後ろからアイカを抱きしめます
カルネは巨大なウサギに近づき地図を指さして何やら相談をしている。次のウサギ、次のウサギ……と何匹かとの相談を繰り返した後、アイカ達を呼ぶ。
「アイカー! ヒマリー! ボボー! 話がまとまりました! こちらへ来てくださーい!」
手を挙げて自分の名前を呼ぶ憧れの韓流アイドルと同じ姿のカルネは、アイカの妄想の中ではもはや、恋人が野原で動物と戯れながら自分を呼んでいる姿に変換されている。
(ああっ! もう、こんなのウサギ園でのデート状態じゃない!? 幸せ過ぎるっ!)
「あーん! カルネー! 今行くーっ」
アイカは恋人気分のまま、十八歳の軽やかなスキップでカルネの元に吸い寄せられていく。
「ママーッ! 待ってー!」
「ボーッ!」
ヒマリとボボもアイカの後を追いかける。カルネの元にたどり着くと巨大なウサギが二匹、カルネの傍らで人参を食べていた。ウサギをよく見てみると二匹には少し体格差があり親子のようにも見える。巨大なウサギたちに若干怯えながらアイカは状況を確認する。
「カルネ? 私たちは状況がよく分からないんだけど、これはどういうこと?」
「はい、説明しますね。この国ではこちらの巨大ウサギが長距離移動の手段です。我々は彼らを『ラビタク』と呼んでいます。巨大ウサギの背中に乗って、目的地まで移動するのです。先ほどは地図を見せて移動距離を確認し、報酬として渡す人参の量を交渉していました」
「えっ!? そうなの? でも交渉って、このウサギたちはカルネの言葉が分かるの?」
「言語の一言一句までは分かっておりませんが、地図、人参、あとは身振り手振りでお互いの意思疎通ができます。それに長年の私たちの関係性で、『人や荷物の運搬が人参報酬の対価となる』……ということもウサギたちは理解しています」
「そうなのね……でも、どうして何匹かと交渉をしていたの?」
「はい、それはウサギたちによって行き慣れた方向や、必要とする報酬の人参量が違うからです」
(そ、そこは現実的……って言うか、大人の世界って言うか、厳しい世界なのね)
ふんわりと可愛いウサギたちの雰囲気とは対照的に、厳しい競争原理が存在していることにアイカは引きつった笑顔を見せる。そうしてアイカが戸惑っていると、巨大ウサギの身体を撫でようとヒマリが興味津々で近づいてゆく。
「わぁー、ウサギさんなのに大っきいー! お耳も大っきくてゾウさんみたいー!」
「あっ! こら、ヒマリ! 危ないわよっ!」
慌てて注意するアイカだったが、カルネが一匹のウサギの頭を撫でながら言う。
「大丈夫ですよ、アイカ。彼らは乗客に危害を加えたりしません。そこは誇りとプライドを持って我々と接してくれます。ほらヒマリ、そちらのウサギに人参をあげてごらん」
ヒマリはカルネから手渡された人参を巨大ウサギに差し出すと、巨大ウサギは喜んで頬張った。
「キュッ、キュッ!」
「わぁー、ママ、見てみてー。ウサギさん、ヒマリの人参食べたー!」
「そ、そうね……」
何かの間違いがあればヒマリの腕ごと持って行かれそうな体格差だが、アイカはカルネの言葉を信じて見守ることにした。
「ところでカルネ? 私たちは三人とボボで、ウサギは二匹なんだけど……これはどういうこと? 一人につき一匹じゃないの?」
「はい、こちらの二匹……実は親子のようですね。身体の大きい親ウサギには私とアイカ、一回り小さい子ウサギにはヒマリとボボを乗せてもらいます」
(……えぇっ!?)
カルネの思いがけない言葉にアイカの妄想が爆発する。
(一匹のウサギの背中に二人で一緒に!? それって! ……抱きつくよね!? 私、カルネに抱きつくよね!? 抱きついていいんだよねっ!? 憧れの人に抱きついて、動物の背中に乗って、野原をぴょんぴょん移動するデート!? こんな幸せなことがあっていいの!? ああっ、神様仏様! 本当にありがとう!!)
アイカは抑えられない興奮をあらわにしてカルネの側に近づくと、軽くカルネの袖をつまんで引いた。そしてもう忘れてしまった少女の可愛らしい上目遣いの記憶を必死に呼び覚まし、精一杯の演技と女のアピールをみせる。
「ねぇ、カルネ? ……私、ウサギさんの背中なんて怖いなっ。私が落ちないように、しっかり掴んでいてね」
「ええ、勿論です。移動中にウサギの背中から落ちたら危ないですから。私が後ろからアイカを抱きしめます」
カルネの言葉を聞いてアイカの妄想は爆発の域を超えて噴火する。
(抱きしめますって!? ……後ろからっ!? 後ろからなのっ!? ……私が前で、カルネが後ろから来てくれるの!? ああっ、もうダメよ……妄想だけで倒れそう!!)
妄想で悶え死にしそうなアイカの傍らで、カルネはテキパキと移動の準備を始める。
「ヒマリ、ボボ。こちらのウサギに乗って下さい」
カルネはヒマリを抱き上げてウサギの背中に乗せる。ボボは自ら宙に浮きヒマリの背中にくっついた。
「わぁー、背中がふかふかで気持ちいいー」
ヒマリはウサギの背中に顔をうずめ、ふわふわの毛並みを楽しみながら言う。
「ねぇ、カルネ? この子に名前はあるの?」
「いえ、ありません。でも移動の間だけでも名前があった方が便利ですね……では、こちらの子ウサギは『コンパ』、そちらの親ウサギは『カニフ』と呼ぶことにしましょう」
「わぁー、カッコイイ名前! よろしくね、コンパちゃん!」
ヒマリはコンパの背中を優しく撫でる。
「キュー、キュー」
「キュッ、キュッ」
巨大な親子ウサギはカルネの名付けを喜んでいるようだ。話している間もカルネは手際よく出発の準備を進める。
リュックからベルトを取り出し、ベルトをコンパの身体にぐるりぐるりと三重に回してしっかりとヒマリの身体をコンパに固定する。それを見たボボは紐状の触手のようなものをヒマリの身体に回して自分の身体を固定する。
「ボボ、君は賢いね。落ちないようにしっかりヒマリに掴まるんだよ」
「ボー、ボー」
「ヒマリ、安全ベルトでしっかり固定しているからコンパから落ちることはないと思うけど、移動中はコンパの背中にしっかりしがみついていてね」
「うん、分かった!」
カルネはヒマリとボボの固定を終え、今度はアイカの準備を始める。
「アイカ、身体を持ち上げますね」
……シュッ。
(えぇっ!? いきなりこんな大サービス!?)
カルネに突然お姫様抱っこをされたアイカが親ウサギのカニフの背中に乗せられる。
(ああっ! 今っ!? 私、お姫様抱っこされたよね!?)
カニフの背中でジタバタと悶えるアイカに、カルネがぐるぐると何重にもベルトを回してしっかり固定する。
「大人が初めて乗るなら、固定はこのくらいですかね……」
ピンッ、ピンッ……とアイカの固定具合を確認するカルネの姿に、アイカは若干の違和感を覚える。
(えっ? ……これってどういうこと?)
「ちょ、ちょっと聞いてもいい? カルネ?」
「ええ、どうぞ」
「私、今……何でこんなにベルトでぐるぐる巻きにされてるの!?」
「ええ、移動中にカニフから落ちると危ないですから。安全のためです。さて、私も乗りますよ。失礼します」
そう言いながら、カルネはクルッと一回ベルトをカニフの身体に回して自分の身体も固定する。訳が分からないアイカだったが、ぐるぐるのベルト越しに背中からしっかりとカルネに抱かれて昇天せんばかりの興奮状態となる。
(ああっ、ダメッ! ……私っ、もう死んでもいいわっ!!)
そんなアイカの興奮をカルネは全く感じることなく、平然と出発の合図を出す。
「では、行きましょう。カニフ、コンパ、お願いします!」
カルネは軽くドンッ……とカニフの腹部を足で蹴る。
(今からデートが始まるのね! 綺麗な野原を二人でウサギに乗ってピョンピョン! ウサギデートが始まるのね!)
アイカのドキドキが最高潮に達した時……それは起きた。
……ボンッ! シュゥゥーッ!!
これまで穏やかで可愛らしい雰囲気だったコンパとカニフは集中を始め、気合いとも覇気とも感じられる凄まじいエネルギーを放出する。まるで、戦闘機が空母からスクランブル発進でもするかのようなおぞましい気配を感じたアイカは不安を覚え、慌ててヒマリとボボ、コンパの方を向いた。
すると次の瞬間、その光景にアイカは自分の目を疑った。
……ドーンッ!!
ヒマリ達の姿が一瞬でアイカの視界から消えてしまった。
(……えっ!?)
そして息をする間もなく、それはアイカ自身にも起きる。
……ドーンッ!!
「えっ!? ええっ!? 嫌ああぁぁーーっ!! 私っ、死にたくなーいっ!!」
のどかな平原で響き渡ったアイカの悲鳴はロケットで打ち上げられたかのように……一瞬にして遥か上空の彼方へ消えていった。




