レパートリーは三曲だけ
戸惑いながら小声で話すアイカとヒマリに、老婆の姿をした森の妖精プリムが言う。
「これこれ。森の妖精と聞いてどんな姿を想像しておったか知らんが、六百年も生きとればこんな姿にもなろうて」
「ろ、六百年っ!?」
「お婆ちゃん、そんなに長生きしてるの!? すごーい!!」
「いやっ、でもその何て言うか……正直、想像してた感じとはだいぶ違っててびっくりしたけど……って! そういえば! 熊の方はどうなったの!?」
アイカはつい先ほどまで自身に迫っていたアンクルの脅威を思い出し慌てて周囲を確認する。すると信じられない光景が目に飛び込んだ。
……ピピィー♪ ピピィー♪
老婆のプリムとほぼ同じ体格の老人、いや、妖精ポルトミーヌが草笛を吹いて穏やかな音色を奏でている。その穏やかな音色の中でアンクルはスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。
(……えっ? あれは一体どういうこと!?)
アイカはプリムに尋ねる。
「お婆さん、あれはどうなってるの!? あそこにいるお爺さんも妖精さんなの!? どうして熊が眠っているの!?」
「おやおや、質問の多いお嬢ちゃんじゃて。まぁよく聞くのじゃて。まず、アンクルは爺さんが吹く草笛の音色で眠っておる。あの爺さんも私と同じ森の妖精じゃて。で、さっきも言った通り、私たちゃ植物や動物に対して特別な力を持っておるて。あの草笛は動物にとっては安眠を誘う子守唄じゃて」
「す、凄い……凶暴化した熊でも眠らせちゃうなんて」
「草笛であんなに綺麗な音を出せるなんて凄いんだねー」
「ひょっひょっ。こんなに可愛いお嬢ちゃんに褒めてもらえたら爺さんも喜ぶじゃろて」
「ところでお婆さん、熊を眠らせた後はどうするの? 今のうちに逃げるの?」
「うーむ、それは無理じゃて。アンクルはもうすぐ起きるはずじゃて」
「えっ? どうして?」
「爺さんが草笛で吹く曲のレパートリーは三曲だけじゃて。今はちょうど三曲目のサビじゃて」
プリムの言葉にアイカの表情が曇る。
「……えっと、それはつまり?」
「大きいお嬢ちゃんは察しが悪いて。ほれ、よく考えてみ。同じ子守唄を何度も聞かされたらどうなるて?」
「そうだよ、ママ。同じ子守唄ばっかり聞いてたら飽きるし、気になって逆に起きちゃうよ」
(……そ、そういうものかしら!?)
「そういうことじゃて。小さいお嬢ちゃんは賢いようじゃて。偉いのう」
プリムはヒマリの頭を撫で、ヒマリは笑顔を返す。しかし疑問を感じるアイカはプリムに突っ掛かる。
「ちょっと待って!」
「ん? どうしたんじゃて?」
「お婆さん達、六百年も生きてるんでしょ!? だったらもっと音楽の勉強して練習しなさいよ! こういうピンチの時のために曲のレパートリーを増やしておけばいいじゃない!?」
今度はアイカの言葉にプリムの表情が曇る。
「これこれ……無理を言うもんじゃないて。私たちゃ、動物達と戯れたいタイプの妖精じゃて。動物を眠らせる手段なんてあっても楽しくないんじゃて」
(……なっ!? すごいお婆さんなのに、子供みたいな言い訳してくるわねっ!?)
「へ、へぇ、そうなの……お婆さん達、もしかして……ただ単純に勉強が嫌いって訳じゃないでしょうね?」
「……」
(……なっ!? 何か急に黙った!?)
「へぇー。お婆ちゃん達、お勉強嫌いなの? ヒマリもあんまりお勉強は好きじゃないよ」
「ヒマリは黙りなさい!」
「ほっほっ。別に学ぶことが嫌いな訳じゃないて。あまり年寄りに突っかかるもんじゃないて」
「そ、そう……じゃぁ、何で先は黙ったのよ?」
「ま、まぁ、いろいろあるんじゃて。さて、お喋りは終わりじゃて。お嬢ちゃん達はひとまずその辺に隠れておれ。アンクルは私と爺さんで何とかしてみるて」
(……なっ!? 話題を終わらせた!? 勉強嫌いは図星だったのかしら!? ……でも、今は確かに熊の方が重要ね)
「でも、何とかするって……大丈夫なの? 特別な力を持った森の妖精さんでも相手は凶暴な熊なのよ?」
「まぁ、やれるだけのことはやってみるて」
アイカ達が会話を終えようとすると、草笛コンサートは終演を迎え、辺りは静かになった。そして、アンクルの低く重いうめき声が再び聞こえ始める。
「……ググーッ」
「やれやれ。一眠りしたら少しは落ち着くかと思ったのに全く変わらんではないか。これは重症じゃの。おーい、婆さんや。爺の草笛コンサートは終演じゃ。そっちの様子はどうかの?」
「ほいほい、問題なしじゃて。お嬢ちゃん達は無事じゃ。ただ若干一名、曲のレパートリーが少ないだの、もっと勉強せぇだのと苦情を言っておるて」
「ほっほっ。それは貴重なご意見じゃ。では婆さんや、こっちも一緒に頼むわい。一人ではちと難しそうじゃ」
「ほいほい。暴れ熊の前にレディを呼ぶとは、ほんに甲斐性のない爺さんじゃて」
「仕方なかろう。それに、儂は婆さんとの共同作業が好きなのじゃ。早う来い。アンクルを助けねばの」
「やれやれ。いくつになっても甘えん坊の爺さんには困ったもんじゃて。まぁでも、アンクルのこんな姿を見てられんのは同感じゃて」
プリムはポルトミーヌの隣に移動し、立ち上がって雄叫びをあげるアンクルと向かい合う。アイカとヒマリの目に映るのは、凶暴な熊と小さな老人二人だ。
(お婆さん達、本当に大丈夫かしら!?)
アイカが心配する中、戦いが始まってしまう。
「グオォォー!!」
アンクルは腕を力強く振り回し、ポルトミーヌとプリムを殴り飛ばそうとする。しかしポルトミーヌとプリムは軽やかな身のこなしでアンクルの腕を難なく避ける。
「ほっほっ。これは当たったら痛そうじゃの」
「ひょっひょっ。気迫のこもった鬼ごっこといった所じゃて」
「しかし、避けるばかりでもいかんの。アンクルよ、少し痛いが我慢せえよ。怪我をしたらあとできっちり治してやるでの」
「そうじゃて。爺さんや、早くアンクルをこんな姿から解放してやるのじゃて」
……スタンッ。
ポルトミーヌとプリムはアンクルから少し距離を取り、意識を集中し始めた。すると二人の身体が光を放ち、その光はポルトミーヌが持つ石斧と、プリムが持つ杖に集まっていく。
二人が持つ石斧と杖の輝きが最高潮に達した時、まずはポルトミーヌがアンクルの頭上にジャンプした。
「ほれ! 不穏な気配よ、割れてしまえ!」
……パーンッ!!
ポルトミーヌが振り下ろした光り輝く石斧が、アンクルの身体を覆う黒ずんだ気配を叩き割る。まるで目に見えない殻が砕け散るように、気配の一部が弾け飛んだ。
「ほい! 次はこれじゃて。不穏な気配よ、消え去れい!」
……ズバババッ!
プリムが杖を振りかざすと、先端から光り輝く霧のようなものが放出された。霧はアンクルの身体を包み込むと、残った不穏な気配と激しくぶつかり合う。二つの力がせめぎ合い、辺りに轟音が響き渡った。
「さて、どうじゃ?」
「これなら、大丈夫じゃろうて?」
攻撃を終えたポルトミーヌとプリムは、注意深くアンクルの様子をうかがった。二人の攻撃によって、アンクルを覆っていた不穏な気配は跡形もなく消え去ったように見えた。




