捌漆 黒包帯に包まれた鬼
1
粉雪が舞う森。
紅葉の剣道着の袴が濡れて、バリバリに固まっている。
「あれがマナブの鬼御殿だ。すぐそこだ」
武蔵が山の頂を指差した。
それから、一時間。
「歩いても歩いても、まだ近付かへん…」
紅葉とスミレは疲れてきた。
「ねぇ、紅葉ちゃん。咲良ちゃんはどうなったんやろ…」
スミレが不安そうだった。
山の中腹に、一軒の荒家があった。
オレンジ色の灯りが外に漏れていた。
「鬼姥が棲んでて、包丁研いでそう…」
雲林院が呟いた。
「待って。覗いてみる…」
紅葉は壁板の節穴から、中を覗いた。
鬼の家族が楽しそうに団欒していた。
中央に囲炉裏があり、赤々と火が燃えている。
土間には、捕えられた人間が五人ぐらい蹲っていた。人間は縄で縛られている。
人間の気配を、鬼が嗅ぎつけた。
「何者じゃ!」
鬼が小走りに土間に降り、戸を開けた。
なまはげのように長い白髪。鼻は低く、意外にのっぺりした顔で、色白だった。
気持ち悪いのは、仮面みたいに固まった表情だ。
「人じゃ! 刀を持っておるぞ!」
鬼の家族は突然騒ぎ出し、荒家中を走り回った。
「人じゃー! 恐ろしい! ああ、助けてくれ!」
「仲間を取り返しに来たんじゃな!? この子の命は助けて…!」
鬼女が取り乱し、赤ん坊を抱き上げた。
雲林院はぽかんとした。
「何言ってるんですか? 俺達は赤ん坊を殺しに来たんじゃないんですけど。ほんのちょっとだけ、火に当たらせてもらえませんか?」
「人はいつもそうじゃ。最初は優しそうにものを言い、終いには鬼を捕って食う…」
「はぁ!?」
雲林院は目を見開いた。
「退け、鬼ども!」
武蔵が鬼を蹴散らかし、体格にものを言わせて、囲炉裏の前を陣取った。
「紅葉、スミレ、静も。ここに来い! 冷えた体を温めろ!」
紅葉達は鬼に遠慮しながら、囲炉裏端に座った。
雲林院と旭は捕えられていた人間の縄を解いた。
「旭さん、拍子抜けしましたね。こいつら、雑魚過ぎるっつーか。敵とちゃうんですかね?」
「敵に決まってるだろー」
旭は迷ったが、逃げる鬼を見て見ぬふりした。
結局、鬼の家族は全員逃げていった。
2
助けられた人間を代表し、中年男が両手を揉み合わせ、前に出て来た。
「危ないところを助けて下さって、ありがとうございました。私どもは建設会社と工務店の者で、土地開発で山に下見に来て、異界の鬼に捕まりました…。私は安達と申します」
安達は愛想よく話し、
「三日ぐらい、何も食べてません。腹が減って死にそうなんです…」
と、鬼が残していった食べ物と酒に手を出した。
捕まっていた男達は鍋の汁物をお椀によそり、骨付き肉にかぶりついた。
彼等は余程空腹だったらしく、ガツガツと食い散らかした。
安達が武蔵に話しかけた。
「あの鬼の家族は怖くないんですよ。怖い鬼は他にいるんです…」
すると、隣の若い社員が付け足して、
「いや、安達課長。私はその怖い方の鬼を殆ど見てません。たぶん、滅多に来ない鬼ですよ」
と、紅葉達を安心させようとした。
「鬼の家族が話してたんですけど、鬼が京に攻め入るとか言って、里の殆どの鬼を鬼御殿に召集しました。鬼は今頃、悪さの限りを尽くしてるんでしょうな…」
安達は他人事のように言った。
その頃、京都市街では。
正午、ランチタイム。
狭いけれど、オシャレなスペインパル。
生ハムを口に運ぶサラリーマンの男と、連れの女。
同じ職場の愚痴を話している。
壁にある大型液晶テレビでは、映画の宣伝を流している。
男はフォークでテレビを指し、
「あ、ほら。あの映画、見たかってん。日曜、一緒に行かへん?」
と、女を誘った。
「ゾンビのやつ?」
女は面倒臭そうに画面を見た。
「へぇー。3D映画もここまで進歩したの? ほんまにすごい。浮き出て来るみたいよー」
女はびっくりして、笑いながらゾンビを見た。
「ほんまやぁー。すげー。テレビから溢れて来るみたいやんー」
男も大笑いして、テレビに拍手を送った。
カウンターにいたオーナーとアルバイトも微笑んだ。
「すごいなぁー。なんでテレビの下まで手が出てるように見えるのかなぁー!?」
映画音楽が途切れたが、ゾンビはまだ蠢いている。
とてもリアルな動きで、カクカクして、この映像を作った人はすごいと思う。
店の客はみんな微笑み、ゾンビの動きに注目している。
黒い画面から溢れ出た等身大のゾンビは、
「へへ、へへ、へへへへ…」
薄ら笑いしながら手を前に繰り出す。
ボトリと落ちる、腐った内臓。
また一人、二人とゾンビが画面から這い出す。
ゾンビは足を引き摺り、前に進む。床がギシギシ鳴る。
ボロボロの衣装がはだけ、肋骨が露出している。
特殊メイクも凄過ぎる。紫の皮膚から虫が落ち、黄色い汁が滴った。
腐乱臭が刺激的に、美味しいスペイン料理の匂いを打ち消した。
数体のゾンビが、男の席まで辿り着いた。
「うわっ。俺、3Dゴーグルもしてへんのに、なんで目の前にゾンビがいるように見えるんやろ? あっ…」
男の手から腐乱死体がフォークをもぎ取り、トマトソースを長い舌で舐めた。
「…アリャ。…赤いから血かと思ったのに…」
腐乱死体が残念そうに言った。
男の客と、連れの女の動きが停まった。
「生ハムより、生肉がいい」
腐乱死体が女の手に、フォークを突き立てた。
「チンラ・りわ替日…って何?」
別の腐乱死体がカウンターに来て、メニューを右から左に読んだ。
「Aセットが本日のおすすめ…」
オーナーが言い終わる前に、
「食えりゃ何でもいいって…」
腐乱死体がオーナーの首に噛み付いた。
別の場所では。
先生が中学生を相手に、授業している。
教室の隅の掃除用具入れが、ガタガタ鳴った。
眼鏡をかけた男の先生が早足で、掃除用具入れに近付いた。
「誰や!? 小学生みたいな悪戯やな!」
先生がスチールの扉を引っ張った。
「へへ、へへ、へへへへ…」
中から笑い声が聞こえた。
「こら、開けろ。出て来い!」
先生はムキになって、力いっぱい引っ張った。先生の顏が赤くなった。
教室にいた生徒はどっと笑った。
今日は欠席者がいない。
生徒は全員席に着いている。
掃除用具入れに入り込んでいるのは、他のクラスの生徒だろうか。
バケツとホウキとモップがガタガタ鳴った。
先生は怒り出して、扉を蹴った。
「出て来い!」
何か、出て来た。
赤黒い液体が、扉の下の隙間から流れ出した。
床に血溜まりみたいなものが出来た。
「おい…?」
先生は慌てて、扉をもう一回引っ張った。
赤黒い液体を踏ん付けて、先生の靴が滑った。
尻餅を着いた先生。
扉がゆっくり開いた。
モップとホウキが倒れて来て、先生の頭にチリトリが載った。
最後に黒い遮光カーテンの塊が倒れて来た。
「わっ…」
先生が血でぐっしょり濡れたカーテンの塊を、抱き抱えるように引っくり返った。
「わぁー、誰ー!? 誰が入ってたー!?」
生徒達が集まってきた。
先生がカーテンで包まれたものを開いた。
人形の首が入っていた。
「くそっ。誰や、こんな悪趣味な…」
先生は人形と知って、ほっと胸を撫で下ろした。内心、とても慌てていた。
人形の首が先生の手の上で、パッチリと眸を開けた。
「へへ、へへへ、へへ…へへ……」
人形が嗤った。
「うわっ。何や、これ!? 気味悪…」
先生が人形の首を投げ捨てた。
血だらけのカーテンの中から、本物の腐乱死体が起き上がった。
腐乱死体には首が無かった。
腐乱死体が床に転がった人形の頭を拾い、自分の首に載せた。
「驚いた?」
人形の口が腹話術人形みたいにカクカク動いた。
「つまらない」
一番後ろの席の女の子が言った。
女の子がくるっと振り向いた。
顏が上下逆さに付いていた。
「先生…、遊ぼう…。みんなで…遊ぼう……」
廊下側の席の男の子が立ち上がった。
顏が横向きに付いていた。長い舌を出し、先生の顔に飛んだ血を舐めた。
「ギャッ…」
先生は思わず、おもらしした。
「先生はどんな角度が好き…?」
女の子が先生の首をゴキッと捻った。
数人の生徒が先生に近寄ってきて、手足を反対側にボキボキ曲げた。
「先生、僕の頭でサッカーしようよ」
首の無い子供の鬼が、人形の頭を取り外して、自分で蹴った。
あちこちで、鬼が暴れ始めた。
その頃、鬼の里では。
「安達課長ー。鍋、もう空っぽになりましたぁー」
若い社員が鍋を逆さまにした。
鍋から、何かがぽろっと落ちた。
見ていた紅葉は、嫌な予感がした。
鍋から出たのは、焦げた腕時計。時計の針が止まっている。
「あっ、これ…、社長の腕時計ですよ…」
男達は青褪めた。
「しゃ…、社長…」
彼等は骨付き肉をしゃぶるように食い、骨を皿に積んでいた。
積んだ骨は、鶏や鹿の骨とはちょっと違う。人間の骨に似ている。
「オ…、オエッ…」
男達が吐いた。
若い社員だけが頭を振り、安達にこう言った。
「課長。私達、まだ腹が減ってるんですよ…。一人食ったら、二人食うのも三人食うのも、罪は同じですよね?」
男の視線は、紅葉とスミレの方を向いた。
「自分が何を言ってるか、わかってます?」
スミレが男に尋ねた。
「そうだ、おまえの言う通りだ…」
安達は部下の言うことに賛成した。
男達は紅葉とスミレを見て、ヨダレを飲み込んだ。
雲林院と蘇芳は高校生で、旭は見た感じ、痩せている。
類い稀な美女の静先生は色っぽく、殺す気になれない。
とにかく手強そうなのは、武蔵だけ。
安達が武蔵に持ちかけた。
「あなたは鬼なんでしょう? 見たらわかりますよ。どうでしょうね…。みんなで、腹の底から温まっていきませんか? この子供達を…、一緒に料理しませんか?」
武蔵はすまして、天狗のルイとレイを振り返った。
「どうする?」
「急がないと」
ルイとレイが静先生を背負い、戸口から出て行った。
「だよな」
武蔵も去った。
「食えると思うなら、食ってみろよ」
旭が刀の柄を叩いて見せた。
「ガァウルル…」
男達は餓えた狼みたいに唸った。
「先に出て、紅葉」
蘇芳が紅葉とスミレを押し出した。
「アアー!」
紅葉の背後から、若い社員の悲鳴が聞こえた。
「言い出しっぺが食われるみたいですよ。一番弱い奴から順に…。助けますか?」
雲林院が蘇芳に聞いた。
「俺達は急いでる。それに、あいつらはもう鬼になってる」
蘇芳は素っ気なく断った。
断末魔の絶叫が響き、紅葉は手で耳を塞いだ。
3
紅葉は背中に視線を感じた。
「紅葉、俺の前を歩きよし」
蘇芳が紅葉とスミレの背中を押す。
「おにぃ、何か付いて来てる…」
紅葉が振り返ろうとした。
「見んとき、送り狼や。こけたら襲って来る」
蘇芳が言った。
「やっぱり、鬼なの?」
「紅葉、あの男達が言ってたじゃないですか。滅多に来ない、怖い鬼がいるって。そいつだと思います」
静先生がルイの背中から、紅葉を見下ろした。
「静先生。鬼の視線をめっちゃ感じます。ゾクゾクします…」
紅葉は緊張した。
武蔵が最後尾に来た。
「俺が相手する。おまえらじゃ無理だ…。心配するな、すぐに後を追う」
「バラバラになったら、敵の思うツボじゃないですか?」
旭は反対した。
紅葉は雪を踏む足音を、すぐ後ろに聴いた。
その足音の軽さから、小柄な鬼を想像した。
武蔵と旭が言い合っている間に、鬼の足音が近付いてくる。
雲林院は刀の鯉口を切ろうとする。鯉口が凍って、固い。
蘇芳がスラリと、蜘蛛切を抜く。
「頼光、見ない方がいいですよ。あれは見てはならぬものです。見ただけで、気が狂うかも知れません」
天狗のルイが蘇芳に警告した。
「蘇芳くん、これを使いなさい」
静先生がサングラスを渡した。
蘇芳がサングラスを掛け、鬼の方を向いた。
鬼はさっと、木立に隠れた。
長い髪が、幹からはみ出ていた。
鬼娘がチラチラと、葉陰からこちらを見ている。
「…若い女? 予想してたのと違うわ…。構へんけどな。容赦せぇへんで」
蘇芳が中段に構えた。
「馬鹿。引っ込んでろ、頼光…」
武蔵が首に掛けた数珠を揺らしながら、蘇芳を追い越して、鬼に向かって行った。
天狗のルイが紅葉達を引っ張り、茂みの裏側に座らせた。
「旭、見ない方がいいですよ。裸眼で見るもんじゃない」
天狗のレイが旭と雲林院を引っ張った。
蘇芳は鬼を挑発した。
「出て来いよ。俺、あんたらが会いたがって、殺したがってる、頼光って武士らしいぞ」
「世に有名な武蔵という男もいる」
武蔵が先に、薙刀を一振りした。
枝が切り飛ばされた。
鬼娘は手で顔を隠した。
その手は、黒い包帯が巻かれていた。
「声も出ぇへんのか?」
蘇芳が聞いた。
「あいつに口は無い」
鬼の代わりに、武蔵が答えた。
鬼娘が黒い包帯に包まれた両腕で顔を隠しながら、木立から出て来た。
鬼娘は蘇芳達に背を向け、ベタベタした黒い包帯を解き始めた。
「何や。後ろ姿、めっちゃ美人やんか」
蘇芳が冷やかした。
鬼らしくない、艶やかでまっすぐの黒髪をしている。
鬼娘は細いウェストで、丸く盛り上がった美尻をしている。単衣の黒い着物が、肢体の輪郭を官能的に見せていて、スタイル抜群だった。
着物の襟を広く開けていたが、豊かな胸ときれいな項も、ベタベタした包帯で覆われていた。
蘇芳はちょっと面白くなってきて、鬼娘が腕や首の包帯を解き終わるのを待った。
「頼光、油断するな。サングラスは取るなよ」
武蔵は僧衣の懐から、呪符を二枚取り出した。
一枚で自分の片目を封じ、もう一枚を蘇芳の額に貼った。
「なっ…、何するんですか。前が見にくい…」
「それでいいんだよ」
武蔵が飛んだ。
武蔵は鬼娘が脱ぎ終わるのを待たなかった。
「おい。それぐらいにしろよ。後は三途の河原で、奪衣婆に脱がしてもらいな!」
武蔵の薙刀が、どんな猛者でも千切りにする勢いで回転した。
鬼娘はか弱そうに見えて、武蔵の薙刀を空気のように避けた。
蘇芳が土を蹴った。
「後ろ姿が美人ってことは、振り返ったら顔面シワシワのババァなんやろ!? 俺もいい加減、わかってきたわ!」
蘇芳の蜘蛛切がスズメバチのようにブンと唸り、鬼娘の面を打つ。
ふわっと、鬼娘の単衣の着物が落ちてきた。
鬼娘は着物を脱ぎ捨て、木立に飛び込んだ。
「隠れてんと、はよ包帯解かんかい!」
蘇芳は林に踏み込まず、野で待った。
武蔵の膝が落ちた。
「ぐはっ…」
木立の間で、武蔵が血を吐きながら倒れた。
「武蔵!」
双子のルイとレイが同時に叫んだ。
「頼光! お願いします、その蜘蛛切で鬼を斬って下さい!」
レイが蘇芳に頼んだ。
「武蔵さん…」
蘇芳は躊躇した。
全身黒い包帯の鬼娘が、武蔵の顔に触れている。
武蔵から血飛沫が飛んだ。
「待て…、鬼め」
蘇芳の声が掠れた。
雪を被った木立は、お化けの群れのようだった。
彼はためらいながら、林へ入った。
「おにぃー!」
紅葉は茂みから飛び出しそうになった。
紅葉は裸眼で、黒い包帯の鬼娘を見た。
鬼娘はどす黒い妖気を迸らせながら、前髪を垂らした隙間から紅葉を見た。
紅葉の目の前にビカビカと、割れた太陽みたいな光がギザギザに走った。
視力を失いそうなほど、目が眩んだ。
胃がぐっと締められる感じがした。
「紅葉、ダメです! 見ないで!」
ルイが紅葉の目を手で隠した。
「何か…頭の大きさの割に、顏がデカかった…」
紅葉は鬼娘に違和感を感じた。
スミレは見たかったけれど、我慢した。
雲林院は我慢出来なくて、顔を覆った自分の手の指の間から、そっと蘇芳の方向を見た。
鬼娘の手が、蘇芳の頬に触れていた。
恋人に触れるように、愛おしそうに鬼娘の手が蘇芳の頬を撫でた。
その手指は、包帯を剥がした跡が付いて、デコボコしていた。
「蘇芳さん…、なんで斬らへんの…?」
雲林院は夢中で蘇芳を見た。
鬼娘は蘇芳の額の呪符に気を付けながら、サングラスに触れた。
林に倒れた武蔵は、片目を抉られていた。
「頼光…。見てはならん。見たら、おまえも…目を失う…」
武蔵が薙刀を杖にして、立ち上がった。
鬼娘が蘇芳のサングラスの蔓を、少しずつずらしていく。
蘇芳は鬼娘の顔を間近で、サングラス越しに見た。
急に眩しかった。
サングラス越しなのに、太陽を直視しているみたいだ。
蘇芳はグボッと血を噴いた。
鬼の光を浴びただけで、体の内から血が出た。
全身黒い包帯の鬼娘は、包帯の下に皮膚が一切無かった。
唯一の皮膚は頭皮だった。
鬼娘の表面を埋め尽くしているのは、充血し、膨らんだ目玉。
眼、眼、眼、眼、眼、眼。
血走った白目。
瞳孔が開き切った黒目。
鬼娘を覆う包帯がずれていく。
豊かな胸に見えていたものは、葡萄状の目玉の集合。
眼、眼、眼、眼、眼、眼。
「う…。大した見返り美人やん」
蘇芳が皮肉を言った。
「見るなと、あれほど…。頼光、その言葉は、そいつに顔を見たことを教えてるんだぞ…」
武蔵が唸った。
武蔵は傷口を押さえながら、鬼娘の背後へ回っていった。
「そいつは自分を見た者全てから、目玉を奪う…。目玉以外は奪わない…」
「へぇ…」
蘇芳はまた咳き込み、血を吐いた。
斬ろうと思うが、それどころじゃない。
鬼娘が蘇芳のサングラスを奪った。
蘇芳は刹那、目を閉じた。
鬼娘はサングラスを蘇芳の目と思い込み、自分の胸へ捻じ込んだ。
レンズが割れ、鬼娘の胸から血が流れ出た。
その時、
「しゅあっ…」
武蔵が吠えた。
武蔵の薙刀が鬼娘の首を刎ねた。
蘇芳は目を閉じたまま、感覚だけで、鬼娘の首を蜘蛛切で刺し貫いた。
手応えがあった。
武蔵は鬼の最後を見届けた。
「もう目を開けていいぜ、頼光」
鬼娘はめらめら燃え上がって、炎が赤い翼を広げていく。
そして、灰が散るように散っていった。
蘇芳は不機嫌になった。
「武蔵さん、わざと片目を捨てましたね?」
蘇芳は頬に付いたベタベタした液体…鬼の涙を、剣道着の袖でゴシゴシ拭いた。
「それがどうした? それでチャンスがあるなら、いいじゃねーか?」
武蔵は白いサラシを、片目の傷の上に巻いた。
ルイは安心し、息をついた。
「あれは目食いという鬼です。危なかったですね」
「でも、武蔵さんが…」
紅葉とスミレはおろおろした。
「武蔵はあの程度では死なないのです。千の矢を射かけられて、千の槍と刀で突かれでもしない限り、不死身なのです」
レイが答えた。
「不死身じゃないわ。武蔵にも弱点があるわ」
静先生が怒ったように言った。




