第17話 古竜を使った返却は、強迫だと言われました
王宮法務庁の小会議室で、ローデリック様は申立書を机へ置いた。
「申立人側弁務士はテオドール・クレイン。披露会当日の目撃記録、複数の招待客の陳述、財産移動後に取引が離れた時系列を揃えています。感情論ではありません」
対面には、クレイン本人もいた。
「レーヴェン嬢が帰属に争いのある品を除外した点は承知しています。しかし、国家災害級の存在が翼の影を広げた直後に行われた選択を、通常の自由意思と扱えるでしょうか」
敵の本丸は、私が何を返したかではない。
あの力を見たあとで、誰が私へ「嫌だ」と言えたのか。
「本件は五つの争点に分けます」
ローデリック様が読み上げた。
「一、返却現物の所有と貸与。二、古竜を背景にした強迫。三、立替金と亡母資産。四、取引先離脱の自発性。五、実績帰属」
最終的な立証責任は申立人側にある。
ただし古竜という前例のない強制力について一応の疑いが示されたため、私にも、対象を広げなかったこと、拒否者へ報復しなかったこと、威圧を継続しなかったことを客観記録で説明する負担が生じる。
「公開審理では二と五を扱います。一、三、四は商務監査局の調査担当二名が書面で先に整理する。私は手続の進行と調書の管理を担い、調査と最終判断には加わりません」
私は、三つの書面審理について証拠目録と提出期限を定めるよう求めた。申立人側の主張も同じ様式で固定することを条件に、認められた。
輪郭のなかった疑いが、反証できる五つの項目へ分かれた。勝ったわけではない。それでも、何を証明すべきか分からない状態からは一歩進んだ。
謁見の間で出会った国王アルベルト三世の名が記された設置命令が示された。
国王は商務監査官、王家法制官、国王任命の特別審理官からなる三名の特別審理部を設け、最終裁定と執行には王印を要すると定めていた。
ローデリック様は、私が提出しようとしたユリウス様の礼状を戻した。
「これは採用できません。貴女へ好意的な文面は、怖れて書いた可能性を排除できない」
初めて、彼は明確に私へ不利な判断を下した。
「では、本人に証言を」
「本人が自由に応じるなら。ただし王宮から出頭を強制するには、強迫とは別の具体的な必要性が要ります」
クレインが淡々と付け加えた。
「証人へ接触する際、古竜を同行させた場合は新たな強迫事実として追加します」
ゼノスの首筋へ鱗が浮きかけた。
「ゼノス」
私が名を呼ぶと、鱗は消えた。
敗訴した場合、古竜が動かした現物は旧占有者へ一旦戻される。
立替金と亡母資産は別手続からやり直し。
争われた商務実績はヴィクトルの代理業務のまま残る。
そして「古竜を用いた私的強制執行者」という公的認定により、私の事務所の信用は終わる。
勝負に負ければ、取り戻した人生をもう一度失う。
「承知しました」
私は礼状をしまった。
「好意ではなく、拒否できた事実を集めます」
廊下へ出たところで、ゼノスが低く言った。
「我が姿を見せたことが、汝の傷になるのか」
「あの日の判断は私がしました。責任も私にあります」
彼に罪悪感だけを背負わせる気はなかった。
「今回は、人間の記録で勝ちます。あなたは、私が頼むまで何もしないでください」
「……承知した」
その答えは、炎より重かった。




