第2話 復讐ではなく、返却手続を始めます
婚約解消から三日後、私は婚約披露会の会場前で《返却対象リスト》をもう一度めくった。父とアーデン家は、私が整えていた予約を取り消さず、披露される婚約者二人の名だけを差し替えて会を強行したのだ。
母のタウンハウスへ移ったあと、ゼノスが提案したのは「元婚約者を王都の上空へ吊るす」「屋敷を逆さにする」「王都からアーデン家だけ切り取る」の三案だった。
私はすべて却下し、《人を傷つけない》《第三者を巻き込まない》《建物を壊さない》《国家機能へ干渉しない》と書いた。
「人間の復讐には、禁止事項が多すぎる」
彼は本気で感心していた。
「だから復讐ではなく返却です。私の名義で、私が全額を支払い、贈与していない現物だけを戻します」
ゼノスに法的な所有者は判定できない。
分かるのは現物の位置と移動履歴だけだ。
領収書、発注控え、名義、贈与の有無は私が読む。
判断するのは人間で、彼は指定した物を運ぶだけ。
その原則を、私はリストの一頁目へ太字で記した。
母のタウンハウスへ移った晩、客室を案内した時の会話も気にかかっていた。
「召喚された古竜は契約主のそばを離れてはならぬ」と彼は言った。
「巻物のどの条文ですか」
「人間の目には判じにくい古語の箇所だ」
「なら、王宮の古語官に確認を――」
「その前に、明日の返却対象を確定せぬのか」
話をずらされた気はした。だが大半を読めない私には確かめようがなく、国家災害級の古竜を野放しにもできない。ひとまず隣室を使わせ、《無断で壁を抜かない》という生活条項だけ増やした。
そして今、ホールの中では、私が数か月かけて整えた青薔薇、引き出物、銀食器、貸し馬車が、妹と元婚約者の門出を飾っている。
「全部、汝の元へ集めればよいのだな」
「いいえ。一つずつ。数と状態を照合します」
「一息で済む」
「在庫確認です。間違いがあった時、一息では原因を追えません」
ゼノスは難しい顔をした。
「それが、ぞいこかくにんという人間の儀式か」
「在庫確認です。では、項目一。引き出物用の贈答箱、百二十個」
長い指が鳴った。
ホールの隅に積まれていた箱が、一箱も崩れず、私の背後へ移った。
「項目二。青薔薇の装飾。これは買い取り分だけ。花器は会場備品なので残してください」
花だけが帯のようにほどけ、空中を滑って私の側へ集まる。花器は一つも倒れない。
音楽が止まった。
何が起きたのか分からない招待客の視線が、一斉にこちらへ向く。
ゼノスが自然に一歩前へ出た。長身の背が私と人垣の間に入り、視線だけを遮る。魔力も鱗も見せていない。
「気にせず続けよ。在庫確認の途中であろう」
突き刺さる目が見えなくなっただけで、握っていたリストの端から指の力が抜けた。彼は会場を黙らせず、私が自分の声を出せる場所だけを作った。
「ありがとうございます。では、次の項目へ進みます」
ゼノスは楽しそうに目を細めた。
「人間の返却とは、国を焼くより面白いな」
「まだ二項目です。勝手に増やさないでください」
その時、会場の中央からヴィクトルが人垣を押し分けてきた。
私はリストの三番へ指を置いた。
彼に恥をかかせるためではない。
私が供給していたものの名前を、ひとつずつ私へ戻すためだった。




