漆捌 洞窟の龍
1
「早く行かんと、旭達が危ない」
山上は急いて、車を飛ばしていた。
交差点の赤信号で停まった時、突然、誰もいない助手席のドアロックが鳴った。
勝手に解除され、ドアが外から開けられた。
山上はぎょっとした。
歩道から乗り込んできたのは、前髪の長い片目の男だった。
「マナブ…!」
驚き過ぎて、山上の息が止まりそうになった。
「信号、青になりましたよ」
マナブが山上の肩を叩いて、すまして言った。
山上は知らないうちにアクセルを踏み、車を発進させていた。
「何ですかね、僕達を残さず殺そうと。そんなもの持っ来て…」
マナブは運転席の後ろの席に積まれた鞄を指差した。
阿倍晴明から預かった道具が入っている。
山上の背中に冷汗が流れた。
「よそ見運転しちゃダメですよ。危ないなぁー」
鬼なのに、マナブは行儀よくシートベルトを締めた。
黒い妖気がもわもわと、山上の方へ押し寄せてきた。
「お、おまえ…」
山上の喉で言葉が絡まった。
「バン!」
マナブが山上を人差し指で撃つ真似をした。
「ほーら、もう死にましたよ。死んだも同然ですね。この状況で。あなたの武器はトランクに入ってんだから。山上」
マナブは今、ネズミを弄ぶ猫の心境だ。
「お…、俺は今忙しいんや。おまえの相手はまたこの次…」
「僕の母親を先に殺そうってんでしょ?」
マナブは山上の言葉に反応した。
山上もすぐ言い返した。
「あれはおまえの母親ちゃう。学瀛の母親に憑りついて、喰った鬼女や」
「じゃ、この僕は何者ですか? マナブに憑りついて片目を喰った学瀛なのか、学瀛と同化して生き続けてるマナブなのか?」
マナブは自分のほっぺたの肉を摘み、引っ張った。
前髪が揺れ、暗い眼窩が垣間見えた。
「おまえはマナブや」
山上が答えた。
貴船の川沿いの、曲がりくねって暗い道に入る。
「うーん、邪魔な人ですね。山上は、旭達が僕の母に喰われることを、ただ受け止めるしかない。そんなに僕に相手してほしいなら、この次、晴明からもらった道具、僕に試してみればいい。次まで命があれば…」
マナブは嗤いながら立ち上がり、車の壁を擦り抜けた。
同時に、車に衝撃波が来た。
車はガードレールに激突し、回転しながら川に転落した。
川は浅いが、車がボコボコになり、完全に潰れた。
逆さまの車内で、山上は頭から血を流し、気絶した。
しばらく意識がなかった。
2
雨音は静先生を病院に連れてゆき、女の子達を送った。
途中、彼は何度か旭や山上に電話したが、何故か電波圏外になっていた。
「紅葉ちゃん。蘇芳さんの部屋から、蜘蛛切を持って来れる?」
「旭さんを助けに行くの?」
コマチが聞いた。
「うん、心配だから。見て来る…」
雨音はスマホの時計を見た。
夜九時だった。
「間に合う?」
紅葉は時間がかかり過ぎたことを知っている。
「うん…、たぶん」
雨音は俯いた。
「私、ついて行く」
「コマチちゃんは家で待ってて。旭さんのことは任せて」
雨音は笑顔で言った。
でも、疲労の色は隠せなかった。
雨音は蜘蛛切を受け取って、電車に乗った。
疲れて、うたた寝してしまった。
気が付いたら、何故か、貴船と逆方向の自宅に着いていた。
「あれっ…。俺、何してんの…」
玄関を開けたところで、我に返った。
「お帰り、源次」
玄関にマナブが立っていた。
「待ってたよ、源次。今、うちの母さんがおまえの仲間を喰ってる。邪魔しないで、そこで寝てろ」
マナブに背中を押され、雨音はベッドに倒れ込んだ。
「マナブさ…」
雨音が起き上がろうとするが、上から圧迫するように空気の壁が落ちて来た。
「源次、寝ながら聞け。おまえはそろそろ、しゅとーん部のやり方に気付け。おまえはずっと、山上に利用されてる。山上は鬼を封じて京を護るという、宿命の家に生まれた。あいつは最初から、おまえの力を利用するつもりだった。おまえが鬼切を北野天満宮から持ち出したことを知っても、警察に通報しなかっただろ? おまえに鬼を斬らせ続けた…。あいつはおまえに一番リスクの高い役割を押し付けてる。今回だって、おまえは単独で丸腰、最強の鬼・一角の翁と戦わされた。違うか…?」
マナブの声が聞こえた。
「うっぷ…」
雨音は言い返そうとしたが、枕に押さえ付けられた。
「山上と組んでも、ろくなことない。おまえは使い捨てされる。先を見てみろ。旭が生き残れると思うか。剣の腕は確かだけど、鬼に対抗出来るような呪力は持たない。頼光はどのみち、鬼達に嬲り殺される。おまえは山上から距離を置いた方がいい…」
マナブが雨音の頭を撫でた。
「な。天狗にでもなって、武蔵と山に籠って修行するなんてのはどうだ? ちょっと考えてみるのもいいかも知れないぞ…」
マナブの囁く声が、雨音を眠りに誘った。
疲れには抗えず、雨音は眠りに落ちていった。
3
旭は奥貴船の山中で、蘇芳と雲林院を励ました。
「もう少しだ!! もう少しで、山上さんが着くから!!」
蘇芳は低級な鬼である眷属を斬った。
最初の数回は、動物の形の火が側をすり抜けたが、彼はすぐコツを掴んだ。
鬼の気配を捕え、そこに鬼切の力を被せるようにして斬る。
旭と雲林院は武器を持ってない。
「先に行ってくれ!! 俺は何とかなるから!!」
蘇芳が叫んだ。
蘇芳は暗闇に歩を進め、飛び込んで鬼を斬った。
狐火が太刀に、螺旋状に絡み付いた。
蘇芳はぶんと振り払って、袈裟に斬った。
「あっ! 俺、いいもの持ってます!」
雲林院が鞄を開けた。
「菓子パンか?」
旭はいつものオチを想像した。
しかし、雲林院は赤いマジックを取り出した。
軍団の最後尾で、八尾の狐は腕を組み、彼等の攻防を眺めていた。
識神の破軍、武曲、簾貞と戦い、蘇芳と戦っていたが、鬼女の眷属は百余匹。
数で勝る。
「いいぞ、おまえ達。頼光を切り刻んやれ」
八尾の狐は白狐の背に乗り、ご機嫌だった。
蘇芳が鬼に噛み裂かれ、手傷を負った。
一匹斬る間に、後ろから別の鬼に噛まれた。
「剣道の駆け引きが何も役に立たへん。こいつら、何も考えずに突っ込んで来るだけや」
蘇芳は面倒臭くなった。
「このまま喰われるんか…」
蘇芳の太刀が次第に大振りになった。
「喰いたい奴は喰ってけ。それでも俺は、倒れてやらん…」
蘇芳は剣道の試合より長引くデスマッチに息を乱しながら、狐火の群れの中心から逃げなかった。
「そろそろ、終わらせるか…」
八尾の狐は毒気を吐く為に、大きく息を吸い込んだ。
「蘇芳さん、これ付けて下さい!」
雲林院が走って行き、蘇芳にマスクを渡した。
「はぁ!? なんでこんな時に…」
蘇芳は狐火に照らされた白いマスクに、赤マジックで書かれた星を見た。
「晴明神社のマークですっ」
雲林院も五芒星を描き込んだマスクを着用していた。
旭も予備のマスクを、雲林院から手渡された。
「おまえ、ちゃんと陰陽五行の意味知ってて書いたか?」
旭は半信半疑でマスクを装着した。
「しゅううう…」
八尾の狐が長い息を吐いた。
殺生石の伝承の通り、生きるもの全ての命を奪う猛毒の妖気。
木々が枯れ、茂みが痩せて縮む。
樹上から小動物が落ちる。
「効かへんぞ、八尾の狐!」
蘇芳が一気に駆け抜け、八尾の狐に迫った。
「おまえら…、鼻と口を覆っているものは何だ!?」
八尾の狐は愕然とした。
命あるものが死滅していく中で、肝心の蘇芳が躍動している。
「蘇芳くん、許してくれ」
旭と雲林院はこの隙に、狐火の少ない方へ走った。
旭は木の根っこに躓いて、ひっくり返った。
「暗過ぎて、洞窟がどこかわかんねーよ!」
旭は木の根を蹴った。
すると、突然地面が陥没して、中に落ちた。
「うあっ…、ここか…!?」
旭が懐中電灯で、窪みを照らした。
洞窟の入り口が崩れ、彼等はもう少し奥入った場所に落ちた。
枯草が地面の断面へ垂れ下がっていた。
「武曲! 光となって、道を照らせ!」
旭が自分の識神を呼び戻した。
武曲は光の球となって、奥へ続く狭い迷路を照らした。
「武曲、頼んだぞ」
旭は岩壁に手を添わせ、奥へ進んだ。
4
足元には水が流れていた。
最初僅かだったのに、少しずつ水量が増え、足首まで冷たい水が来た。
そのうち、いきなり膝まで水に浸かった。
洞窟は勾配が変化しながら降っていった。
耳鳴りがした。寒々しく、空気が薄く感じられた。
「俺達は洞窟の龍に会いに来た…」
旭の声が洞窟に響いた。
彼等は大きな石を乗り越えた。
「旭さん。龍って、この地の神気って言ってませんでした? 死ぬ前に、何か為すべきだったって思います。俺は十七になったばっかりで、まだ何もしてないです。これじゃ、何の為に生まれて来たのかわかりません」
雲林院が先を悲観した。
「まだ死んでないだろ」
「俺、宮本武蔵みたいな生き方したいんですよ! 強い奴見つけて、倒したかった! けど、雨音も蘇芳さんも旭さんも、山上さんも武蔵さんも、絶対的に強過ぎて、倒すどころじゃないんですよ!」
雲林院は死ぬことが迫って来て、本当の気持ちが全部出た。
「バカ。俺なんてな、ただのサラリーマンなんだよ。生活の為に働いて、上司や取引先につまんねー胡麻すりを毎日やってんだよ。…大体、雲林院は俺を殺す気でかかって来たことねーだろーがー!」
「いつか、旭さんからは一本取れそうな気がします」
「何ー!? ここでやるか!?」
旭が振り返った。
ずっと後方で、何か物音がした。
ゴゴゴ…ゴゴ…、何か変な音だった。
不吉な予感がした。
「急げ!」
二人はバチャバチャ水を撥ね上げ、奥へ急いだ。
洞窟の行き止まりに出た。
「ここが終点です。他に枝分かれたした道も、全て行き止まりです。破軍と簾貞は毒気にやられ、後退しました。頼光の気配は途絶えています…」
武曲が言った。
旭は無言で、壁を叩いた。
何もない。旭はがっかりした。
何かあるはずだった。
狭い部屋。畳で言うなら、四畳半ほどの広さ。
人工的に掘られたような、ちょうどいい天井高がある。
「旭さん。何か穴がボコボコありますよ」
雲林院が天井を撫でた。
「でかした、雲林院」
旭は顔を綻ばせた。
頭上の天井石に、人工的な丸い穴がいくつも刻んであった。
「星だ。キトラ古墳の天井みたいに…星座を描いてる。見ろ、北斗七星だ」
旭が一画を指した。
七つの丸い穴が、ひしゃく形に並んでいた。
「北斗七星。それで、どうする?」
生き残った眷属を連れ、八尾の狐が追い付いた。
「蘇芳くんは…?」
旭の声が掠れた。
「喰った。美味かったわ…」
八尾の狐が血だらけの指を舐めた。
「蘇芳さんを…」
雲林院の血が頭に昇った。
「汗臭いガキども。この爪で引き裂いて、美味しい肝を抉り出す…」
八尾の狐が細い指を突き付け、白狐の背から降りた。
奈良時代か、平安時代の初め頃のような装束を着て、長い八本の尾を引き摺っていた。
「万事休す…」
旭は力が抜けるのを感じた。
逃げ場が無い。
「山上さんてば、遅過ぎですよー」
雲林院が泣きそうだった。
「待て、小童女…」
山上の声がした。
八尾の狐は名前を呼ばれ、声のした方向を見た。
もう一つ別の道から、頭が血だらけの山上が足を引き摺って入って来た。
「山上……」
八尾の狐が山上を睨んだ。
「山上さん!」
旭と雲林院が異口同音に叫んだ。
「待たせたな。やっと着いたよ」
山上が鞄のジッパーを開いた。
「止めろ、山上! 今更何をする気だ!?」
八尾の狐が慌てた様子を見せた。
「一番大切なものは、仲間。二番目に大切なものは、信頼や。どっちも裏切ることは出来ひん」
山上が真紅の敷布に、晴明の呪具を並べ始めた。
「それは晴明の!?」
八尾の狐が狼狽えた。
「これは現在時刻の星の位置…」
天文学に詳しかった晴明の道具は、星の位置を表す盤が入っていた。
山上は腕時計を見て、星の位置を暦数通りに配置した。
「ここに北斗七星…」
山上はゴホゴホと咳き込み、血を吐いた。
どこか損傷しているらしい。
「破軍、武曲、簾貞、文曲、禄存、巨門、貪狼…」
山上は盤に、北斗七星の名を記した石を一つずつ配置した。
「急々如律令。七星の鬼神、出でよ…。この陣を守護せよ」
山上の呼びかけに応え、破軍ら識神が出現した。
八尾の狐は眷属をけしかようとしたが、七星揃った識神の強さは、戦わなくても伝わった。
眷属は怯み、むしろ八尾の狐の後ろに引っ込んだ。
山上はガラクタのような古道具を並べた。
四方に青竜、玄武、朱雀、白虎を配置。
緑青に錆びた蓮形の器に、小さな仏像を並べた。
これらは携帯用曼荼羅みたいなものだ。
方形の壇に火を点し、お香を焚く。
器に水を注ぐ。
赤、紫、青緑、金色、黒やら、五色の珠を盤に置く。
神道の御幣を立て、密教の法具の三鈷を置き、入り混じった魔方陣のように完成する。
グワーン…。
山上が鐘を鳴らした。
「何だ、その程度か。子供騙しだな、晴明は…」
と、八尾の狐は強がったが、一歩下がった。
「星を読み、地の気を観、日月星と二十八宿の力を借りて、晴明の秘術がよみがえる…。ちょうど雨が、俺の血の穢れを清めてくれた…」
山上が片足を上げたまま、停止する。
「反閇…」
旭が固唾を飲んで、見守った。
「臨…」
山上が地面を両足で踏み締めた。
ゆっくりと摺り足で動き出す。
「兵…」
山上が二歩目を踏んだ。九字を唱えながら、九跡を踏む。
「闘…」
三番目の位置に足を運ぶ。
「あああ…」
八尾の狐が大声で叫んだ。
息を吸い込み、頬を膨らます。
毒の息が吐き出される。
破軍ら七星の鬼神が山上を七方向から囲み、毒から守った。
簾貞と禄存が倒れた。
「者…」
山上は九字を唱え、足を運ぶ。
咲良を守り続けた文曲が倒れた。
紅葉を支えた巨門が毒に悶え、膝を折った。
「皆…」
山上が動く。背筋を伸ばし、凛然として。
コマチを命がけで守った識神、貪狼が倒れた。
「陣…」
山上は動じず、八尾の狐を睨んでいる。
旭を守ってきた武曲が倒れた。
八尾の狐がどれだけ毒を吹きかけても、山上はびくともしない。
能を舞うように腰低く動く。
「列…、前…、行…」
山上が九跡を踏み終えた。
無敵の破軍が倒れ、彼の命の光が消えていった。
「天魔退散…」
山上が唸った。
地底から、乳白色の光の筋が射し込んだ。
弧を描き、光の筋と筋がばらばらに動きながら、八尾の狐の四肢を掴まえた。
「何だ、これは!?」
八尾の狐が光を振り解こうとした。光は四肢に食い込み、体の中へ入り込んだ。
光は生き物のように揺らめき、八尾の狐を捕えた。
旭と雲林院は足が竦んで、声も出なかった。
「この地の神気である。龍とも言う…」
山上が答えた。
八尾の狐は暴れ、逃げようとした。
しかし、一番長い尻尾が何かに引っかかっているようで、飛べなかった。
八尾の狐は自分の尻尾を持ち上げ、刺さっているトゲのようなものを抜こうと思った。
何も刺さっていない。
洞窟の外で、蘇芳が血を吐きながら剣を地面に突き立てていた。
「八尾の狐…。俺の命に換えて、逃がしてなるもんか…」
蘇芳が剣を突き立てた土に、狐の金色の体毛が一本落ちていた。
「ひいい、あうう…」
八尾の狐は惨めな悲鳴を上げた。
「山上、頼光。覚えておくがいい。私の仇は息子が取る。学瀛がこの無念を晴らしてくれよう。おまえがこの呪法を再度行う時、そこに七星の鬼神はおらぬ…」
八尾の狐は山上と蘇芳を呪った。
乳白色の光に包まれて、地底深く落ちて行った。
「千年封じた。その間、あなたは罪を悔いなさい」
山上が言って、最後に倒れた。
彼は血の塊を吐いた。
5
雨の夜が明け、明るい日差しが射す。
雨音は貴布禰神社に続く道を歩いていた。
鞍馬山から武蔵が降りてきた。
「よ、源次。静はどうなった?」
武蔵が手を上げた。
「静先生は足の骨が折れてます。肋骨も。あちこち傷だらけです」
「何、生きてりゃいいんだよ。ありがとうな」
武蔵がハスキーな声で笑った。
二人が貴布禰神社の奥宮に差し掛かる頃、道の向こうから、旭が山上に肩を貸し、雲林院が蘇芳をおんぶして歩いてきた。
「ヒッチハイカーが来た。俺の車は鞍馬にあるぞ。乗ってくか?」
武蔵が声をかけた。
「頼みます」
旭が言った。
山上が顔を上げ、
「世話になる、武蔵。雨音、ご苦労さん。ようやった…」
と、呟いた。
彼は何とか、足を引き摺って歩いていた。
「山上さん、旭さん、無事だったんですね。雲林院、蘇芳さんは!?」
雨音が走り寄った。
「雨音、生きてたんか。よかった。蘇芳さん、ちょっと喰われたけど生きてはる…」
雲林院は雨音の顔を見て、遂に堪えきれず、涙が零れた。
6
翌日、病院。
二人部屋に、山上と蘇芳のベッドが並んでいる。
コマチが入って来るなり、見舞いに来ていた旭をビンタした。
「電話したのに、出なかった!」
旭は目を丸くして、泣き出すコマチを見ていた。
「待っててくれたんでしょ。今度は帰って来たじゃない。てか、ここ、誰の病室だと思ってる?」
旭が戸惑い、山上と雨音、雲林院が笑う。
「痛てて。お腹痛いやん。笑わさんといてー」
蘇芳が痛がる。
「コマチ。ケーキあるけど、食べる?」
武蔵がお見舞いに持って来たケーキを、紅葉が冷蔵庫から出す。
咲良は静先生の車椅子を押し、ロビーから玄関へ出る。
肌寒い風が吹いている。
「文曲、死んじゃったんです」
咲良がティッシュを出し、鼻をかんだ。
「咲良。君の人生はこれから、たくさんの別れがあるでしょう。でも、一つ一つの出会いと別れに意味があり、君を成長させてくれます。辛い別れが君を挫けさせそうな時、思い出して下さい。たくさんの出会いに支えられて、今の自分が存在していることを…。私も今、そうだから…」
静先生が微笑んだ。




