第三話 黒文字の手紙と秋の葡萄
第三話 黒文字の手紙と秋の葡萄
胸の奥を太い針で刺されたような痛みが走り、マリー・アントワネットは銀のペーパーナイフを握る手に力を込めた。十月の長雨がガラス窓を激しく打ち据え、庭園の木々の葉は茶色く縮んで泥水の中に落ちていたが、王太子妃の居室の暖炉には湿った薪がくすぶり、煙たい灰の臭いが鼻についた。化粧机の上には、オーストリアの特使メルシー伯爵が直々に届けてきた母マリア・テレジアからの親書が、黒い封蝋を割られたまま広げられている。便箋に並ぶ几帳面で鋭い筆跡は、「寝床を共にして半年が過ぎても懐妊の兆候がないとは、同盟の価値を自ら投げ捨てるに等しい愚行である」と容赦なく彼女を責め立てていた。故郷を遠く離れたこの冷たい石造りの宮殿で、自分は王太子妃ではなくただの役立たずの荷物として見なされているのだと察し、彼女は手紙を握りつぶしそうになる指先を震わせた。
「メルシー伯爵、母上はウィーンの暖かい暖炉の前で安楽椅子に座りながら、私のことなど何も知らずに筆を走らせておいでなのですわ。シェーンブルン宮殿の庭で私が仔犬を追いかけていた頃のまま、出来の悪い娘を叱りつければすべてが片づくと信じ込んでいらっしゃるのです」
吐き捨てるように言うと、黒い喪服のような礼服を着た伯爵は眉ひとつ動かさず、静かに頭を下げた。
「王太子妃殿下、女帝陛下のご懸念は当然の儀でございます。回廊を行き交うプロヴァンス伯や宮廷貴族たちの間で、この婚姻の未通を理由とした無効の申し立てが囁かれ始めているのを、殿下ご自身もお気づきのはずでございます」
特使はそう告げると、机の上に置かれていた冷めたハーブ水が入った銀のグラスの横に、羊皮紙で包まれたウィーン名物の焼き菓子ツッカーベッカーの小包をそっと置いた。
午後のお茶の席が広間に用意されたが、秋風が吹き抜ける大広間は肌寒く、置かれた陶器の皿には冷え切った仔羊のローストと、皮がしなびて甘みの抜けた紫色の葡萄が転がっていた。アントワネットは薄桃色の絹のローブ・ア・ラ・フランセーズの袖口を擦り合わせながら、向かい側の席で黙々とフォークを動かすルイの姿を睨みつけた。夫は先週と同じ緑色の狩猟着を着ており、肘のあたりには昨日の森の小枝で引っ掛けた破れ目がそのまま残っていた。宮廷の誰もが自分たちの寝室の沈黙を嘲笑っているというのに、この男は昨日届いた手紙の重みも知らず、ただ目の前の食べ物を胃袋に流し込むことしか頭にないのだと彼女は早合点し、手元にあったフォークの背でテーブルクロスを強く叩いた。
「殿下は、ご自分の弟君であるプロヴァンス伯が、昨夜の舞踏会でどんな顔をして私を見ていたかご存知ないのですか。あの方は、私がすぐにでもオーストリアへ送還され、ご自分が王位を継ぐ日を今か今かと待ちわびていらっしゃいますのよ」
甲高い声が広間に響き渡ると、給仕の従僕たちが一斉に視線を床に落とし、広間の空気が氷のように張り詰めた。
ルイは口に運ぼうとしていた肉片を皿に戻し、太い首筋を赤く染めながら、いつものように右手の親指の爪をカリカリと音を立てて擦り合わせた。その右手首には、前の晩に置かれたままの真鍮の蝶番の油の匂いが染み付いており、爪の間には黒い鉄粉が詰まっていた。自分の不安と苛立ちをすべてぶつけてしまった後で、彼女はまたしても取り返しのつかない失言をしたのだと悟ったが、喉が引きつって謝罪の言葉を紡ぐことができなかった。窓の外では雨足がさらに強まり、屋根の雨樋から溢れた水が中庭の石畳をけたたましく叩き続けていた。
「……プロヴァンス伯の乗る馬は、右の前脚の蹄鉄がいつも少し内側に曲がっている。だから、あの男の足音は廊下の遠くからでもすぐに分かるんだ」
ルイはアントワネットの顔を正面から見ようとはせず、ただ皿の隅に散らばった乾いたパン屑を指先で一粒ずつ集めながら、低く籠もった声で呟いた。
「ええ、そうですわね。足音など、今はどうでもよろしいではありませんか」
アントワネットは苛立ちを隠せないまま唇を噛んだが、ルイはなおもパン屑の小さな山を指の腹で押し潰しながら言葉を続けた。
「どうでもよくはない。蹄鉄の打ち方が悪い馬に乗っていると、いつか落馬して骨を折る。……それから、母上の手紙の封蝋は、オーストリアの古い蜜蝋を使っているな。ヴェルサイユの松脂入りの赤い封蝋と違って、少し甘い蜂蜜の匂いがする」
ルイは上着のポケットから油布を取り出すと、アントワネットが机の上に置き去りにしていた真鍮製の蝶番を指先でなぞり、ゆっくりと油を塗り始めた。
夜の帳が下り、寝室の大きな暖炉の火が頼りなく揺れる中、アントワネットは純白の夜着に身を包んで天蓋付きの寝台に横たわっていた。枕元の小机の上には、母からの手紙と一緒に届いたツッカーベッカーの包みが開けられ、シナモンとアーモンドの香りが微かに漂っていたが、彼女は一口も口にする気になれなかった。隣に滑り込んできたルイの体からは、雨の日の森の泥と、あの真鍮の金具を拭いた機械油の独特な匂いが立ち上っていた。婚姻の無効という言葉が頭の芯で鐘のように鳴り響き、彼女は敷布を強く握りしめながら、背を向けて横たわる夫の広い背中を見つめた。
「殿下、明日の朝は、雨が止むとお思いになりますか」
震える声を押し殺してアントワネットが問いかけると、暗がりの中でルイの背中が小さく上下した。
「……明日の昼には晴れる。北の空の雲が、夕方には少し千切れていたからな」
ルイは寝返りを打つこともなく、布団の中で右手の親指の爪をカリカリと擦り合わせる音を立てながら、ぼそりと短く応じた。




