表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/92

漆漆 マヤカシとマヤカシ


「静先生!!」

 紅葉とコマチが静先生を揺さぶった。

 静先生は車椅子で、死んだように冷たくなり、脈拍も弱っている。

「出血し過ぎて…危ないのかな」

「違うよ、紅葉ちゃん。静先生の魂は、今、雨音くんの中にいる…」

 咲良がアーケードの上を指差した。



 雨音が追いかけても、一角の(おきな)との距離は縮まらなかった。

「この鬼は形など持ってないんです。霧にも大蛇にもなる。ある時はヤモリになって窓にへばり付き、ある時は風になって侵入します」

 静先生が雨音の脳内で呟いた。

「あいつを凝り固めることは出来ますか? 鬼に実体がないと、僕は何も出来ないんですけど」

 雨音は走りながら、静先生と喋った。


「難しいですね。私もあの鬼を、マグボトルに密封しようとして失敗しました。でも、試してみたい方法がもう一つあるんですが…」

 静先生は雨音の視線を、ビルの屋上の貯水タンクに誘導した。

「水…」

 雨音が呟いた。


 鬼が間近に出現した。

 雨音は額の鬼眼で睨んだ。一角の翁は炎にめらめらと包まれた。

「これしきの鬼火など…」

 一角の翁は燃えながら嘲笑った。

 刹那、大蛇の尻尾が雨音を叩き飛ばした。


 倒れた雨音の足元に黒い蔦が絡まった。

 黒いヒルみたいな虫がウネウネ蠢きながら、彼の足を這い上った。

「うわっ、これもマヤカシですか!?」

「足を持ち上げて、渡邊くん。翁が来ます!」

 静先生が叫んだ。


 工事現場のクレーンがアームを回転させ、防塵シートを突き破って、吊った鉄骨をぶつけて来た。

 雨音は思わず、鉄骨に飛び乗った。

 クレーンの留め具が外れ、吊られた鉄骨が崩れる。

 落ちて行く先に、紅葉達がいる。

「紅葉ちゃ…」

 間一髪で紅葉達が避けた。

 雨音の体はアーケードの屋根に開いた穴から、ガラス片とともに地上に落ちた。


 雨音はネコのように回転し、着地した。

 石畳と同色の指が地面から生え、雨音を捕えた。

 レンガ色の石の巨人が立ち上がった。

「たぶんマヤカシだと思いますけど…、現実に死ぬかも知れません」

 静先生は頼りないことを言った。


 雨音はレンガ色の巨人に投げ飛ばされた。

 マヤカシとは思えない衝撃が来た。

 彼は足を引き摺って、花屋の入り口に飛び込んだ。

 巨人は雄叫びを上げ、建物の出入り口を踏み潰した。


 花屋の花が枯れた。たくさんの花が虫に変わった。

 ドブに迷い込んだみたいに、ムカデやゴキブリや蜘蛛や、気味悪いゴミ虫が出て来た。

 一角の翁の悪臭が漂った。

 足元がぬかるみ、滑った。雨音は黒いヘビを踏んだ。

「鬼は!?」

 雨音は辺りを見回した。


 でかい穴が壁に開き、レンガ色の巨人の目玉が片方、雨音を捜して動いた。

 反対側の壁が突然倒れた。

「源次ぃ…」

 髪を振り乱した女が突然抱き着いてきた。


 雨音が背負い投げして、腕を放す瞬間に女の顏を見た。

 女の目玉からムカデが這い出た。

「ふふふ。無理だよ。逃れられると思ってるのかい。一角の翁が単体の鬼だと思ってるのかい…?」

 女が喋った。

 口から黒いゴミ虫や、太ったゴキブリがこぼれ落ちた。


 背後で壁が崩れ、レンガ色の巨人が手を差し込んできた。

 雨音を掴み、再び投げ飛ばした。

 雨音は水溜りを転がり、交差点まで滑り出た。

 彼を轢き殺そうと、猛スピードの車が来た。

 ギリギリ避けて、よろけながら走った。


 繁華街を獣の顔をした、半鬼の通行人が歩く。

 景色が虹色のプリズムに変わる。鏡の迷宮みたいに、あちこちに雨音が映る。

「何、これ…?」

「渡邊くん、鬼のマヤカシを崩さなくてはなりません。君は思った以上に、何も出来ません。あの鬼と素手で戦おうなんて、論外です」

 静先生が雨音の手を操って早九字を切り、(しゅ)を唱えた。





 紅葉は膝が笑っているのを感じた。

「雨音くんが…死んでしまう…」

「紅葉ちゃん、雨音くんを信じて! 雨音くんなら絶対大丈夫だよ!」

 咲良が言った。


「何とかして、静先生を守らな…」

 コマチは車椅子の側に立ち、緊張の面持ちだった。

 咲良は空を見上げた。

「ねぇ。なんで月が出てるのかな? 雨が降ってるのに…」

 時折、雲間から血のように赤い月か覗く。

 満月で、いつもより大きく感じられた。


 紅葉は両手を握り合わせ、必死に考えた。

「どうしたら、雨音くんを助けられる?」

 紅葉は周囲を見回したが、何も無さ過ぎて、祈るしかない。

「神様、助けて…」

 紅葉は一心に祈った。



 雨音は土の中から這い出すヘビや害虫に囲まれた。

 腐った人間が長い髪を振り乱しながら、地面からボコボコ出て来た。

「源次ぃ……、源次ぃ……」

 腐臭が漂った。


「こんなの踏ん付けても意味がない…、マヤカシだし。静先生は虫に顔を這い回られても、平気なんですか?」

「本当は何もいません。心を澄まして」

 静先生はお経を唱え続けた。


 遠くに灯りが一つ見えた。

「静先生、あの灯りは何ですか?」

「鬼がこっちへ来いと、誘っているのでしょう。渡邊くん、私の魂はもうこれ以上、肉体を離れることが出来ません。もう少しで、自分の体に戻ります。息が苦しい…」

 静先生は喘いだ。


 雨音はしがみ付いて来る腐乱した女達を掻き分け、灯りの方へ進んだ。

 蟲だらけの女達が爪を立て、雨音の肉を抉った。

「気を付けて。あの鬼女達は君の魂を、少しずつ削っていく…」

 静先生の声が小さくなってきた。


 雨音も荒い息をして、力が抜けていくのを感じた。

 彼は何度も鬼女達を投げ飛ばし、払い落として進んだ。

 彼の頬に搔き傷が出来た。

 彼を包んでいた青い鬼火が、そこから漏れていった。



 平安時代の都大路が出現していた。

 突き当りに朱塗りの楼門があった。

 楼門の両側で、松明の赤々とした炎が踊る。

 見えていたのはこの灯りらしい。


 楼門の向こう側で、大蛇がとぐろを巻いていた。

 その大蛇の顔は人間の老いた男で、白い髭を生やしていた。

「あれが一角の翁の本体?」

 雨音と鬼が楼門を挟み、対峙した。

 雨音は体力も気力も使い果たし、時間をかけて石段を昇った。



 紅葉は覚悟を決めた。

「私が代わりに死んでもいい。あの鬼に敗けるわけには行かへん」

 紅葉は咲良とコマチに静先生のことを頼み、真っ暗の都大路へ入って行った。





 大蛇の老人の顔が髭を震わせ、

「よう来た、源次…」

 と、呟いた。

 冷たい鱗が雨音に触れた。

 雨音は抵抗することなく、大蛇に巻かれた。


 呼吸する度、大蛇の太い胴が雨音を絞め付けていった。

 関節がバキバキ鳴った。

 痛みに、雨音は顔を歪めた。

 どうすることも出来ないほど、鬼の絞めつける力が強かった。

「全身砕かれて死ね。源次、おぬしの中の静もこのまま死ぬわ…」

 一角の翁が告げ、雨音の意識が遠くなった。


「待って。雨音くんを放して…」

 紅葉が石段を昇り、楼門の敷居を跨いだ。

「静に代わって、我が妻になるか? 紅葉…」

「真っ平や。反吐(ヘド)が出るわ」

 紅葉は落ち着いて答えた。


「紅葉ちゃん、帰れ…」

 雨音が声を絞り出した。

 彼の額の鬼眼は色が薄れ、白っぽくなっていた。


 紅葉はポケットから五円玉を取り出した。

「鬼、賭けようか。これは勝負。裏が出たら、あんたの勝ち。表が出たら、私の勝ち」

 一角の翁は大笑いした。

「ふひゃひゃ…。いいとも。乗ってやろう。そなたが勝ったら、我は何をすればいい?」

「簡単。この五円玉を通って、あの世に帰ってほしい。これぐらい、出来るよね?」

 紅葉は五円玉を前にかざした。


「たやすいことだ。では、投げるがいい」

 一角の翁が促し、紅葉は楼門の向こう側へ、五円玉を投げた。

 紅葉は投げながら、五円玉が表になるよう念じた。


 五円玉は裏返って落ちた。

「ほら、見ろ。我の勝ちだ。そなたは最悪の結果を想像した。源次は我に絞め殺され、静は死に、そなたは我が妻となって、鬼の世へ行く…」

 一角の翁が言った。

「そうかな? ちゃんと見てくれる?」

 紅葉が両手を腰に置いた。


 五円玉は表に返った。

「これは私が念じた通り。あんたは私の心の強さを見誤ったの。さあ、五円玉を通って見せて」

 紅葉が促した。

「くぅ…。仕方ない。約束したから、通るだけ通ってやろう。しかし、源次の命は助けてやらぬぞ」

 一角の翁は土の中へ沈んでいった。

 雨音は解放され、地面に手を着いて、何度も深く息を吸った。


 五円玉が宙に浮いた。

 一角の翁が黒い霧となり、地面から立ち昇る。

 霧がまとまって五円玉の方へ流れ出す。

 霧が長い糸みたいになって、5円玉を通っていく。


 その瞬間、雨音の手が五円玉を掴んだ。

「雨音くん! そいつは一部だけやねん。騙されんといて!」

「わかってる」

 雨音が五円玉を握り、最後の力を出して走った。


 朱塗りの楼門と都大路が消えてきた。

「急いで!!」

 紅葉が叫んだ。

 雨音と紅葉が並んで走った。




 咲良は紅葉を送り出した後、鞄からテストの答案用紙を出した。

 彼女はその紙で、紙飛行機を折った。

「そこにいるんでしょ、一角の翁!」

 咲良が月に向かって、紙飛行機を飛ばした。

 彼女の紙飛行機は低空低速でゆらゆらした。

 けれど、次第に風に乗って上昇し、赤い満月に尖った先端が突き刺さった。


「うぶぅーわぁぁ…、ぐをぁぁ…!」

 鬼の悲鳴が聞こえ、繁華街の闇がガラガラ崩れていった。

 街灯が灯り、看板に光が灯った。

 マヤカシが全て消えた。

 月が老人の顔に変わった。

 痩せた老人が、ビルの屋上で片目から血を流していた。



 そこに雨音と紅葉が走ってきた。

 コマチは鞄からペットボトルを出し、ペンケースの中に水を注いだ。

「紅葉、言われた通りにしたよ?」

「ありがと、コマチ」

 雨音が手の内から五円玉を捻り出した。

 五円玉が水に沈み、水がペンケースから少し溢れた。

 コマチが素早くペンケースを閉めた。


「鬼を水で密封したよ、静先生…」

 紅葉が振り返った。

 車椅子の中、前に首を垂れていた静先生がむっくり顔を上げた。

 静先生は深呼吸し、

「ありがとう、紅葉。それでいいわ」

 と、掠れた声で言った。



 雨音はビルの屋上の金網を越え、鬼に言った。

「そこにいるのは、鬼の僅かな一部だろ?」

 鬼の大きさが、大人の半分ぐらいまで縮んでいた。


 鬼は雨音を見て、びくびくした。

「おぬし、オトリだったのか…。よく命を賭けたものよ」

 ひょろひょろに痩せた鬼が一匹、コンクリートに座っていた。

 片目が潰れ、頭の角も根元で折れていた。


「我の妖術は…、人間の弱さの上にしか成り立たぬ…」

 一角の翁は最後のマヤカシを作り出した。

 か細いヘビが雨音の足に巻き付き、絞めつけた。


 雨音の額の眸が金色を取り戻した。

 か細いヘビが金色の鬼火に焼かれ、塵と消えた。

「俺の()を見て。一角の翁」

 雨音が三つの()を見開く。痩せた老人が映り込んでいる。

「おぬし、邪眼…?」

 一角の翁は雨音の眸の中に吸い込まれそうに思った。



 一角の翁が見渡す限り、三角の荒い波が立っている。

 真っ暗の、雲が垂れ込めた空。

 風が吹き、波から飛沫が飛ぶ。

 一角の翁は波間に漂っている。

「マヤカシは我の十八番(オハコ)だと思っておったのにな。源次、これもただのマヤカシじゃ! 現実、おぬしに我を殺す力なぞない。我がこの術を消せぬと思うか!? この水で、我が溺れると思うか!?」

 下半身を蛇に変えて泳ぎながら、一角の翁が言い返した。


 だが、一角の翁はすぐ、あっぷあっぷともがいた。

 彼は溺れ死んだ過去を思い出し、恐怖を消せなかった。

「苦しい…。何も見えぬ。真っ暗じゃ。…あの女が…灯りを消した…。岸辺の方角もわからぬ…」

 一角の翁は涙を流した。

 涙は水と混ざり合った。


「静先生、ありがとうございました。もう充分です」

 雨音が水を掻いて泳ぎ、一角の翁の背後に回った。

 静先生のお経を唱える声が聴こえていた。


「静…、静ぁ…」

 一角の翁が涙ながら呼ぶ。

 雨音が鬼の首に腕をかけ、絞めながら水に沈む。


「源次ぃ…。おぬしは…人の皮を被った鬼…じゃ……」

 最後に、一角の翁の指先が、ゆっくりと波間に没していった。





 一方、貴船(きぶね)では。

 旭の車のドアミラーに、八尾の狐の姿が映った。

「来た…」

 旭は武者震いした。

 蘇芳が鬼切の太刀の紐を解く。


 八尾の狐は魔性の微笑みを浮かべ、手に持っていた野良猫の死骸を、運転席の窓に投げ付けた。

 車に轢かれた野良猫の死骸だ。

 旭達はとても嫌な気持ちにさせられた。


「山上さんが、もうすぐ到着します、って…」

 雲林院がメッセージを受信し、読み上げた。

「その前に俺達、呪い殺されそうだけどね」

 旭が呟いた。

 

 八尾の狐が車の上に乗ってきた。

 ギシギシ凄い音がして、車が潰れていく。

 機械で強烈にプレスされているみたいに。

 窓ガラスが四散した。

「源次はどうした? 頼光はいるな?」

 八尾の狐が蘇芳を確認した。


「車ごと潰されるー!」

 雲林院が叫ぶ。

 タイヤがパンクし、車体が沈む。

 腰を屈めても、天井が迫る。

「くそー。先月、車検から戻って来たばっかりなのに…」

 旭は愚痴を言った。

 間違いなく廃車だろう。


武曲(ぶこく)破軍(はぐん)簾貞(れんてい)殿(しんがり)を頼む。みんな、走れ! 神社の結界の中へ…!」

 旭は識神を召喚し、フロントガラスの割れた窓から飛び出した。

 蘇芳と雲林院も夢中で飛び出し、貴布禰(きふね)神社の奥宮の神門へ駆け込んだ。

 

「おまえら、私の嫌がるところがよくわかっておるな。そこは清浄な気が満ちていて、気に入らん」

 八尾の狐はひしゃげた車の上で、雄叫びを上げた。

 周囲で、数十の狐火が燃えていた。

 眷属(けんぞく)跋扈(ばっこ)していた。


 八尾の狐は識神を睨み、

「九尾の狐の(かしら)だった玉藻前(たまものまえ)の…、怨みをここで晴らそうか…」

 と、八本の尻尾を裾から垂らした。

 一番長い尾は2メートル、艶のある金色のふさふさとした毛並だ。


 識神が剣を抜き、妖狐の眷属に斬りかかった。

 破軍、武曲らは剣の鬼神だ。どんどん、低級な狐を斬り伏せる。


 八尾の狐が深呼吸し、長く息を吐いた。

 猛毒が流れ、周囲の植物が枯れていった。

 道にトンネルのように枝を張る大木も、めりめり音を立てて枝を落とした。

 アスファルトの地面が割れて隆起し、川岸の岩が震動で次々崩れた。


「瘴気だ。あれに触れると、我々も死ぬ」

 識神も思わず跳んで、撤収した。


 八尾の狐の軍勢は、勢いを取り戻した。

「追うぞ、我が下僕(しもべ)達よ」

 八尾の狐が白狐の背に乗った。





 赤い灯篭と神門の参道から、一際暗い境内へ駆け込む。

「旭さん、ここ、何処ですか?」

貴布禰(きふね)神社の奥宮だよ。ご祭神は龍神様。水の聖地、貴船(きぶね)。鬼が棲む鞍馬(くらま)と隣り合って、(いにしえ)から霊気冴え渡るパワースポット…」

 旭は雲林院と蘇芳を連れ、参拝した。

「どうぞ、私達を御守り下さい…」

 彼等は柏手を打ち、頭を垂れて祈った。


「昔、ここで龍を見た人がいたらしい。深い洞窟があって、龍がいたんだと」

 旭は水を含んだ落ち葉を踏んで、どんどん奥へ向かう。

「龍とは、神気のことだろうね。この大地の奥深く、ヤマタノオロチが身をくねらすように、神気溢れる水が流れてる」

「龍、ほんまにいそうですね。でも、後ろから来てるのはヤマタの尻尾の狐ですけど」

 蘇芳が長い太刀を担ぎ、背後を振り返った。


「じゃ、洞窟を捜すぞ。前に山上さんと一度来たけど、うろ覚えだ。行くしかない…」

 旭は懐中電灯で照らし、山の中へ分け入った。

「神域じゃないんですか? 罰当たりません?」

 雲林院は心配した。

 貴船で奥宮より奥は、殆ど民家もない。

 ひたすら、山。



 識神が旭のところへ戻って来た。

「旭、八尾の狐が来る。奥宮を迂回して、山手より下って来るだろう…」

「クソ。予想通りだ」

 旭は舌打ちした。


 落葉が厚く積み重なり、雨をたっぷり含んでいる。

 旭の営業用の革靴はつるつる滑った。

「山道を歩く格好じゃねーつーの」

 彼等は獣道を上って行く。

 季節的に、下草が枯れているのが救い。

 道路の両側は楓などが植えられていたが、人が殆ど入ることもない山は、もっと鬱蒼と細い木が密に生えていた。


「雨音、大丈夫かな。いくらあいつでも、鬼切なしで鬼と戦うのは…」

 旭は呟きかけ、止めた。

「大丈夫ですよ。殺したって死にませんよ。あいつが鬼なんですから」

 蘇芳が続きを言ってくれた。


 前方に無数の光の点が見えた。

 青白い光が、空から舞い落ちて来る。

 溜息が出るほど、美しい。


「狐火…」

 三人は恐ろしさで、心臓が止まりそうになった。

 八尾の狐が百の眷属を従え、山を降りて来る。


「山上さんはまだ来ないのか…!? 俺達だけ先に着いてどうする!? 安倍晴明の陰陽師七つ道具もないんだぞ。俺達だけで何が出来る…?」

 旭は呆然と狐火を見詰めた。


「斬って斬って、斬りまくる」

 蘇芳が鬼切を、剣道の中段に構えた。

 場所は林の少し開けたところ。

 識神が身を盾にして、三人を護る。


 白狐に乗った八尾の狐・小童女(おとめ)が、

「お馬鹿さん達。用意はいいか? 毒を吸ってね、頭がクラクラするんだ。胃の中が空に鳴るまで吐いて、頭が空になるまで痛みで動けない。体は痙攣して、爪先までぴーんと反り返って死ぬんだ。ああ。死ぬのはきっと、気持ちいいと思うよ」

 と、せせら嗤った。


 八尾の狐が瘴気を吐く為に、大きく息を吸い込んだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ