玖拾 生贄
1
男達はみんなボロボロで、静先生と紅葉も重傷。
スミレのお蔭で呪術の鬼が死に、紅葉に寄生していた蟲が死んだ。
紅葉は雨音の背中で、意識を取り戻した。
「雨音くん、降ろして。自分で歩く」
彼女は彼の背中から降りようとした。
「紅葉ちゃん、気が付いた? よかった。紅葉ちゃんが死ななくて…」
雨音は喜んで、紅葉に抱き着いた。
「雨音くん…」
紅葉は雨音が泣くのを見た。雨音の涙が彼女の頬に落ちた。
紅葉は複雑な気持ちになった。
彼女は雨音を押し退けた。
「雨音くん。私、雨音くんと別れたい」
「え!?」
雨音は目を点にして、紅葉を見詰めた。
「私、優順不断な人は嫌い。雨音くんは誰か、他の女の子を探して。好きな人とつきあっていい」
紅葉はさっさと歩き出した。
雨音はぽかんとして、見送った。
「雨音が…フラれた…!」
雲林院が呟いた。
「紅葉、もういいの?」
蘇芳が聞いた。
「うん。スッキリした」
紅葉は振り返らない。
「雨音は命懸けで助けに来たのに。紅葉ちゃん、どうしたんでしょう?」
雲林院が蘇芳に聞いた。
蘇芳は雨音に、
「ワガママな妹で悪かったな。遠慮せんと、他の女の子のとこ行けよ。咲良ちゃんとか」
と、言った。
「咲良ちゃんには今日、大っ嫌いって言われました。僕、なんで紅葉ちゃんにフラれるのか、よくわかんないです」
雨音は脱力感に襲われた。
「咲良ちゃんはどうしたん?」
「京都御所に置いてきました。連れて来てません」
「ええ判断やと思うわ。咲良ちゃんは俺達がマナブを殺すとこ、見たないやろ」
蘇芳が頷いた。
2
旭は左足を引き摺りながら、先に姫塚へ向かった。
意識が飛びそうになるのを、歯を食い縛って耐えた。
旭は草が生い茂る裏山の、狭い小道を昇ってゆく。
月明かりが仄かに照らしている。
彼は物音を聞き、先客を見た。
狩衣を着た一匹の鬼が、せっせと穴に土を戻していた。
鬼は銀髪。角を一本生やしていた。
旭は一瞬、ぎょっとした。
鬼は誰かを生き埋めにしている。
一回にすくう土の量がシャベルに大盛りで、すぐに穴が埋まっていく。
絶望的な、甲高い悲鳴が聞こえていたが、じきに声がしなくなった。
鬼は旭をちらっと見た。
鬼の眼は闇の入り口のように黒かった。
鬼は旭に興味無さそうに再び土をすくって、穴に投げ込んでいった。
旭は急いで、鬼の真後ろを通り抜け、小山の頂へ着いた。
小山の頂は陥没して、石室の天井板が棺へ落ち込んでいる。
旭は山上から聞いた通りに、安倍晴明の道具を並べた。
小山の頂を祭壇に見立て、貴船の龍神穴で山上が並べたのと同じように。
星の配置を示すもの。ガラクタにしか見えないもの。
旭はどれに何の意味があるのかも知らない。
ただ、残り僅かな命を賭けて並べることが、彼の使命だった。
「これで最後…」
旭は震える手で、四神の置物を並べた。
彼はガクッと、地面に倒れた。
ちぎれかけていた左腕の付け根から肘にかけ、ピキピキと割れ始めた。
どろどろと黒っぽい血が流れた。
極太のミミズみたいなものが数本はみ出し、ぶるんぶるん震えながら広がった。
粘液が流れ、左腕の骨が露出した。
ミミズみたいなものが個別に激しく動き、裂けて、畳まれた羽根が出て来た。
「うう…」
旭は転がり、左腕を押さえた。
旭の左腕のミミズから、悪魔じみた黒い羽根が開く。
彼の額とこめかみの血管が浮き上がり、ピキピキ鳴って、また裂け始めた。
そこからもミミズが何本か出て、彼の視線の先で蠢いた。
どろどろ粘液を垂れながら、新しく生まれた角がミミズの腹を破って伸びて来る。
先刻の、穴を埋めていた鬼が現れた。
「ははぁ。おぬし、鬼になりかけておるぞ。さては、穢れの鬼の血でも浴びたか…?」
シャベルの柄に顎を置き、ニヤニヤして旭を眺めた。
「嫌だ…。鬼になってたまるか…」
旭が唸った。
彼の口から極太のミミズが一本、びゅっと勢いよく飛び出した。
黒い粘液を巻き散らし、中から蛇の二股の舌が出て来た。
「シュウ…、シュウ…」
旭の蛇舌から、穢れた空気が漏れた。
旭は苦しくて、目頭と目尻から涙を滲ませた。
「鬼になりたくないと思うほど、鬼になってしまう。この世を逆恨みする故に。何故、自分がこんな目に…、と己を憐れむほど、心が捻じくれて卑しくなる」
鬼が旭に助言した。
旭が鬼に変貌することに、優しげに同情を込めて話す。
旭は鬼になった酒井を思い出した。
旭の頭の中は、いろんな思いでいっぱいになった。
彼の意思とは関係なしに、傷口からミミズがはみ出て、黒い粘液を撒き散らした。
粘液を浴びた草が変色し、枯れていく。
彼の腹から内臓が飛び出し、彼の片目の眼孔から膨らんだ目玉がはみ出た。
「うう…」
旭は頭痛で狂い死にしそうだった。
「殺してくれ、雨音…。俺はもう…鬼になってしまう…」
旭は雨音の名を呼んだ。
鬼は旭の側に落ちいてる、血染めの剣・東雲をしげしげと見た。
東雲は先端が両刃で、途中から片刃になる。
「この太刀は…、山上神社の祝の太刀じゃな」
鬼が東雲を手に取った。
旭は鬼の足元で、ビクビクと痙攣していた。
「ああ、そうだ…。山上さんは…剣の師匠で…、大切な仲間だった…」
旭はこの鬼に殺される覚悟をして、その瞬間を待った。
苦し過ぎて、殺される方がましだと思った。
「おぬしを手にかけることはせぬ。私が学瀛に命じられたのは、咲良という采女を埋めることだけ。その用事も、既に済んだ」
鬼は東雲を小道の脇に突き立て、淡々と話した。
「咲良ちゃんを埋めた!?」
旭は東雲の太刀にすがり、杖にして半身起こした。
旭の頭から顔へ、黒い血が噴水みたいに流れ出す。
鬼が靴の片方を寄越した。
黒い革のローファーで、スミレが履いてきた靴だった。
「人違いだ! その子はスミレちゃんだ。咲良ちゃんは来てない。すぐに助けてやってくれ、頼む!」
旭はゴボゴボ血を吐き、血にむせた。
鬼は舌打ちした。
「やはり、人違いか。まぁ、構わぬ。姫塚の霊は生贄が乙女なら、どこの誰だろうと気にするまい」
カイチは旭の頼みを断った。
「今埋めたばっかりなんだろ!? すぐ掘り出せば、助かるかも。スミレちゃんは関係ない。紅葉ちゃんの同級生ってコトだけだ。巻き込まれるなんて、可哀相だ!」
旭は手を合わせて頼んだ。
カイチは鼻を鳴らした。
「ふん。姫塚の霊が祟るぞ。大水害が起こって、大勢死ぬぞ。おぬしはそんなことを望むか?」
「グガッ…」
旭は大量に、黒い血を吐いた。
人としての旭が終わる時が来た。
旭は痙攣を起こして、のけ反って、爪先から頭の先まで逆に反り返った。
「ぐはぁ…っ…」
旭の息が詰まった。白目を剥く。
「穢れの鬼か。我等鬼ですら、忌み嫌って避ける…」
カイチは旭を気の毒そうに見下ろし、数歩下がった。
「ウゲェーッ…」
旭が喉に詰まったものを吐いた。
緑色で、酸っぱい匂いと苦い味がした。
内臓が腐っていく。
全身が緑色のカビに侵されていく。
旭の皮膚が弾け、腐乱した汁が飛び散った。
カイチは袖で鼻と口を押さえ、小道を降った。
途中、カイチは紅葉と出くわした。
紅葉、武蔵と静先生、蘇芳、雨音、雲林院らが、一本の狭い道に並ぶ。
「スミレちゃんを…どこに埋めたって?」
紅葉の声が怒りで震えていた。
「本人の同意を得た! あの娘が咲良だと名乗った! 蠱毒の鬼を殺す代わりに、姫塚の生贄になることを、本人が了承した!」
カイチが怒鳴り返した。
紅葉の眸に、涙が膨らんだ。
「私の為? 咲良ちゃんの為? どこに埋めたの? 私はスミレちゃんと約束した。死ぬ時は一緒って」
紅葉が刀を抜き、無茶苦茶に突っ込んだ。
カイチは難なく、舞うように刃をかわした。
カイチはシャベルを、崖の下へ投げ捨てた。
「知っていたら、違う娘を埋めたりせぬ。私は鬼神に誓って、嘘は付かぬ」
カイチが胸を張るのを、紅葉が突き飛ばした。
紅葉は鬼が降りてきた小道を駆け上がった。
彼女は小山の頂で、グロテスク極まりない、変わり果てた旭を発見した。
旭は東雲の太刀を逆手に握り、自分の胸に突き立てていた。
彼は自ら命を絶つことを選んだ。
鬼になることに甘んじなかった。
腸が飛び出し、腕と足から黒い羽根が生えていた。
「モ…ミジ…チャ…。来ルナ…」
旭の声が掠れた。
彼の口の中、粘つく糸が見えた。
雨音はスミレが埋められた場所へ飛んだ。
掘り返された土の匂いがしていた。
雨音は夢中で、土を素手ですくって掘り返した。爪の間に土が食い込んだ。
「退け、源次」
武蔵が薙刀を回転させ、天狗のレイが息を吹きかけた。
穴の土が半分吹き飛ばされた。
カイチは小道で嘲笑った。
「おぬしが源次か。遅かろう、源次。諦めよ…」
雨音は無視して土を掻き分け、スミレの腕を引っ張り出した。
スミレは土塗れで、無惨に絶命していた。
項垂れる雨音を見て、雲林院はカイチを睨んだ。
「なんで? スミレちゃんが死ななあかんの?」
「姫塚の祟りがあるぞ。誰のせいか? おぬしらじゃ! ここから下流は、洪水で沈む。おぬしもな!」
カイチは口を歪めて答えた。
武蔵は旭が呪術具を並べ終わっていること、彼が穢れの鬼に変わり果てたことを一瞬で見た。
「旭、よくやった!」
武蔵は東雲の太刀で貫かれた旭に近寄り、醜い彼を褒め称えた。
「…ムサ…シ…サン……」
旭は太刀の上に自重で伸し掛かり、ズブズブと刺さっていった。
紅葉は両手で口を押さえ、声を押し殺した。
蘇芳が紅葉の前に立ち、可哀相な旭を隠した。
武蔵は天狗のルイとレイに命じた。
「急げ。間に合うかも知れん。すぐ用意しろ!」
武蔵の視線が、雨音を探した。
「源次! 学瀛を連れて来い!」
武蔵が叫んだ。
「雨音、行ってくれ! おまえはマナブを連れて来るんや!」
雲林院がスミレの遺体を受け取った。
「わかった」
雨音は崖を滑り下り、鬼御殿へ入った。
カイチが斜面を昇ってきた。
「おぬしらの儀式、やめさせる…」
カイチが狩衣の大きな袖を開いた。
袖括りの紐の露先が揺れた。
カイチは紅葉の真ん前で立ち止まった。
彼は袖を指先で摘んで、ぴんと張った。
「火の里へようこそ…」
カイチの全身が藍色の燐光に包まれ、パチパチと電気が光った。
3
学瀛は主典を連れ戻った。
主典は気が触れて大暴れし、学瀛の方が手傷を負った。
主典を鬼御殿の寝所に担ぎ込み、休ませた学瀛は、引っ掻き傷と血だらけになって出て来た。
ナマズ侍が待っていて、
「学瀛様。カイチ様から連絡ありました。咲良を姫塚にて、生き埋めにしたとのことです」
と、報告した。
学瀛は胸に片手を当て、眸を閉じた。
「少し胸が痛む…」
「ご執心でしたな」
ナマズ侍が大型直刀を捧げ持ち、学瀛が受け取った。
「ああ。それも忘れよう。あの娘が私を忘れてしまったように、私もあの娘を忘れよう」
「千年、泣いていらっしゃったのでは? 一条の戻り橋で待ち続け、来なかった姫のことを…」
「言うな」
学瀛はナマズ侍を黙らせた。
「誰だ!?」
学瀛が影に気付き、さっと御簾を開いた。
崖側から月明かりが射し込んだ。
咲良が立っていた。
「何故、ここに!? カイチに生き埋めにされたはず!」
「生き埋め? 私は愛宕の大天狗の太郎坊に、ここまで連れて来てもらったの」
咲良は正直に答えた。
「カイチはどうした? 源次はどこだ?」
学瀛が周辺を見回した。
「会いたかった。マナブと話がしたかった。雨音くんのことは知らないよ」
咲良は鬼の整った横顔を見詰めた。恐ろしいとも感じなかった。
「油断させておいて、私を刺す。おことはそのような娘」
学瀛の方が警戒していた。
咲良は神泉を鞘のまま、床に置いた。
「これで信じてくれる?」
床に置かれた刀から、神泉の声がした。
「なりません、咲良。私で、その鬼を刺すのです。鬼を殺しなさい、咲良…」
咲良は深刻な面持ちで、
「私、彼と二人きりで話したいんですけど」
と、ナマズ侍に言った。
ナマズ侍は学瀛と目を交わし、席を外した。
咲良は辺りを眺め回した。
殺風景な、鬼の岩屋。
地下牢みたい。調度品も少ない。
目の前にいるのは、狩衣を着た赤毛の鬼。
咲良の胸に複雑な思いが込み上げた。
半年前、葵祭でマナブと出会った日のことや、首塚神社で噛まれたことを思い出した。
彼女を訪ねてきたマナブ。
彼から聞かされた、千年前の物語。
大江山の鬼の墓で、彼女を落石から守った彼のことを、思い出した。
「マナブは…、学瀛の中から去ってほしい。私は学瀛と話したい」
咲良が頼んだ。
一瞬、学瀛は不思議そうだった。
「おことが私をどう呼ぼうと、私は同じ。マナブは私の一部。この身は彼の肉だが、魂はもう混じり合っておる」
学瀛は説明した上で、
「されど、構わぬ。一時的に分離してみせよう」
マナブの気配が表面から消え、学瀛の気配だけが残った。
「咲良。おことを見るだけで悲しくなり、心が掻き乱される」
学瀛が咲良の胸ぐらを掴み、高く吊り上げた。
「学瀛。あの夜、私は一晩中迷ってた。戻り橋に行かなかった。あなたは共に行こうと言ったよね。私は姉を喰ったあなたと、鬼の里へ行くことは出来なかった…。私もあなたを見るだけで、悲しく辛くなった」
咲良が小さな声で話した。
「思い出を美しく偽らないでくれ」
学瀛は咲良の襟を手放し、床に落とした。
「おことは私の心を利用し、源次らに私を捕えさせた。私と主典は首を刎ねられ、その首は千年封印された」
学瀛は咲良を踏み付けた。
「そのマナブの体がなくなったら、学瀛はまた、どこかで眠ることになるの?」
「適当な器を探す。私に血を捧げたいと願う、鬼の志願者はいくらでもいる」
学瀛が答えた。
「じゃ、その体はマナブに返してあげてよ。マナブに返したからと言って、あなたが永遠に人を喰えなくなるわけじゃないんでしょ?」
咲良が頼んだ。
「代わりに何を供す? 咲良」
学瀛が聞き返した。
「私をあげる。殺していいよ。その代わり、もうたくさんの人を殺すことはやめてほしいの。私は生贄になる。その為に来たの。私の命で最後にしてほしいの。そうしたら、私もあなたを封印しない。あなたは千年の報復に、私を殺していいよ。学瀛」
咲良が囁いた。
「咲良。おことがそうして京の人々を救っても、私は鬼として、人を喰い続ける」
「静かに眠ってほしい…。あなたを神として祀る。神事はお祖母ちゃんに頼んだよ。家を出る時、お祖母ちゃんに手紙を書いてきた…」
咲良はスマホで撮った、手紙の写真を見せた。
学瀛は戸惑った。
学瀛の背後、鬼の寝所で、誰かが起き上がる気配がした。
「…マナブ。眠れない…。全然眠れない…」
主典が憑りついた男、カズチの不機嫌そうな声がした。
学瀛は主典に返事しなかった。
彼は咲良に、
「咲良。もし、私がマナブを捨て、おことに憑り移ったら…。京の人々に復讐するのも、馬鹿らしくなってきたところ。私がマナブを捨てれば、おことは私と共に生きるか?」
と、尋ねた。
「それでもいいよ。私は人を食べないよ。いつか朽ち果てる。一緒に行く?」
咲良が学瀛の暗い眸を覗き込んだ。
学瀛の片目。
彼のもう片目には矢傷がある。
「よかろう。決して裏切るなよ。今度こそ。おことの血を寄越せ!」
学瀛が咲良に、自分の短剣を差し出した。
咲良は唾を飲み込み、自分の左手首に短剣の刃を当てた。
血が滲んだ。
「えいっ」
咲良は思い切って、左手首を切った。
傷は浅かったが、血が一気に溢れた。
学瀛が咲良の血を舐めた。
学瀛の魂がマナブの肉体を離れ、マナブの肉体が床に転がった。
そこへ、
「咲良ちゃん、ダメだよ! 血を渡さないで!」
雨音が鬼御殿へ飛び込んできた。
「雨音くん!」
咲良が驚き、声を上げた。
「また騙したな、咲良!」
学瀛の禍々しい声が響いた。
「騙してないよ! 雨音くん、学瀛を殺さないで! お願い!」
咲良が叫んだ。
「君は僕らより、その鬼を信じるの!? 仲間より、その鬼を助けることを選ぶの!?」
雨音は咲良に失望した。
彼は気絶しているマナブの肉体に駆け寄った。
「マナブさん! マナブさん!」
マナブは固く目を閉じている。
でも、マナブの中の鬼の気配は、完全に消失していた。
「よかった。これで、マナブさんを殺さずに済む…」
雨音がほっとしたのも束の間。
鬼の岩屋に広がっていた黒い妖気が、咲良に流れ込んだ。
「源次ぃ…」
男の低音が、咲良の唇から洩れた。
雨音はぎょっとして、咲良を振り向いた。
咲良は目尻を吊り上げ、掠れた声で喋った。
「源次、私の首を刎ねてみろ。鬼切で、この娘の脳髄を貫いてみろ。…出来るものならば! 私と咲良は一つになった…。私の長い孤独は終わった…」
学瀛は歓喜していた。
咲良が学瀛の、ぶ厚く重たい大型直刀を拾った。
古代刀。鬼の金棒。
咲良は持ち上げられず、切先を引き摺った。
再び、鬼の寝所で主典の動く気配がした。
主典が荒い息で、はぁはぁ言ってるのが聞こえた。
「マナブー。しんどいよー。俺、どうしたのかなぁー? 気持ち悪いんだ。側にいてくれよぉ…」
主典の寝所の鉄格子が、ガタガタ鳴った。
大きな錠前がぶら下がっていた。
主典が揺さぶると、鉄格子ごと外れそうだ。主典は学瀛より、何回りも大柄と見える。
ルイに背負われた静先生が入って来て、
「渡邊くん。学瀛を姫塚へ連れて行きます。咲良もわかってる。咲良ごと、封印します!」
と、雨音の腕を引っ張った。
「何言ってるんですか、静先生! そんなこと、出来ません!」
雨音が静先生の手を払った。
静先生は憑りつかれた咲良に手招きした。
「咲良、いい子ね。こっちにおいで…」
主典の檻で、鉄格子の蝶番が外れた。
鉄格子の引っくり返った音が、鬼御殿中に響き渡った。
主典の強烈な妖気が流れ出した。
咲良は古代刀の先を引き摺りながら、静先生に向かって、じりじり歩き始めた。
咲良の眸に、暗い闇が宿っていた。




