第24話 達成確認書に、印を入れます
《商務調整事務所》の鍵が、机の上で小さく光っていた。
亡母の遺産と私有財産の回収。立替金の債権確定。実績の帰属認定。家族および元婚約者との法的分離。
すべて達成している。
古契の終了条件は、請願者本人が救済目的の達成を認めること。
私が「まだだ」と言い張れば、命令権とゼノスの救済執行義務を残せる。彼を引き留めるために、契約の解釈を曲げられる。
それは、私を無償で働かせ続けようとした父やヴィクトルと同じだった。
私は達成確認書の最後へ印を入れた。
「ゼノス」
「うむ」
「私から奪われたものは正しい場所へ戻りました。救済目的は、完全に達成されました」
古契が青白く光る。
命令権と救済執行義務が消えた。私が彼へ命じる根拠は、これで一つもない。
「これで、あなたは自由です」
ゼノスは虚空に宝物庫を開いた。
去るのだと思い、指先が、机の縁で止まる。
彼が取り出したのは、欠けたティーカップ、潰れたガラスペン、インク染みのメモ、焦げた焼き菓子、安すぎる報酬額を消した見積りの下書きだった。
「契約中に預かった宝を返す」
「それは、ほとんどゴミです」
「我の宝物庫では黄金より上に置かれていた」
「勝手にゴミ箱から拾わないでくださいと、何度言えば」
呆れた声が震えた。
ゼノスは、一つずつ私の机へ戻した。
「以前の我なら、汝自身も宝物庫へ置いた。だが汝は、囲われて守られることを望まぬ。宝だからこそ、持ち主へ返す」
彼は先回りして「残る」とは言わなかった。
私が決め、自分の口で言うのを待っている。
条件ではなく、願いを口にする方が、ずっと怖い。
「契約は終わりました。それでも、あなたがここにいたいと思ってくれるなら」
私は達成確認書の角を揃えた。
「命令ではなく、私の意思として、これからも隣にいてほしいです」
ゼノスの金の瞳が、ゆっくり細められた。
「承知した」
大きな手が、私の手を包む。
「命令権などなくとも、我が意思で汝の隣を選ぶ」
契約があるから離れないのではない。
自由になったあとで、互いに残ることを選んだ。
私はようやく泣いた。
ゼノスは涙を止めようとせず、私が顔を上げるまで、ただ手を離さなかった。




