カルネを助けてあげて!
ドシエ達の縄張りを抜けたアイカ達は森を進んでいる。
「カルネ? 以前はお猿さん達の縄張りはこの道には無かったのよね?」
「はい、アイカ。実はこの森に到着した時も少し違和感……というか、雰囲気の変化みたいなものを感じたのですが、何か不測の事態が起きているのかもしれませんね。もしかしたらパンソー様のご乱心の影響かもしれません……」
「えっ? 魔女さんって、乱心しちゃうだけでそんなに影響力あるの?」
「分かりません。何にしても経験したことのない事態ですので……でも、パンソー様は森の動物達を可愛がってらっしゃいますし、動物達もパンソー様を慕っています。可能性がないとは言い切れませんね」
アイカとカルネが話しながら歩いていると崖に渡る吊り橋が見えてきた。カルネは吊り橋を指差して言う。
「あの吊り橋です。ドシエ達は吊り橋の向こう側には行きませんから、吊り橋を渡れば安全です。さあ渡りましょう」
吊り橋に近づいて崖の下を見るとかなりの高さがある。下を見て歩くには若干恐怖を感じるほどだ。
「結構な高さね……ねえカルネ? 私、高いところ苦手なの。私のすぐ後ろにいてもらっていい?」
「分かりました」
慎重に進もうとするアイカとカルネとは対照的に、ヒマリは吊り橋を勢いよく駆けていく。
「わぁー! 凄ーいっ! こんなに高いところ歩いてるーっ!」
「ボーッ!」
ヒマリとボボは元気に駆けたり飛んだりして吊り橋のスリルと絶景を楽しんでいるが、高いところが苦手なアイカは一歩ずつゆっくり渡る。
(もうっ! 私、高いところ苦手なのにっ! ……それにしても、今まで緩やかな上り坂を歩いてきたけど、こんなに高いところまで来ていたのね。下まではビルの十階くらいの高さかしら?)
アイカは足がすくみながらも、慎重に一歩ずつ進んで吊り橋を渡りきる。ヒマリは到着したアイカに興奮気味に言う。
「ママー、この吊り橋、もう一回走って渡ってきてもいいっ!?」
「そんなのダメに決まってるでしょ! 遊びじゃないんだから!」
「ええー。つまんないのー」
「ボボーッ」
ヒマリもボボも膨れ顔を見せる。
「あはは。ヒマリとボボは楽しんでいるようですね。でもパンソー様の所まではあと少しです。先を急ぎましょう」
「はーい。仕方ないなぁ」
吊り橋を渡ってさらに森を進むと前方から近づいてくる大きな動物が見えた。
「あ、あれはっ!」
カルネはその姿を見つけると、警戒する素振りもなく近寄っていく。
「ちょっとカルネ! 何だか大きい動物みたいだけど大丈夫なのっ!?」
「はい、アイカ! 彼は『アンクル』と言ってパンソー様の近くに住んでいるヒグマです。彼は私のことも知っているので危険はありません。おーい! アンクルー!」
(そ、そうは言っても大きなヒグマでしょ? 私たちは初対面だし……本当に大丈夫!?)
カルネは手を挙げてアンクルの名前を呼びながら近づいていく。
……グググッー。
(……えっ? アンクル!?)
カルネの親しげな様子とは異なり、アンクルは周囲を威圧するような重々しい気配を醸し出している。しかしカルネが異変に気付いた時点では時すでに遅く、アンクルは右腕を振り回し、カルネに襲いかかってきた。
「わあっ!?」
カルネは咄嗟にバックステップでその攻撃を回避する。そしてアンクルの様子をよく見ると、言いようのない不吉な気配……というか、何か悪いものにでも取り憑かれたような危険な気配が感じられた。
「アンクル! 一体どうしてしまったというのです!? 私はカルネですよ! 私のことが分からないのですか!?」
「グオォーッ!」
……バーン!!
アンクルは後ろ足で飛び上がり、上方向からカルネに攻撃を仕掛ける。カルネは横に飛んでその攻撃を回避する。
「うわぁっ!」
目の前で始まったヒグマとの戦闘にアイカも慌てて声を上げる。
「ちょっとカルネ! この熊さんは安全なんじゃなかったの!?」
「アイカ! 私にも状況が分かりません! アンクルが襲ってくるなんて! 普段はパンソー様にも私にも懐いてくれる大人しい熊なのです!」
……バーン!!
怒り狂ったようなアンクルの攻撃が容赦なくカルネを狙う。
(……くっ! このままではアイカ達が危ないですね! まずはアイカ達を安全な所に!)
カルネはアイカ達の安全確保を優先して指示を出す。
「アイカ! ヒマリとボボと一緒に木陰に隠れていて下さい! 私はアンクルを遠ざけます!」
カルネがはがねの剣を抜き、真っ直ぐアンクルに向ける。
(……アンクル、君を傷付けたくはありませんが、かすり傷程度の怪我は許して下さいっ!)
「グオォーッ!」
「はぁーっ!」
……バキーンッ!
……ザザァッ!
カルネはアンクルの攻撃をはがねの剣で器用に受け流しながら後退し、時折、反撃する素振りも見せながら少しずつその場から離れていく。
(……よしっ。このままアイカ達から距離を取ったら一気に走って逃げましょう)
こうしてカルネの作戦が上手く進むと思われた時だった。
「グオォーッ!! グオォーッ!!」
(えっ!? アンクル!?)
アンクルは今まで以上に怒りを思わせる危険な気配を放ち、猛スピードでカルネに突進する。そして勢いよくタックルを仕掛け、カルネを自身の肩に乗せたまま崖の方へ突き進んだ。
「カルネー!」
「ボボーッ」
カルネの危機を感じ取ったヒマリとボボは、隠れていた木陰から飛び出してカルネとアンクルを追ってしまう。
「ちょっと! ヒマリ、待ちなさい!!」
アイカもヒマリとボボを制止すべく追いかける。そしてアイカがヒマリに追いつき、その肩を掴んで動きを止めた時、遠くではあったがその光景をはっきりと目にした。
「グオォーッ!!」
「うわぁーー!」
崖際まで突き進んだアンクルは、肩に乗せていたカルネを右腕でつかみ、勢いよく崖の下へ投げ落としてしまった。
「カルネーッ!」
アイカの叫び声と同時にヒマリの声が飛ぶ。
「ボボ! カルネを助けてあげて!!」
「ボボーッ!!」
ヒマリの声を受け、ボボは全速力で崖に落ちるカルネに向かって飛んで行く。
……ビューーン!!
「うわぁーーっ!!」
「ボボーッ!」
(……えっ? ボボ!?)
ボボは落下するカルネに追いつき、触手のような紐状のものをカルネの腰に回して浮かせようとする。しかしボボが作り出せる浮力ではカルネの身体を浮かせることはできず、落下の速度を緩やかにする程度の効果しかない。
「ボボーッ! ボボーッ!」
浮き上がろうと必死に頑張るボボの努力もむなしく、カルネとボボは崖の下に落ちてしまう。
……ザザァッ! バキッバキッ!
カルネとボボは崖の下に生えていた木に落下した。ただ、ボボが速度を緩めたために、カルネが木の枝にぶつかったときの衝撃は軽くなった。
「痛たたっ……」
「ボーッ、ボーッ」
ボボがカルネを心配して声を出しながらカルネの周りを飛び回る。幸い、怪我をしなかったカルネは手を伸ばしてボボの頭を撫でる。
「ボボ、ありがとう。助かりました。ボボが来てくれたおかげで怪我をせずに済みましたよ」
「ボーッ! ボーッ!」
カルネに怪我がないことが分かりボボは安堵の声を出す。そしてカルネは体勢を整えて木から下り、崖を見上げる。
「この崖を登るのは無理ですね……ボボ! 走りますよ! 森の入口まで戻ることになりますが、アイカ達の所に戻るには今はそれが最善の方法です!」
「ボボーッ!」
ボボはカルネの言葉に頷くように声を出し、全速力で走り始めるカルネの後を追う。
(アイカ、ヒマリ! あんな危険なアンクルは初めて見ましたが、なるべく早く行きます! ……何とか無事に逃げてください!!)




