。


「次は本気で来る」


誰も反論しなかった。

グラディス側も馬鹿ではない。

獣人の集落を襲うつもりで来た。だが実際に出会ったのは未知の国家。

そしてたった二人で先鋒隊を壊滅させる神狼族。そのまま突撃するはずがない。


「グラディスは黄昏の箱庭を敵と認識しましたね」


リリアーナが静かに言う。


「交渉は?」


悠真の言葉に沈黙が落ちた。

レイナがゆっくり答える。


「難しいかと」


「理由は」


「彼らは亜人を人間として扱いません」


それが全てだった。

話し合いは相手が対等と認めて初めて成立する。


だがグラディスは違う。

最初から亜人を下等種として見ている。


だから。戦争になる。

その空気を全員が感じていた。



その夜。

遠く離れたグラディス辺境侯国。

辺境侯の執務室には重苦しい沈黙が流れていた。

ゼルバルト・グラディスは報告書へ目を通している。


先鋒壊滅

副将戦死

神狼族確認

不明国家確認


どれも信じがたい内容だった。

やがて書類を机へ置く。


「バルトが死んだか」


誰も答えられない。


「愚か者め」


しかし怒りではなかった。冷静だった。

むしろ。興味を持っていた。


「なるほど」


ゆっくりと立ち上がる。


「面白い」


重臣達が顔を上げる。

ゼルバルトの瞳には確かな敵意が宿っていた。


「ようやく敵が現れた」


戦争の幕開けだった。

1日5話前後で7時、10時、12時、15時、17時、19時に投稿できればと思います。

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