第18話 揃ったはずの証拠が、崩れました
書面審理の往復に三週が過ぎ、公開審理の六日前――クレインから証拠開示が届いた。対象は婚約解消前の《東倉庫分割納品案件》。独立後に受けた《北街道天候遅延案件》とは別契約だ。
一枚目は《業務代理確認書》。青葉月十五日――婚約解消の八日前――の日付と、私の署名がある。
ユリウス商会との正式契約はアーデン家名義で締結する必要があった。主要条件を私が組み上げたあと、締結、支払、履行事務だけをヴィクトルの代理権限で処理するために署名した書類だ。
だが文面には、過去の条件交渉まで代理業務と読める曖昧さが残っていた。
二枚目はヴィクトルの陳述書。
『主輸送業者の撤退後、青葉月九日、レーヴェン家でクロエへ三分割納品および東倉庫受入れを含む主要条件を口頭指示した』
虚偽を作ったのはヴィクトルでも、攻め方を設計したのはクレインだ。彼は確認書の穴と、二人が会った唯一の日を結びつけている。
「署名したのは私です」
言い訳はできない。善意で後処理を引き受けた時、自分の成果を相手が奪う可能性まで詰め切れなかった。
翌日、さらに悪い知らせが来た。
ユリウス様が証言を辞退した。届には《取引上の支障により》としかない。
同じ便で、《北街道天候遅延案件》後に結んだ継続契約の一時停止通知も届いた。係争が終わるまで、新規案件の発注を止めるという。
私はローデリック様へ、金融機関と商会への広範な職権照会を求めた。
却下された。
「辞退したというだけで、王宮が商会の融資情報をすべて開かせることはできません。古竜を怖れた可能性も、別の圧力も、単なる経営判断もある。特定の記録へ結びつく端緒を、まず貴女が示してください」
正しい判断だった。だから余計に苦しかった。
タウンハウスへ戻り、私は夜が明けるまで紙を並べた。
確認書は本物。
ユリウス様は来ない。
ヴィクトルが青葉月九日に私と会ったことも、来客簿に残っている。
受付簿、除外一覧、グラーツ運送組合の営業記録は強迫争点には使える。だが、実績帰属をひっくり返す記録ではない。
ゼノスが、長い沈黙のあとで言った。
「ユリウスのもとへ、我だけで行こう。汝が証言を求めるのではない。あの男が自ら話すなら、法にも汝の禁止にも触れぬ」
「それは――」
即座に却下しかけて、言葉が止まった。命令も対価もない。本人が自発的に話すなら、形式上は合法だ。
だが、世界を滅ぼせる古竜が証人の前へ現れたあとで得た言葉を、自由な証言と呼べるだろうか。クレインは接触の事実だけで、審理全体を崩せる。
「行かないでください」
「話を聞くだけでもか」
「あなたが頼まなくても、会いに行くこと自体が答えを迫ります。私が必要なのは、彼の口を開かせる方法ではありません」
では何が必要なのか。
そこまでは、まだ分からなかった。
ゼノスは口を閉じた。
朝になっても、勝ち筋は見つからなかった。
三度読み返した書類から、新しい文字は生まれない。私は机へ額をつけた。解決策を考えられない自分を、初めて認めた。
「今日は休め」
「休めません」
「では、食べよ」
差し出されたパンにも手が伸びなかった。
その日一日、私は同じ頁をめくり、同じ場所で止まり、何一つ進められなかった。
夜、机の上には、答えのない書類だけが残った。




