全部炭酸水にしてやるわ!
ゆっくりと起き上がるパンソーを介抱しながら、カルネはカニフとコンパとの約束を思い出す。
「そうだ、ヒマリ。お願いがあるのです!」
「えっ? どうしたの、カルネ?」
「実は、カニフとコンパにここに来てもらう追加の報酬として、先ほど二匹に『ヒマリがあげた特別な甘い人参を差し上げる』……と約束したのです。また描き出してもらえませんか?」
「……あの人参? うん、いいよ。ちょっと待ってね」
……ふふーん♪ ふふーん♪
……ピカーンッ! ボンッ!
お絵かき帳からヒマリが大好きな甘い人参が飛び出す。
「カニフちゃん、コンパちゃん! ここまで来てくれてありがとう! はいっ! お礼の人参だよっ!」
「キュッ! キュッ!」
「キュゥーッ! キュゥーッ!」
カニフとコンパは甘い人参に大喜びし、大きな耳でヒマリを持ち上げ、バレーボールのトスのように空高く放り上げて感謝を示す。
「あははっ! わーっ! 高ーいっ!」
「ボボーッ!」
宙を舞うヒマリの周りをボボも嬉しそうに飛び回る。
(この光景を見るのは二回目だけど、やっぱりシュールというか不思議な光景ね……)
アイカがその光景を苦笑いで見守る中、プリムは人数分のハーブティーを用意して戻ってきた。
「皆、婆特製のハーブティーじゃて。色々あったが少し座って落ち着こうかて」
しばらくの間、皆で座って話をする。
「皆さん、この度はご迷惑をおかけしてしまい、本当にすみませんでした」
「全く、魔女っ子や。生真面目なのはいいことじゃが、あまり思い詰めるのはよくないぞい。少しはこっちの大きいお嬢ちゃんを見習うといいぞい」
「ちょっとお爺さん! それどういう意味よっ!?」
「どうもこうも、そのまんまの意味じゃい」
「何よそれ! 人を悩みが全くないみたいに言ってくれちゃって。ところで魔女さん? あの……最近のこと、本当に何も覚えてないの?」
「これ、大きいお嬢ちゃんや、魔女っ子の傷をえぐるようなことを聞くのではないて」
「え、で、でも……」
「アイカ、ごめんなさい。はっきりとした記憶はありません。でも何だか、意識と身体がおかしくなって、制御できないというか、無意識で暴れてるというか……そんな感じだったのです。意識があった時は皆さんに迷惑をかけないように……という想いがあったのですが、それもままならずこのような結果になってしまい……すみませんでした」
「そうだったのね。意識があった時は最後まで……皆のことを想ってくれていたのね」
(この魔女さん、二人が言う通り本当に優しいのね。これじゃあ……さっきまでのことを問いただすのも野暮ってものか)
アイカはヒマリと共に恐怖した体験について問いただそうかと迷ったが、そこは思い止まることにした。
「皆さん、本当にごめんなさい。元はと言えばこれは私の問題。前の来訪者との別れが辛くて……そのせいでこんなことになってしまって」
「ひょっひょっ。またそうして思い詰めるのは止すんじゃて。恋は盲目とはよく言ったものじゃて。恋する心に悪いことなぞないんじゃて」
「そうよ魔女さん。恋なんて気づいたら堕ちてるものだわ。そんな風に真剣に想える相手に出会えたことを喜ばないと!」
「プリム、アイカ……ありがとう」
「ひょっひょっ。大きいお嬢ちゃんはたまにはいいことも言うんじゃて」
「ちょっと、お婆さん! 『たまには』は余計よ!」
「ふふっ」
パンソーの表情に笑顔が戻る。
「あ、魔女さん笑ったー! 魔女さんの笑顔、可愛いねー」
「えっ、そう? ヒマリ?」
「うん、可愛いよ! それにとっても優しい笑顔だよ!」
「……ありがとう、ヒマリ」
「なんだ。魔女さんもそんな笑顔ができるんじゃない? その笑顔を忘れなければきっと大丈夫よ。女はね、度胸に愛嬌! 失恋が辛いのも分かるけど……今度は好きになった相手が自分のことをゾッコンになるくらいに惚れさせちゃえばいいのよ! 失恋に悲しむ暇があるんだったら自分をもっと磨いて魅力を増やしなさい!」
「ふふっ。ありがとう、アイカ。あなたの言葉は元気を与えてくれるわね。そう言うアイカのお相手は……それはもう、アイカにゾッコンなのね」
「勿論よ。夫のコウスケは出会った初めから私にゾッコンなんだから!」
アイカは勝ち誇ったような笑顔で、どーんっ! ……とパンソーに向けて親指を立てる。
(うん、今の私! ……キマった!)
「そうですね。私もアイカを見習って恋を逃さなくて済むように自分の魅力を高めないといけませんね」
「ほっほっ。大きいお嬢ちゃんの家族は幸せな様じゃな」
「ほいほい、大きいお嬢ちゃんに惚れ込んだ連れ合いの顔も拝んでみたかったんじゃて」
アイカは引き続き勝ち誇った笑顔で親指を立てて凄んでいるが、隣でヒマリがある疑問を抱く。
「あれ? ママ?」
「うん? どうしたのヒマリ?」
「えっとね、ママ。ヒマリね……パパにヒマリが産まれる前の話を聞いたことがあるんだ。そしたらパパはね。パパはママに初めて告白された時、他にお付き合いしてる人がいたから断ったんだって。でも、何回も何回もママが『パパのことを好きです!』……って言うから、パパも少しずつママのことを好きになっていったんだって聞いたよ? これって……どういうこと?」
「……」
……ゴゴゴゴゴッ!!
(コーウースーケーッ!! ヒマリになんてことを教えてるのよ!! 事実だけど! それ、事実なんだけど!!)
ヒマリが話している間も親指を立てて凄むポーズを続けるアイカ。その無言の姿から、コウスケに対する怒りの炎が燃え盛る。
「……」
その様子に一同は事情を察し、しばらくの間気まずい沈黙が周囲を包む。
(コーウースーケー!! もう頭に来たわ! ヒマリにゲーム動画をたくさん観せていた事と言い、私の恥ずかしい過去を散々ばらした事と言い……許さないんだから! こうなったら! 週末だけは飲むことを許してあげるつもりだった発泡酒も全部炭酸水にしてやるわ! お酒を飲んでいいのはもう、盆と正月と記念日だけにしてやるっ!!)
アイカが無言で怒りに燃える中、皆は小声で相談を始める。
(これ、カルネ。この気まずい状況、何とかしてくれんかて?)
(いやいやっ、私には無理ですよプリム様! ここはポルトミーヌ様、年長者の経験豊富な卓越した話術を見せて頂けませんか?)
(これカルネ、こんな時だけ年寄りを立てるものではないわい。魔女っ子、お主が何とかしてくれんかのう?)
(ポルトミーヌ、でも……ああぅ、私、まだ頭がちょっと痛いみたいで)
(パンソー様! 今その言い訳はずるいですよ!)
皆が「この状況で第一声を発する」という外れくじを回し合う中、予想外の救世主が現れる。
「でもね! パパは最後にこう言ったよ。今はママがパパを好きな気持ちよりも、パパの方がママのことずっとずっと好きなんだって! たくさんたくさん愛してる! ……って言ってたよ!」
(おっ! ヒマリよ、ナイスじゃて!)
(ヒマリ、この話にはそんな続きがあったのですね!)
(ヒマリよ、絶妙の間合いと完璧なフォローじゃ!)
(ヒマリ、助かりましたよ!)
「ほっ、ほらっ! だ、だから言ったでしょ!! コウスケは私にゾッコンなんだって!!」
(い、一応何とかこの場は切り抜けたような気はするけど……でも、何だか凄く気まずいわ!!)
アイカは親指を立てたまま赤面してしばらく俯いた状態を続けた。こうしてヒマリから打ち明けられた話の結末により、その場は何とか収まった。




