甘ーい人参さん!
「嫌ああぁぁーーっ!」
アイカの悲痛な叫び声が上空にこだまする。
「ちょっと、カルネ! こんなの聞いてないわよ! 私、高いところが苦手なんだからーっ!」
アイカは目を閉じて必死に親ウサギのカニフにしがみつくが、隣からはヒマリの楽しそうな声が聞こえてくる。
「ママーッ! 見て見てー! カニフちゃんもコンパちゃんも大っきなお耳で空を飛んでるよ!」
(……えっ!?)
ヒマリの言葉を聞きアイカは恐る恐る目を開けると、カニフとコンパは大きな耳を翼のように羽ばたかせて優雅に空を飛んでいた。
「アイカ、どうですか? これなら怖くないでしょう? 彼らは飛び出した直後こそ一気に大ジャンプをしますが、その後はこうしてゆっくり飛ぶのです」
「あーん! それは分かったけど……でも怖いわよー! カルネお願い! 私にしっかりしがみついてー!」
「わ、分かりました……もうすぐ目的地ですからしばしのご辛抱を」
どさくさに紛れて過大な要求をするアイカだが、カルネは快く応えてくれる。
「ところでアイカ? ラビタクの醍醐味として、着地時には急降下してスリルを味わう……という楽しみ方もあるのですが、試しにいかがですか?」
「カルネのバカッ! そんなの無理に決まってるでしょ!」
反射的に否定するアイカだったが、その隣でヒマリは無邪気に興味を示す。
「わぁー! それ楽しそうだね! カルネ! 私、やってみたい!」
「こらっ、ヒマリ! 余計なことを言わないで!」
「ふふ。ヒマリは空の旅を楽しんでいるようですね。ヒマリもこう言ってますし、せっかくの機会ですからやってみましょうか!」
カルネは出発の時と同様、足でトンッと軽くカニフの脇腹を蹴る。
「キュー!」
するとカニフとコンパは羽ばたかせていた翼代わりの耳を止め、一気に急降下を始める。
「いーやーあぁぁぁーーっ!!」
「あははっ! すごーい! ジェットコースターみたーい!! ヒマリね! 一回ジェットコースター乗ってみたかったのー!」
アイカによる断末魔の叫び声と、ヒマリによる歓喜の叫び声が上空から一気に落下する。そして地面が迫ってくるギリギリのタイミングでカニフとコンパは耳を羽ばたかせ、衝撃なく滑らかに着地した。
……ザザァッ!
(……も、もうダメ。魔女に会う前に、この時点で精も根も尽き果ててるわ)
こうしてアイカ達は目的地である魔女パンソーがいる『ボワの森』の入口に到着した。カルネは自分から順に固定ベルトを外してアイカとヒマリを降ろす。そして、移動の報酬である人参をカニフとコンパに与える。
「キュッ! キュッ!」
「キューッ! キューッ!」
「カニフちゃんとコンパちゃんは人参大好きなんだねー」
「そうですよ、ヒマリ。人参は彼らの大好物です」
「そっかぁ。いつも私がお家で食べてる大好きな人参もすっごく甘いから、食べさせてあげたいなー」
「はぁ、はぁ……そうねヒマリ。あれは私たちの地元特産品でとびきり甘い人参だから、カニフとコンパにあげたら喜びそうね」
「あーあ。食べさせてあげられないのが残念!」
アイカとヒマリの会話を聞き、カルネはある疑問を感じて提案する。
「ところでアイカ、ヒマリ? こちらのボボはヒマリのクレヨンで描かれて生まれたのですよね? ……ということは、ヒマリがクレヨンで描いたものは全て実体化させられるのではないですか? その、ヒマリが好きな人参ももしかしたら……?」
(……えっ? そういえば今まで驚くばかりでヒマリの特殊な能力のこと、ちゃんと考えてなかったわっ)
「そうよヒマリ! できるかもしれないわ。試しにやってごらんなさいよ」
「うん! 私の大好きな人参、カニフちゃんとコンパちゃんにも運んでくれたお礼に食べさせてあげたい!」
ヒマリは鞄からクレヨンセットとお絵かき帳を取り出す。赤とオレンジのクレヨンを使って自分が大好きな人参を思い浮かべながら描いていく。
ふふーん♪ ふふーふふーん♪
そしてヒマリが鼻歌を歌いながら二本の人参を描き終えると、ボボが生まれた時と同様にそれは起きた。
……ピカーン!!
クレヨンセットとお絵かき帳の中の人参がまばゆく輝き始める。
……ボンッ!!
するとそこにヒマリが大好きな二本の人参が現れた。
「やったー! ママー! 大成功!!」
(……凄い、本当にできちゃった。ヒマリの特殊な能力……いよいよこれは本物ね)
ヒマリはカニフとコンパに人参を与える。
「はいっ、カニフちゃん、コンパちゃん! 私が大好きな甘ーい人参さん! 召し上がれっ」
「キューッ!!! キューッ!!!」
「キュッ!!! キュッ!!!」
カニフもコンパもヒマリが差し出した人参を頬張りながら、ジャンプしてとても喜んでいる。これまで味わったことがないとびきり甘い人参に大興奮の様子だ。
「あははっ。私の人参おいしい!?」
「キューッ!!」
「キュッ!! キュッ!!」
するとカニフとコンパは大きな耳でヒマリを持ち上げ、バレーボールのトスをするようにヒマリを交互に投げ上げて感謝を伝える。それを見たボボも宙を舞うヒマリの周りを飛び回って楽しんでいる。
「きゃははっ。ママーッ! これ楽しいー! カニフちゃん、コンパちゃん! ありがとう!!」
「キューッ! キューッ!」
「キュッ! キュッ!」
「ボボーッ! ボボーッ!」
(巨大なウサギにトスされる娘とその周りを飛ぶ奇妙な物体……何とも不思議な光景だわ)
顔をやや引きつらせながら不思議な状況を眺めるアイカだったが、ふとカニフとコンパの側に置かれた大きなリュックに気付く。それはカルネが移動の報酬として仕入れた人参を入れたリュックなのだが、残りの人参は半分程になっている。
「ねえ、カルネ? あのリュック、人参が半分くらい入ってるみたいだけど、どうするの? 魔女さんのところに持っていくの?」
「いえ、違います。あれは帰りの移動をした時に彼らに渡す予定の人参です。パンソー様に会いに行っている間、カニフとコンパにはここで待機してもらいます。夕方にはここに戻ってこられる予定ですので、その待機料込みでここに置いていきます」
「えっ? でも私たちが離れたら、カニフとコンパがあの人参を持って逃げちゃったりしないの?」
「いえ、私たちは信頼関係で成り立っていますのでそういう心配は無用です。それにもしお互いの信頼を裏切るようなことをすれば、次から移動の依頼をされなくなることも彼らは知っていますから」
「凄いわね。何て言うか、本当にプロフェッショナルなのね……」
「ええ、彼らの仕事に対する熱意と誇り、責任感は我々も見習うべき点がありますね。さて、ヒマリー! そろそろ行きますよー!」
「はーい、分かったよ、カルネ! カニフちゃん、コンパちゃん、ありがとうー!! ばいばーい!!」
「キューッ! キューッ!」
「キュッ! キュッ!」
ヒマリは手を振りながらカニフとコンパに別れを告げ、皆で魔女パンソーがいるボワの森へ入って行く。




