ここはパペトリ王国です
「……どうなってるの?」
一体何が起きたのか? ……訳が分からず困惑するアイカだが、ひとまず心を落ち着かせてヒマリの手を取り立ち上がる。
「うーん、ヒマリ? 私たち、夢でも見てるのかしら?」
「お姉さん? 何だかママに似てるけど……ママとは違う人だよね?」
(そっか……まずはヒマリの疑問を解かないと。私が母親のアイカだってちゃんと分かってもらわないとね)
「ヒマリ? すっごく不思議だと思うけど、私はアイカよ。あなたのママ」
「えっ? でも……なんか違う。だって、ママはもっとおばさ……」
ヒマリが答え終わる前にアイカはヒマリの両頬をつまんで軽く引っ張る。
「こらぁーっ。変なこと言うのはこの口かなーっ?」
「ひははっ(痛たたっ)! ほへんははい(ごめんなさい)」
引っ張られた両頬を離してもらったヒマリが続ける。
「でも……ママとちがうよ。すごくお姉さんになってるもん」
「そうよね。私も何が何だか分からないけど、二十歳前のママになっちゃったみたいなの」
「二十歳前の……ママ?」
「そう、ママね、十歳くらい若くなっちゃったみたいなの」
こうしてアイカとヒマリが話をしていると、ある一人のシスターが声をかけてきた。
「あの……お二人はどこか別の世界からやって来たのですか?」
(えっ? 一体どういうこと?)
そのシスターの言葉に疑問を感じながら、アイカはヒマリを自分の後ろに隠しつつ答える。
「えっと……何が何だか分からなくて。娘と二人で歩いていたら、急に変な空間に吸い込まれる感じで、気付いたらここにいました」
「そうですか。やはりあなた達は別世界からやって来た来訪者ですか」
「来訪者? えっと、どういうことですか?」
「まず、ここはパペトリ王国です。スティロ王が治める王国です。そして、私は教会でシスターを勤めるクレーと言います。この王国では時々、あなた達のように『変な空間に吸い込まれた』と言って来訪者が現れるのです」
(……えっ? ここは日本じゃないの!? 私たちは別の世界に飛んできたってこと!?)
クレーと名乗るシスターとアイカの会話を、ヒマリは指を咥えてぽかんとした様子で聞いていた。
「ママ? ココ、私たちがいた場所と違う所? ……どういうこと?」
「うーん、ヒマリ、ちょっと説明が難しそうね。とりあえず、私たちのお家や幼稚園がある場所とは違う所よ」
「私たちのお家に帰れるの?」
「えっと……それは……」
言葉に詰まるアイカを遮りクレーが答える。
「お二人が元いた世界に帰る方法は、在ると言えば在ります」
「本当っ!? クレーさん! それ、どうしたらいいんですか!?」
クレーの言葉に興奮して飛びつくアイカだが、クレーは冷静に続ける。
「まあ落ち着いて下さい。まずはスティロ王に謁見を。来訪者は王に謁見するのがこの王国の決まりです。詳しいことはそこで聞いて下さい。私がスティロ王のお城まで案内しますので」
「そ、そうですか……分かりました。ヒマリ、これからこの国で一番偉い人に会うんだって。この国のこと、色々教えてもらわないといけないみたいだから一緒に行くわよ」
「うん、分かったよ、ママ」
アイカはヒマリの手を取り、クレーの案内で街中を歩く。街や人々の雰囲気は中世ヨーロッパといったところだ。欧風の建物と街並が美しく、道端に並んだ露店では食品や雑貨類を販売している。馬車が通行している所を見ると、産業や技術レベルは近代より少し遅れているようだ。
そして不思議なことに、周囲の人々は全員が若者か子供であり、中年や高齢者の姿が見受けられない。キョロキョロと辺りを見回しながら歩くヒマリとアイカにクレーが尋ねる。
「ところであなた達のお名前は?」
「私はアイカ、こちらは娘のヒマリ。二十一世紀の日本という国から来ました」
「日本……という国があるのですね」
「クレーさん? 日本をご存知でないということは……ここは西暦とか世紀とか、あと、地球とは違う世界ってことですよね?」
「そうですね。この世界には、パペトリ王国という国しかありません。ここに住む私たちは何の違和感もありませんが、特殊な空間でもあるのか? 不思議な力でも発生しているのか? ……あなた達のように時々、来訪者が現れるのです」
(……何だか信じられないわ。本当にこんなSFみたいなことが起きるなんて)
未だに目の前で起きている状況を飲み込めないでいるアイカだが、ヒマリと手をつなぎながらクレーの案内で街中を進みスティロ王がいる城を目指した。
「ヒマリ? 何だか不思議なことになっちゃったわね? ……ってあれ? ……ヒマリ?」
アイカは、いつの間にか右手につないでいたヒマリの手が離れていることに気付き、慌てて周囲を見回した。
(……えっ!? ヒマリ!? どこ!?)
するとヒマリは、野菜を売っている露店の前で若い女性と楽しそうに話をしていた。
「わぁーっ! すごい! お野菜がいっぱーい!」
「あらあらお嬢ちゃん、変わった格好だね。来訪者さんかい?」
「私、ヒマリー! 日本から来たの!」
「へぇ、日本って所から来たのねー」
「お姉さん、ここのお店、人参がたくさんあって凄いねー。赤、オレンジ、それに白い人参もあるー! 私、白い人参なんて初めて見たよ!」
「そんなにこの人参が珍しいかい? この国では色んな野菜が採れるんだよ。まあ、ココにしばらくいるなら食べる機会もあるかもね。この人参、すごく甘いんだよ」
「わぁー、いいなぁ! 私ね! 人参大好きなの!」
(ちょっとあの子ったら! 人見知りしないのはいいけどっ! 何やってるの!?)
人参の会話で盛り上がるヒマリの元に、アイカはドカドカと歩み寄って行き声をあげる。
「こぉらっ! ヒマリ!! 知らない所を独りで歩いたらダメ! ……っていつも言ってるでしょ!?」
「あ、ママ、見てみてー! 色んな色の人参がいっぱいだよー!」
アイカの注意を気にすることなく楽しげに話すヒマリに対し、アイカはヒマリの両肩を掴んでしっかりと向き合い真剣な眼差しで伝える。
「こら! ヒマリ! ちゃんと謝りなさい! 『ごめんなさい』は!?」
始めはおどけていたヒマリだが、真剣に怒るアイカの様子に興奮を抑えて素直に謝る。
「ママ……ごめんなさい」
「よし! よく謝れたわね。いい子よ、ヒマリ」
アイカはヒマリの頭を撫でてそのまま自分の胸に抱き寄せた。
「ママーッ」
そして、アイカはその大切な存在の温かさを自分の胸の中でしっかりと感じながら……固く決意する。
(ヒマリ……私たち、よく分からない所に来ちゃったけどちゃんと帰るからね! そう……そうよ。私がしっかりしないとっ! この子の母親なんだから!)




