何か、思ってたのと違うね
ヒマリがアイカを小さな身体で一生懸命引きずっている。
「ママ! 私がママのこと、守ってあげる!」
(ヒマリッ、お願い! ママのことはいいから隠れて! ああっ、誰か……助けてっ!!)
……ドスンッ、ドスン!
アイカの願いもむなしく、重く大きな足音が着実に近づく。その中で、アイカは聞き覚えのない声にも気付く。
「やれやれ、アンクルよ。一体どうしてしまったというんじゃ? 普段は大人しいお前がこんな姿になってしまって」
「爺さんや、あれを見てみい。可愛いお嬢ちゃんが二人、ピンチのようじゃて」
「ほぅ、見慣れぬ姿じゃな。婆さんや、あれは来訪者かの?」
「そのようじゃて、爺さんや」
次第に近づきはっきりとしてくる二人の声。
(えっ!? 誰か近づいてくる!? ……良かった! 誰だか知らないけどヒマリをっ! ヒマリを助けてください!!)
アイカは霞んで閉じそうになる視界を強い願いの力でつなぎ止める。そしてぼやける視界の中に映る二人の姿に驚く。
(誰!? ……えっ!? お爺さんとお婆さん!?)
アイカの視界に映ったのは……石斧を担いだ老人と、杖をついて歩く老婆の姿だった。背丈はヒマリと同じくらい。使い古したローブのようなものを羽織っている。森の中から突如現れた二人は相談を始める。
「爺さんや、アンクルをお願いしてよいかて?」
「もちろんじゃ。婆さんはあっちのお嬢ちゃん二人を頼んだぞい」
「ほいさね。爺さん、若くないんだから怪我するんじゃないよ。老体の傷を治すのは苦労するんじゃて」
「ほっほっ。心配には及ばんわい。いざとなったら全速力で逃げるからの」
「これ! 麗しい女子達を残して逃げるとは何事じゃて」
「婆さんや、どさくさに紛れて『麗しい女子』組に仲間入りするんじゃないわい」
「ひゃっひゃっ。これでもまだまだ女盛りじゃて」
「ほっほっ。冗談はこれくらいにして……そろそろやろうかの」
(……えっ、何!? この状況で老人二人だけで笑っていられるの!? ……ん? でもこの世界の人って十八歳の姿で成長が止まるはずよね? あの二人、凄く老いた姿だけど……どういうことっ!?)
アイカが辛うじて老人二人の会話と姿を認識する中、老婆がゆっくりアイカとヒマリに近づいてくる。ヒマリは近づく老婆とアイカの間に立って両手を広げる。
「お婆ちゃん、だあれ? ママのこと、イジメないで!」
「おやまぁ……これはこれは勇敢なお嬢ちゃんじゃて。でも、心配せんでええて」
老婆はヒマリの頭を撫でながらその横を通り抜け、アイカの前にかがんだ。
「あれあれ……これは酷いね。これではまともに話すこともできんじゃろうて」
(えっ? やっぱりお婆さん!? ……お願いです! 私のことはいいから、ヒマリをっ! ヒマリを助けてください!!)
アイカは必死に目で訴える。
「ほいほい。そんなに怖い顔をせんでも分かるて。ふむ……背中を打って身体が動かんのかて。まずは気付けが必要じゃて」
老婆はそう言いながら、うつ伏せになっているアイカの様子を確認し、周囲をキョロキョロと見回す。そして近くの茂みに実っていた苺のような赤い実を指差してヒマリに言う。
「お嬢ちゃん、あそこの赤い実。あれを三粒取ってきてくれんかて」
「えっ? あそこの赤い実? うん、いいよ」
……タッタッ。
ヒマリは指示通りに赤い実を三粒手に取り老婆に渡す。
「ほい、ご苦労さんじゃて。ほれ、一粒はご褒美じゃて。食べてみい」
「えっ? 食べていいの?」
ヒマリは嬉しそうに、苺のような赤い実を口に入れた。
……モグモグ。そして数秒後。
「ぺぺっー! 何これっ! 苦ーい! まずーい!!」
「ひょっひょっ。どうじゃ? 不味いじゃろて。これは『シブイチゴ』。熟してないこの状態ではそういう風に不味いのじゃて。意地悪してすまんかって。でも、身体が元気になる効能は随一じゃて……さて、大きいお嬢ちゃんには特別サービスじゃて」
老婆は二粒の赤い実を手の平に乗せ、不思議な呪文のような独り言を始めた。
……ブツブツブツ。
すると老婆の掌にある赤い実は輝きだし、そして一回り大きく深紅の色に変化した。目の前で赤い実が大きく熟していく様子にヒマリは声を上げて驚く。
「わあっ! お婆ちゃん、すごーい!!」
「よしよし。これで完熟じゃて。この果汁を口にすれば、たちまち元気になろうて」
老婆はうつ伏せに倒れているアイカに近づき、手で絞った果汁をアイカの口に垂らし入れる。
……タラッ。スーーッ。
深紅の鮮やかな果汁がアイカの口内を流れてゆく。そして……数秒後。
「ひぃぃっ!! ひやぁぁぅぅっっ!!!!」
アイカはこの世の終わりのような断末魔の叫び声と共に飛び上がった。そして苦しみに悶えながらジタバタと地面を転がる。その姿にヒマリは堪らずアイカの側に寄る。
「ママーッ! 大丈夫!?」
「ああっ!! はうぁっっ! 嫌ぁぁっーー!!!」
苦しみながら転がるアイカの姿を老婆は穏やかな笑顔で眺めて言う。
「どうじゃて? 完熟のシブイチゴはよく効くじゃろて? 気付けには持ってこいじゃて」
強烈な苦しみが少しずつ和らいでくるとアイカは老婆に飛びかかった。
「ちょっとお婆さん! なんてことするのよ! 死ぬかと思ったじゃないのっ!! 今のは何っ!? 私に何をしたの!? 助けてくれたのはありがたいけどっ! でも、どうせならもっと優しく助けなさいよっ!!」
「ひょっひょっ。元気になって良かったのうて。私ゃ、特別なことは何もしとらんて。そんなに感謝せんでもいいって」
「感謝はしてるけどっ! 見て分からないの!? それ以上に怒ってるのよ!!」
感謝と怒りを同じ相手に向けることになり、アイカは感情の収め方に戸惑いながら叫ぶ。元気になったアイカの隣で、ヒマリは先ほど見た不思議な光景について老婆に尋ねる。
「お婆ちゃんは今何をしたの? 何で赤い実が急に大きくなったの?」
「ひょっひょっ。小さいお嬢ちゃんは賢明じゃて。私ゃ赤い実の成長を早めただけじゃて。私たちゃ植物や動物に対して特別な力を持っておるんじゃて」
苦しみが薄れてきたアイカも話を聞きながら次第に落ち着きを取り戻す。
「そ、そうだったんですか。でも! それなら何であんなにまずい果汁を飲ませたんですか!? その、特別な力で赤い実を美味しくすることもできたんじゃないのっ!?」
「そんな都合のいい力ではないんじゃて。それに……美味い? 不味い? は私らの都合じゃて。植物達は一生懸命生きておるのじゃから、その個性は大切じゃて。まぁ、でもあれかて……参考までに伝えておくと、完熟したシブイチゴの渋さは未熟なシブイチゴの百倍くらいじゃて」
(……なっ!?)
……ブチッ!
老婆の発言で、アイカの中にある何かが切れる。
「ちょっとアンタ! 私を殺す気かぁーー!! やっぱり私を助ける気なかったでしょ!? 凄かったのよ! めちゃくちゃ不味くて、本当に死ぬかと思ったんだから!!」
「ひょっひょっ。若いウチからそんなに、殺すだの死ぬだの口にしてはいかんて。全く、起き上がったそばから元気なお嬢ちゃんじゃて」
アイカは老婆に組みかかって問いただそうとしながらも、別の重要な疑問を思い出す。
「はぁっ、はぁっ……まぁ、さっきのことは忘れないけど……助けてくれたから良しとしておくわ。でもお婆さん、聞いてもいい? この世界では容姿の成長は十八歳の姿で止まるんでしょ? どうして……その、あなたはお婆さんの姿なの?」
「ひょっひょっ。お嬢ちゃん達、来訪者じゃて? それでは知らんのも無理は無かろうて。私たちゃ『森の妖精』と呼ばれる存在じゃて。私ゃ『プリム』。で、あっちの爺さんが『ポルトミーヌ』じゃて」
(……なっ!?)
(……ええっ!?)
老婆の言葉を聞き、アイカとヒマリは顔を見合わせて硬直する。
「ヒマリ、聞いた? お婆ちゃんとお爺ちゃん……森の妖精さんなんだって」
「うん、ママ。何か、思ってたのと違うね……」
アイカとヒマリの危機に現れた二人の老人。それはアイカ達の想像とは全く異なる容姿をした森の妖精だった。




