第十二話 避難作戦
今日も今日とて頑張ります!
まだストックがあるので複数投稿を行います!
黄昏の箱庭中央塔。
会議終了から一時間後。
都市全体が慌ただしく動き始めていた。
「医療班を第三区画へ移動!」
「空き住居の確認急げ!」
「食料倉庫の在庫再点検!」
普段は落ち着いた箱庭の住民達も、流石に今回ばかりは緊張している。
風牙の集落を受け入れる。言葉にすれば簡単だ。だが現実は違う。
六十人の移住だけでは終わらない。
白耳の集落の生存者。今後発見されるかもしれない他の難民。
これを皮切りに人口は確実に増える。
つまり黄昏の箱庭は初めて「外の世界を受け入れる国家」になろうとしていた。
執務室の窓からその様子を見ていた悠真は、小さく息を吐いた。
「本当に始まったな」
誰に向けた言葉でもない。
だが背後から返事が返ってきた。
「始めたのは主です」
フェンリスだった。
いつの間にか部屋の中にいる。
もう慣れた。驚く方が疲れる。
「準備は?」
「ほぼ完了しております」
フェンリスは即答した。
「風牙の集落への先遣隊も編成済みです」
「早いな」
「主命ですので」
そこへ扉が開く。フィアだった。
勢いよく部屋へ飛び込んでくる。
いつも通りで少し安心する。
「主様!」
「どうした」
「人員揃った!」
「何人だ?」
「百二十人!」
フィアは胸を張った。
「フェンリス軍団から五十!」
「ラグナ軍団から三十!」
「治療班二十!」
「輸送班二十!」
想像以上だった。
単なる護衛任務ではない。
完全に避難作戦である。
「本気だな」
「当然!」
フィアは即答する。
「みんな助けたいもん!」
その真っ直ぐさは少し眩しかった。
そんな時だった。
また扉がノックされる。
今度はレイナだった。
資料を抱えている。嫌な予感しかしない。
「報告です」
やっぱりそうだった。
「何だ」
「グラディス辺境侯国軍の進軍速度が予測より早い」
空気が変わる。
フィアの表情も引き締まった。
「どれくらいだ?」
「通常軍なら五日」
レイナは地図を広げる。
「しかし今回の部隊は四日」
「理由は」
「補給を削っています」
フェンリスが眉をひそめた。
「無理な行軍ですね」
「はい」
レイナも同意する。
「ですが急いでいます」
つまり。
グラディス側も何かを焦っている。
悠真は地図へ目を落とす。
現在位置
風牙の集落
黄昏の箱庭
距離そのものは離れている。
しかし時間は少ない。
「避難完了まで何日必要だ」
レイナは即答する。
「一般人基準なら二日」
「馬なら?」
「一日程度」
「フィアなら」
「半日です!」
フィアが元気よく答えた。
少し空気が緩む。
「フェンリスは?」
「数時間かと」
本人がさらっと言った。
悠真は改めて思う。
やっぱりおかしい。化物である。
「とにかく」
レイナが話を戻した。
「今夜出発すれば十分間に合います」
「なら決まりだな」
悠真は席を立った。
「俺も行く」
沈黙。
数秒後。全員が同時に反対した。
「駄目です」レイナ。
「反対です」フェンリス。
「却下」ラグナ。
「却下」リリアーナ。
「却下です」ミレイア。
見事な連携だった。
悠真が少し傷付く。
「いや待て」
「待ちません」
レイナが即答した。
「主の仕事は黄昏の箱庭の維持です」
「でも」
「しかも敵軍二千です」
容赦ない。
フェンリスも頷いている。
「主」
「何だ」
「貴方が前線へ出る必要はありません」
「お前達だけで十分ってことか」
「はい」
即答だった。
少し悲しい。だが事実でもある。
今の段階では悠真は戦闘要員としては弱い。
国家運営の方が重要だった。
結局。
先遣隊を見送る形となった。
その日の夕方。
箱庭東門前。百名を超える部隊が集結していた。
神狼族
竜人
治療班
輸送隊
様々な人材が並ぶ。
その中心にいるのはフェンリスだった。
漆黒の甲冑
銀髪
神狼王
誰が見ても圧倒的な存在感だった。
フィアが隣で尻尾を振っている。
緊張感が薄れる。
「あんまり暴れちゃ駄目だよ?」
「誰に言っている」
「フェンリス様」
「……」
図星らしい。
レイナが小さく笑った。
「では主」
フェンリスが膝をつく。
「命令を」
悠真は周囲を見回した。
集まった兵士達。避難民受け入れ準備を進める住民達。そして黄昏の箱庭。
気付けば守るものがかなり増えていた。
「一人も見捨てるな」
静かに言う。
「了解しました」
フェンリスが立ち上がる。
その目は真剣だった。
「風牙の集落全員を連れて帰ります」
「頼む」
「御意」
そして出発。
百を超える影が荒野へ駆け出した。
一般兵なら二日かかる距離。
だが彼らは違う。フィアはすでに先行している。
フェンリス達も驚異的な速度で進んでいた。
やがて姿が見えなくなる。
悠真はしばらく城壁の上から南を見つめていた。
嫌な予感が消えない。風牙の集落は間に合うのか。グラディス軍はどこまで来ているのか。
まだ分からない。
そして同じ頃。
グラディス辺境侯国軍先鋒隊もまた、風牙の集落まで残り一日未満の位置へ到達していた。
風牙の集落では。
見張り台にいた狐族の青年が青ざめた顔で村長ガドの元へ駆け込んでいた。
「村長!」
「どうした!」
「人間です!」
集落がざわつく。
青年は震える指で北方を指差した。
地平線の向こう。
土煙が上がっている。
その数は前回とは比べ物にならない。
数百、いや千を超えている。
ガドの顔から血の気が引いた。
ついに来たのだ。逃げ続けた現実が。
避難部隊
風牙の集落
グラディス軍
三者の距離は急速に縮まり始めている。
果たして間に合うのか。
戦いの幕は、もう目前まで迫っていた。




