ママは凄かったんだよ!
カルネはアイカ達と合流した。ひとまず執拗に抱きついてくるアイカの要望に応えて抱きしめる。しかしカルネは周囲の様子を見回し不可解な点をいくつか感じた。
(アイカに渡した護身用ナイフが転がっている? あと、よく分からない鉄の固まりと鉄の棒?)
カルネはアイカを抱きしめたまま、優しく頭を撫でてなだめるように問う。
「すみません、アイカ。ドシエ達が数匹こちらに来たかと思うのですが、無事でしたか?」
「あぁ、もうっ! 思い出しただけでも怖くなっちゃうっ! 私、必死でドシエ達を追い払ったの! でも、ほんと怖かったわよーっ!! 私、ナイフなんて使ったことないから!」
「そ、それは……怖い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした……」
「うん、怖かった。今でもまだ……すごくドキドキしてるの。私の胸のドキドキ、カルネに伝わってる?」
(アイカ……本当に怖かったのですね。身体も少し震えてるようです)
カルネはアイカの恐怖を包み込むように優しく抱きしめた。続いてヒマリとボボの様子も確認する。
「ヒマリとボボは大丈夫ですか? 怪我などありませんか?」
「うん! ヒマリは大丈夫!」
「ボボーッ!」
ヒマリとボボに怪我がないことに安心したカルネは穏やかな笑顔を見せる。その綺麗で理想的な笑顔を間近で見てしまったアイカは、カルネに抱きついたまま見入ってしまう。
「あの、アイカ? そろそろ移動しましょう。あと少しで吊橋です。そこまで行けばドシエ達も来ませんから」
「うーん……でもお願い、もうちょっとだけこうさせて」
アイカはカルネの腕の中で可愛い女子としてしおらしく振る舞う。その状況にカルネは少しだけ照れと気まずさを感じてしまう。
「はい……分かりました。ところでアイカ? ドシエ達はすぐに立ち去ったのですか? ナイフが転がっている所を見ると、襲われたようにも思えるのですが?」
「あーん! すごく怖かったから……私、何も思い出したくないーっ!」
アイカは自分がドシエ達を鉄のお玉で殴って退治した……という重要な部分を隠して都合よく、かつ可愛らしく振る舞う。しかしその横では素直なヒマリが悪意なく、素の感情でアイカにとって残酷な事実を伝える。
「聞いてカルネ! ママは凄かったんだよ! ここにある鉄のお玉でお猿さん達をボッコボコにやっつけたの!」
「ボボーッ! ボボーッ!」
ヒマリとボボは陽気にファイティングポーズを取っておどけ合う。決して悪意はなく、アイカの本当の姿とその勇姿を伝えようとしただけの行為である。しかし、カルネはヒマリの言葉に戸惑う。
(……えっ? アイカがドシエ達をボッコボコに!? 震えるほど怖がっているのに!? 一体どういうことですか!?)
カルネは引き続きアイカを抱きしめているが、ヒマリの言葉では状況が分からず困惑する。そして抱きしめられているアイカはカルネに気付かれないようにヒマリの方を向き、鋭い視線で何かを伝えようとする。
(ヒーマーリーッ! お願いだからっ! 余計なことは言わないでーっ!)
……ゴゴゴゴゴッ!
アイカは怒りの気配と自分の意思をヒマリに伝えようとする。しかしヒマリとボボがそれに気付くことはなく、興奮が止まらずに喋り続ける。
「聞いてよカルネ! ママはね! そこにある中華鍋と鉄のお玉を振り回して、お猿さん達の頭をバシバシ叩いて、簡単にやっつけちゃったんだよ!!」
「ボボーッ! ボボーッ!」
(……ヒーマーリーッ!)
カルネの腕の中でアイカは小さく震えて続けている。しかしこの時点でアイカの震えは、ドシエ達の恐怖から生まれた震えではなく、「余計なことをバラしたヒマリに対する怒り」から生まれた震えに置き換わっている。
(……えっと、アイカは「怖かった」と言っていますが、ヒマリ達は「アイカがドシエを簡単に退治した」と? これは、一体どういうことでしょうかっ!?)
カルネは疑問を晴らすために、とりあえずヒマリから話を聞く。
「ヒマリ? アイカは、この鉄のお玉というものでドシエ達を退治したのですか?」
「うん、そーだよ! パッカーン! パッカーン! って、一発でお猿さんを泣かせて地面に転がしたの!」
(何ですって!? アイカがあのドシエ達を一発で地面に転がしたっ!? 一体どんな凶悪な攻撃をしたというのですか!?)
ヒマリの口から出る立て続けの暴露に、カルネの腕の中でうずくまるアイカの震えが止まらない。カルネは震えるアイカを優しく抱きしめたまま確認を続ける。
「でも、ヒマリ? アイカにそんな力があるのですか? アイカは武器を持ったこともないか弱い女性ですよ?」
「聞いてカルネ! ママはね! 中華鍋と鉄のお玉を持ってパワーアップしたら強くなるの! それにね、前にパパが言ってた! ヒマリが生まれる前のことなんだけどねっ。パパとママが喧嘩した時、ママが鉄のお玉でパパの頭を叩いてきたって! あれ、めちゃくちゃ痛かったって! 痛くて痛くて泣いちゃったって! だからね、『ヒマリは好きな男の子ができても、鉄のお玉で頭を叩いたりしたらダメだよ』って! パパと約束したのっ!」
……ブチッ!
カルネの腕の中でアイカの何かがキレる。
(……コーウースーケーッ!! 私の知らないところでヒマリに何て言う私の黒歴史を暴露してくれてるのよ! ……それ、事実ではあるんだけどっ! ……でももう頭にきた! 許さない! こうなったら……これからはビール代わりに飲んでる平日の発泡酒は二日に一回に減らしてやるわ! 飲めない日は……炭酸水でも飲んどけばいいのよっ!)
……ゴゴゴゴゴッ!
カルネの腕の中でアイカの怒りの炎が燃え上がる。
(……えっと、アイカから異様な気配がっ? 何と言いますか、これ以上この話題には触れないほうが良さそうですね)
アイカのただならぬ雰囲気を察したカルネは静かにアイカを抱きしめる腕を緩め、いつも通り落ち着いた様子を装って進行の準備を始める。微妙な雰囲気の中、アイカも無言で中華鍋と鉄のお玉を拾い上げて準備を整える。その気配に気まずさを感じたヒマリがアイカに言う。
「……ママ? 何だか怒ってる? ヒマリ、何か変なことを言っちゃった?」
「ううん? いいのよ。ヒマリは何も悪くないわ。ヒマリが素直で無邪気で元気でいてくれることが……ママはとっても嬉しいの。うふふ」
アイカは優しく満面の笑みを見せる。その満面の笑みを見てヒマリは直感的に察する。
(あっ……ママ、やっぱり何だか怒ってる!?)
「さてと、せっかくヒマリが出してくれた中華鍋と鉄のお玉。持って行かないとね。何か役に立つかもしれないし」
平常心を装うアイカの行動に、ヒマリは言葉にならない恐怖を察する。
(ママ、やっぱり怒ってる! えっと、ヒマリがきっと変なことを言っちゃったんだよね。またパパの秘密をばらしちゃったのかなっ? ……ああっ、パパ、ごめんなさい!)
こうしてコウスケは自身の知らないところで、今後はいつも平日に飲んでいる発泡酒の半分が炭酸水に置き換わることとなった。そして身なりを整えたアイカ達は再び森を進んでいく。




