この子はボボ!
アイカはヒマリと手をつなぎ、クレーと話しながら街を進む。
「クレーさん、この国のことについて聞いてもいいですか?」
「ええ、勿論です。私で分かることなら何でもお答えしますよ」
「ではまず最初の質問です。私たちのように他の世界からやってくる来訪者というのはよく現れるのですか?」
「そうですね。やってきた全ての来訪者を把握している訳ではありませんが、定期的に現れます。およそ百日に一回くらいでしょうか。現れる場所もあなた達と同じく教会だったり、郊外の牧場、民家、お城……と様々です。私自身、目の前に来訪者が突然現れるのを見たのは二回目ですよ」
(そ、そんなに定期的に現れるのね!? どおりで皆、思ったほど驚いていない訳だわ……)
アイカは質問を続ける。
「次の質問です。この街は子供と若い人達ばかりで大人や高齢の方を見かけませんが、何か特殊な理由があるんですか?」
「それも来訪者の方がよく疑問に感じる所ですね。この国では人の身体の成長は十八年で止まります。その容姿は生を全うする最後まで変わりません。ですので、十八歳の容姿をしている者は皆それ以上を生きている大人です」
(……えぇっ!? な、なんてこと!? 本当にっ!? やっぱり私、十八歳の身体になったんだ!!)
予想外の答えに、アイカはヒマリを両手で抱え上げクルクルと回って歓喜する。
「ヒマリー! 今の聞いた? ママ、やっぱり十八歳に戻っちゃったんだって! 若いっ! 若いのよっ! 若返ったのよー!」
「ママー、目が回るよー? いつもより早いー! ちょっと怖ーいっ!」
「ほらほらー! これが十八歳の高速スピンよっ! ママからお姉ちゃんに大変身よー!」
「……」
ヒマリを抱き上げてはしゃぐアイカの隣でクレーは無言の苦笑いをする。
「えっと、私たちにとってはこのような身体の成長は当たり前なのですが、アイカさんにとっては喜ばしいことなのですか?」
「いやっ、その、あははっ。複雑なんですけど……でも、本音を言うと凄く嬉しいです!」
言葉の上では遠慮しつつも、目をキラキラと輝かせるアイカの本心はクレーにもよく伝わった。
──アイカはその後も質問を続けた。クレーから聞くことができた情報は次の通りだ。
・一日の時間や月日の概念は日本と似ていて、今は春先の季節である。
・この世界と元いた世界の時間軸の違いは戻ってみないと分からない。この世界の一日が元の世界で数年に相当するかもしれないし、逆に数秒に満たない場合もある。
・これまでやってきた来訪者は無事に元の世界に帰ることができている。
・今は問題が発生しており、すぐに元の世界に戻ることはできない。
・来訪者は不思議な力を持っている場合がある
……ということのようだ。諸々、話をしながら歩いているうちにスティロ王の城に到着した。アイカとヒマリはクレーに礼を言って別れる。城の中では従者に案内され、来賓室で従者と共に待機する。従者に茶を出されしばらく座って待っていたが、王も忙しいのか? ……すぐには謁見できないようだ。待ち時間が退屈になってきたヒマリが言う。
「ねぇママ? お絵かきして遊んでもいい?」
それを聞いたアイカは従者に視線を送り確認をすると、従者は軽く頷いた。
「ええ、いいわよ。お絵かき帳は持ってるわよね?」
「うん! 昨日プレゼントでもらったクレヨンと一緒に鞄に入れてあるよ」
ヒマリは鞄の中からクレヨンとお絵かき帳を取り出し、鼻歌を歌いながらお絵かきを始めた。
ふふーん、ふーふふーん♪
ヒマリは茶色のクレヨンで、何やら毛むくじゃらのゴワゴワしたものを描いている。
「ヒマリ? それは何?」
「ママ、この子はボボ! ミノムシの妖精さん!」
(……ミノムシ!? 近頃見なくなったけど、そんなの知ってるのね? それにしても子供は想像力が豊かね。妖精さんなんて)
ヒマリの言葉に和まされ、アイカは穏やかな気持ちに包まれる。
「ヒマリはよくミノムシなんて知ってるわね。どこかで見たの?」
「うん、幼稚園にある木の所で見たの。先生がミノムシだって教えてくれたの!」
ヒマリは鼻歌を続けながら、ミノムシの妖精ボボを楽しそうに描き続ける。そうしてヒマリが落書きを続けていると……アイカの目の前で突然信じられないことが起きた。
……ピカーンッ!!
何と、突然ヒマリのクレヨンセットがまばゆく輝き始めたのだ。そして、そのクレヨンで描かれたミノムシの妖精ボボもお絵かき帳の中で輝き始める。
「……えっ!? ママ、何これ? ボボが光ってるよ!!」
(……ちょ、ど、どういうこと!? 何でヒマリのクレヨンとお絵かきが光ってるの!?)
アイカは咄嗟にヒマリを抱きクレヨンとお絵かき帳から離れる。そしてアイカとヒマリがお絵かき帳に視線を向けていると、光り輝くお絵かき帳の中からそれは勢いよく飛び出した。
……ボンッ!!
アイカ、ヒマリ、城の従者……皆が目を点にして驚く。すると、お絵かき帳から飛び出した茶色の毛むくじゃらは声を発しながらヒマリの周りを飛び始めた。
「ボーッ、ボーッ!」
ヒマリはアイカから離れ、突如目の前に現れたボボと一緒に部屋の中を走り回る。
「ママーッ! 見て見てーっ! 凄いよー! ボボが本物になっちゃった!!」
「ボーッ! ボーッ!」
サッカーボールくらいの大きさのボボは、ヒマリの胸に飛びつき、楽しそうにはしゃいでいる。
「ボーッ! ボーッ!」
目の前で起きた信じられない状況について、アイカは戸惑いながら従者に尋ねる。
「あのっ、これって……一体どういうことですかっ!?」
「ああっ! ああっ! これは大変です!!」
従者は興奮を抑えられない様子だったが、深呼吸をして何とか自身を落ち着かせ……それでも半ば興奮して答える。
「この国に子供の来訪者が現れた場合に限るのですがっ、特別な能力を持っていることがあるのです! それは、その子供にとって思い入れの強い道具と一緒にやって来た場合に宿る不思議な能力なのですが……まさか、こちらの子にその能力が!?」
(えっ!? ヒマリに特別な能力!? 思い入れの強い道具って……誕生日プレゼントのクレヨンだから!?)
興奮する従者は急いで部屋を出て行く。
「こうしてはいられません! すぐに王へ報告に行って参ります!!」
そんな大人二人のやり取りは気にせず、ヒマリとボボは戯れを続けて楽しんでいる。
「あははっ。ボボー! ボボー!」
「ボーッ! ボーッ!」
(変な世界に来ただけでも信じられないのに……まさか、ヒマリに特別な能力なんて!)
とても信じられない光景に、アイカはただただ呆気に取られて立ちすくんだ。




