遠くの方に綺麗な川とか
……バタン!
不穏な気配から解放されたアンクルは目を閉じて地面に身体を横たえた。
「あっ! 熊さん、大丈夫!?」
ヒマリはアンクルの側に駆け寄っていく。
「小さいお嬢ちゃん、心配せんでもいいぞい。アンクルは自分の意思に反して、身体を無理矢理動かし続けていたはずじゃ。きっと疲れ果てて倒れたのじゃろう」
「少し眠らせてやれば元気になるじゃろうて。それにしても小さいお嬢ちゃんには助けてもらったんじゃて。ありがとうて。お礼を言わせてもらうんじゃて」
「ううん、いいよ。私も、熊さんが元に戻ってくれたら嬉しいよ」
「ふむふむ。小さなお嬢ちゃんは純粋でいい子じゃて。それに引き換え、あっちの大きいお嬢ちゃんは何であんなに燃え盛らんばかりに怒っておるのじゃて?」
……ゴゴゴゴッ!
(……はっ!? わ、私ったら、ちょっと怒りで我を忘れてたわ。えっと、今はどういう状況?)
「ママー! 見てみてー! 熊さん、気持ち良さそうに眠ってるよー」
ヒマリはアンクルの背中にまたがってアイカに手を振っている。
「ちょっとヒマリ! 危ないわよ! 熊さんがまた暴れたらどうするの!?」
「ほっほっ。それはもう心配いらんじゃろう。アンクルも正気を取り戻しているようじゃし、元々、他者をむやみに襲うようなヤツではないわい。目覚めたら色々と話を聞いてみるかの」
「えっ? お爺ちゃん、熊さんとお話できるの?」
「そうじゃよ。こう見えても儂らは森の妖精じゃ。動物や植物の声を聞けるんじゃぞい。どうじゃ? 凄いじゃろ?」
「わぁー。お爺ちゃんもお婆ちゃんもすごーい!」
「それにしても、アンクルは気持ち良さそうに眠っておるて。これは相当疲れておるようじゃて。どれ、少しばかり元気を与えてやるんじゃて」
プリムはそう言うと、懐から黄金色に輝く小さな玉を取りだした。
「お婆ちゃん、それは何?」
「うん? これは婆特製のハチミツ飴じゃて。疲労昏睡には濃縮した甘ーいハチミツがよく効くんじゃて」
……ポイッ。
プリムはアンクルの口元にハチミツ飴を放り込んだ。そして数秒後……。
「ググーッ……」
アンクルは低い呻き声とともにゆっくりと目を開いた。
「わぁー! すごーい! 熊さん、ほんとに起きたー!」
「アンクルよ、大丈夫か?」
「無理せんでもよいて。しばらくは伏せてゆっくりするといいて。ただ、話だけ聞かせてもらえればいいて」
アンクルを囲んで喜びに包まれる三名にアイカも駆け寄っていくが……そこでふと、あることを思い出す。
(……あれ? 今、私の目の前で何か不思議なことが起きたような?)
立ち止まって少し考えた後、アイカの疑問は晴れたのだが……それと同時にアイカは大声で叫んでいた。
「ちょっと待った! お婆さん! 待ちなさいよ! 今、何か変なことが起きたわよ!!」
「ほえ? 大きいお嬢ちゃん、どうしたんじゃて? 騒々しく大声など出しおって」
「いやいや、ちょっとおかしいでしょ! 熊を目覚めさせる時は甘いハチミツ味の飴ちゃんなのに! 私の時は何であんなに不味い激毒物を飲ませたのよ!? ……そうよ! 思い出した!! あれ、ヒマリがぺっぺっ! ……って吐き出してた果実の百倍不味いとか言ってたわよね!?」
「なんじゃ? そんなことじゃて?」
「そんなこと……じゃないわよ! こっちは死ぬかと思ったんだからね! 本当よ! ……何かっ、遠くの方に綺麗な川とか見えたんだからっ!!」
今にもプリムに飛び掛かろうとするアイカだが、プリムは落ち着いて説明を続ける。
「仕方なかろうて。よく考えてみるんじゃて。熊の好物といえばハチミツじゃろうて。熊がハチミツで目覚める……自然の摂理じゃて」
「いやっ、熊がハチミツ好きなのは分かるけど! だったら、私にもあんな激毒物じゃなくてその飴ちゃんをくれたら良かったじゃない!?」
「そんな無茶を言ってはいかんて。このハチミツ飴は作るのに手間暇かかる貴重品じゃて。初対面の相手にホイホイと安売りプレゼントしたくはないんじゃて」
「なっ? そういうことなのっ!? それなら、まぁ、とっておきってことで仕方ない……か」
完全な納得は難しかったが、プリムの説明でアイカは不満を無理矢理飲み込もうとした。しかし、アイカの目の前で再び納得し難い光景が繰り広げられる。
「どれ、爺さんも疲れたじゃろて。ハチミツ飴を食べるとよいて」
「ふむ。それはありがたく頂戴するぞい。ほふほふ……やはり婆さんのハチミツ飴は美味いのう。疲れも吹っ飛びそうじゃ」
「小さいお嬢ちゃんも食べるといいて。アンクルのために頑張ってくれたお礼じゃて」
「わーい! お婆ちゃん、ありがとう! ……んんっ! すごーい! 甘くて美味しいー!」
「それ、アンクルももう一つ食べるといいて」
「モグモグッ……ググーッ!」
「婆のハチミツ飴は美味いかて? よしよし、それなら後で土産に葉っぱで包んで何個か渡してやるて」
……ブチッ!
アイカの中で何かが切れる。
「ちょっと待ったぁーーっ!! おかしいでしょ! 今! どう見ても『ほいほい安売りプレゼント』が繰り広げられてたわよね!? どういうこと!? たった今、本日限定のタイムセールでも始まっちゃったのかしらっ!? ……しかも、熊にはお土産まで!? そのハチミツ飴、ほんとに貴重なの!? 何で私には一個もくれないのよっ!?」
「ひょっひょっ。大きいお嬢ちゃんも元気になったようじゃて。仕方ない。一個プレゼントじゃて」
アイカはプリムから手渡されたハチミツ飴を口に入れる。
「……んんっ!! 美味しい! 甘い! 何か、身体の疲れが消えてくみたい!」
「ほっほっ。婆さんのハチミツ飴は疲労によく効くじゃろ? それにしても、婆さんも意地悪が過ぎるぞい。ちゃんと説明すればよかろう」
「ひょっひょっ。何じゃ、爺さん。もうタネばらしかて? 大きいお嬢ちゃんをからかって楽しんでおったのに」
プリムの言葉にアイカの表情が曇る。
「えっ? お爺さん、お婆さん、どういうこと?」
「儂が説明しよう。大きいお嬢ちゃん? お主は見たところ、背中でも強打して身体が動かなかったであろう?」
「え、ええ……そうよ。熊さんに飛ばされて、背中を強打してしまったの」
「背中を強打して動けなくなったのは、身体を思うように動かせなくなっていたからじゃ。分かるかの?」
「ええ、まぁ、それは分かるわよ」
「婆さんが飲ませた完熟シブイチゴの果汁は、身体の筋肉に緊張と弛緩の刺激を瞬間的に何度も与えるのじゃ。身体を思うように動かせなくなっていたお主には、それが必要だったというわけじゃ」
「そ、そういうことだったの!?」
「あれあれ。爺さんは可愛いお嬢ちゃんに甘いことじゃて。まぁでもそういうことじゃて。分かったかの?」
「そうとは知らずに……大きな声を出してごめんなさい。お婆さんは、ちゃんと適切な方法で私を助けてくれてたのね。できればもうちょっと楽な助かり方が良かったけど……でも、改めてだけど私のこともヒマリのことも、助けてくれてありがとう! 本当に助かったわ!」
「うん、お爺ちゃん、お婆ちゃん、本当にありがとう!」
「よしよし、大きいお嬢ちゃんも素直になって良かったて。それに、小さいお嬢ちゃんもよく頑張ったて。こちらこそ、お嬢ちゃん達には感謝じゃて」
こうして正気を取り戻したアンクルを囲み、皆は和やかな雰囲気に包まれた。




