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陸陸 羅城門の鬼


 紅葉達は輿の物見から、雨音と蘇芳にそっくりな男達を見た。

 源満仲の一条邸から出て来た男達は、現代人より少し小柄で、ゆったりした装束を着て、足早に橋を渡って行った。

 建物も通りも、時代劇の一場面みたいだ。


「千年前に来たってことかな?」

「紅葉ー、それはないわー」

 紅葉と蘇芳が言い合った。


「雨音くん達はどこ? 山上さん、旭さん、静先生は?」

 咲良がマナブに問いかけた。

「この世界のどこかにいるよ」

 マナブは鬼に合図して、また牛車を進ませた。


 しばらくして、牛車が止まった。

 マナブは咲良達に降りるように言った。

 灯りのない都大路。

 月が雲から出たり、隠れたり。

 彼等の前には、朱塗りの楼門がある。


「もうすぐ、鬼の刻になる。魑魅魍魎が跋扈する、百鬼夜行が通る刻だ。君らは本物の鬼の群れと遭遇する…」

 彼は声をひそめて語った。

「言っておく。君らがもし、一言でも声を発してしまったら、その瞬間に生身の人間と知られてしまう。何を見ても、どんなに恐ろしくても、声を出しちゃいけない…。彼等は人間に恨みを抱いていて、生きたまま喰らう…。わかったね?」

 マナブは咲良に念を押した。


「鬼ツアーをお楽しみあれ…」

 鬼火をまとわせた牛車が、闇の中に吸い込まれた。



 咲良は目の前の楼門を見上げた。

 すぐにどこだかわかった。

 鬼が出ると言われた、羅城門。

 現代なら、確か、京都駅の近くだ。


 咲良の胸に、何故か懐かしい気持ちが込み上げた。

 あの楼門の屋根に、素足の鬼の爪で瓦を踏み、

「久しいのぅ、稚桜姫……」

 腰を落として片手を膝に掛け、鬼の学瀛が見下ろしていた…気がする。

 破れた狩衣、獅子のたてがみのような赤い髪を風に乱して。


「学瀛…」

 咲良は胸が苦しくなって、手で押さえた。


 

「どうしよう。鬼の群れが来るよ。頼光と綱を呼びに行く?」

 紅葉は右往左往した。

「それは無理。俺ら、たぶん、鬼の仲間にしか見えへん…」

 蘇芳が自分のハロウィンのコスプレを見下ろした。

 黒スーツに縫い付けられた白い骸骨が、仄かな月明かりを反射していた。


「ほんまや。忘れてた」

 紅葉はコウモリの羽根のカチューシャを取った。

 咲良のコウモリの羽根は服に縫い付けてあるから、取れない。

「おにぃの髪型も、平安時代の人には見えへんよ」

「いっそ、鬼を名乗ってみるか。俺ら、昔の人に比べたらデカいよな…」


「来た…。魑魅魍魎、鬼の群れが…」

 咲良は羅城門の空気が変わるのを感じた。





 鬼の太鼓が鳴り始めた。

 紅葉達は羅城門の二階に隠れ、外の様子を窺った。


 三角の旗が翻る。

 がやがやと鬼のざわめき。

 黒い画用紙で作った切り絵みたいな影が動く。


 紅葉達は声を出さないよう、手で口を塞いだ。

 物音も立てず、注意を払って、じっとしていた。


 鬼が羅城門にぞくぞくと辿り着いた。

 鬼火が流れ、彼等の顔を不気味に照らした。

 百鬼夜行図みたいな、愛嬌のある妖怪はいない。

 一度見たら、夢でうなされそう。

 白い単衣(ひとえ)の死装束の鬼もいる。

 死んでも死にきれず、屍のまま、夜を彷徨う。


 ギッシャ、ギッシャ、不気味な音がする。

 鬼が下げた抜き身の太刀が、骨と擦れ合って音を立てる。

 着物は泥塗れ。墓場から出て来たみたいに土臭い。


 鬼の顔は死後硬直したままだったり、死ぬ間際の形相を残していたり。

 骸骨に歯茎のない歯が並び、眼窩から鬼火を噴いている。

 体格は大型化して、一番でかい鬼で身の丈3メートルぐらい。

 ヒグマみたいにでかくて、首回りと肩幅がある。


「ふぅぅぅ…」

 鬼の一匹が楼門の二階を見上げた。

 紅葉達は身を硬くした。


「ぐぁー…、がぁぁ、がぁー…」

 鬼が獰猛な肉食獣のような咆哮を響かせた。

「うぉうぅ…」

 別の鬼は、狼に似た遠吠えを上げた。

 鬼の妖気が、黒い煙のように立ち昇っている。


 鬼は羅城門を通り抜けようとせず、そこにたむろし始めた。

「人間臭い…」

 鬼が一匹、呟いた。

 古い時代の言葉はくぐもって聞こえ、意味だけが何となく伝わった。


 鬼が梯子を上ってきた。

 古い梯子が鬼の重さで壊れ、狭い昇り口の壁が鬼を圧迫した。

 苛ついた鬼が一発壁を殴り、破壊した。

 鬼は爪をかけて、二階に這い上がった。


「人間の匂いがせぬか…?」

 鬼は部屋の隅を刀の先で突いて、確かめていった。


 楼閣の二階は朱塗りが剥げ、埃が積もり、蜘蛛の巣が張っている。

 蘇芳と紅葉は仏像の後ろに隠れ、咲良は柱の影に座っていた。

 鬼がどんどん近付き、咲良のすぐ前に錆びた刀の切先が来た。


 鬼が咲良を見つけた。

「何じゃ、おぬしは…。鬼か、人間か?」

 鬼は不審そうに見て、彼女の喉元に切先を突き付けた。

 咲良は必死で、鬼か、と問われた部分で頷いた。

「鬼なのか? そうか…」

 鬼はどっかり、咲良の前に座った。

 二階は狭くて、この鬼には窮屈だった。


 別の鬼も二階に上がってきた。

 先頭の旗持ちの鬼が、咲良の側まで来た。

 腐乱した顔に虫がたかっている。

 着物がはだけ、白い肋骨が露わになった。

 ギョロ目から、オレンジ色の火焔を噴き出している。


「人間臭い。どこかに人間が隠れておらんか…?」

 臭い息が咲良の顔にかかった。

 咲良は生きた心地がしなかった。


 鬼は咲良のコウモリ型の羽根に触れた。

「わっ。おぬしの羽根、柔らかいぞ! 骨が無い!」

 鬼が驚いた。

「けったいな着物を着ておるのぅ…」

 別の鬼も咲良の前に胡坐をかいた。


 紅葉と蘇芳は、冷汗いっぱいで見守っていた。

 紅葉はクッキーの籠をそっと置き、神泉を握り締めた。


 二階まで、蛇のように柱に巻き付いて昇ってきた胴長の鬼が、逆さに顔を覗かせた。

「よう、鬼の娘…。土蜘蛛を見なかったか?」

 鬼に問われ、咲良は、

「そう言えば、さっき、蜘蛛の鬼にクッキーを…」

 と、答えてしまった。

 うっかり喋ってしまい、慌てて口を押さえた。


「やはり、人間ではないか!!」

 旗持ちの鬼が大声を上げ、空気がびーんと震えた。

 そして、獣のように咲良のうなじの匂いを嗅いだ。

「間違いない、人間じゃ!!」

 胴長の鬼が憎しみを込めて言い、ヨダレをボトボト落とした。


「こんなところで、人間が何をしておる? 鬼の刻じゃ。何故、我等が集うような場所に自らやって来たのか。その格好は、おぬし、鬼になりたいのか? ならば、共に人間を狩りに行くか?」

 最初の鬼が咲良を誘った。

「行かない」

 咲良は首を振った。

「向こうに人間の亡骸(むくろ)が捨てられておる。流行り病で死んだ者じゃ。それを喰うのはどうじゃ?」


 鬼が次々と湧いてくる。

 床や壁に穴が開き、目玉が覗く。

 鬼がヤモリのようなに軒裏を這う。

 3メートルの一つ目の大鬼は、窓の格子を叩き壊し、地上に立ったまんまで二階を覗いた。

「何を申す。その娘、はよう喰ってしまおうぞ」

「骨までいただくとしよう。まず、娘の鼻をもらう。おことには耳の骨でもくれてやる…」

 鬼が争い始めた。

 

 総勢三十匹以上の鬼が、壁や石段、屋根から、ぬっと出た。

 羅城門は鬼の棲家同然の状態で、鬼が爪を研いだ跡が無数に残っていた。


「ぬぅぅ、せめて一口喰わせてくれ。腹が減っておる。腕一本、もぎ取らせてくれ…」

「うむ。やはり、喰ってしまおうか…」

 最初の鬼もあっさり考えを変えた。

 鬼どもの眸が、咲良を欲しそうに見た。



「鬼、来い! こっちにも人間がいるよ!」

 紅葉が立ち上がって叫んだ。

 鬼どもが一斉に紅葉を見た。

 紅葉が神泉を抜こうとして、蘇芳が止めた。

「まぁ、待ちぃな」


「うほっ、他にも人間が隠れておったわ! これで分け前が増えたな!」

 鬼どもは獲物を見つけ、小躍りした。


 咲良は窓辺に逃げ、

文曲(もんごく)!」

 と、識神を呼んだ。


 ぱっと明るい光が弾けた。

 美しい天女のような文曲が咲良の前に立ち、激しく琵琶を搔き鳴らした。

 その夜の文曲は、燃え上がる炎の旋律を弾いた。

 鬼どもは文曲の世界に引き込まれた。


「逃げよう、紅葉ちゃん」

 咲良が紅葉に言い、格子のなくなった窓から飛び降りた。

「あっ」

 紅葉と蘇芳が窓に駆け寄った。

 あの鈍臭い咲良を心配した。


 咲良は鬼を踏ん付け、うまく地面に降り立った。

「あんたも行き、紅葉!」

 蘇芳が紅葉の背中を押した。

 紅葉も窓を越え、鬼の顔面に飛び降りた。

「ふがっ」

 鬼が尻餅着いた。

 紅葉はうまく着地出来た。

 蘇芳はひらりと跳び下りて、咲良の腕を掴んだ。

「行くで、咲良ちゃん!!」



 鬼は文曲の琵琶に引き込まれていたが、慌てて羅城門から出て来た。

「我等は土蜘蛛と待ち合わせておったのじゃ。千も万も、蜘蛛を連れた鬼じゃ。幾晩も通ったが、あやつは来ぬ。何かあったのかも知れぬ。今宵、あやつの卵が(かえ)る…」

 最初の鬼が言った。

「一度に、百の鬼蜘蛛が産まれるのじゃ…」

 鬼が羅城門を振り返った。


 屋根裏の隅で、ふわふわした白い卵が鬼の刻を待っていた。

 饅頭ぐらいの大きさの卵。

 少しずつ膨らみ、やがて、裂けた。


 中からわらわらと、小蜘蛛が誕生した。

 米粒ほどの蜘蛛が走り出し、窓から風に乗って飛んだ。

 糸を吐き、百の小蜘蛛が飛ぶ。

 地上に落ちて、カサカサ、カサカサ、紅葉達の逃げた方向に這い進んだ。


「逃げられぬ。鬼蜘蛛に喰われてしまえ」

 鬼どもが嗤った。




3 


 紅葉達は真っ暗闇を走った。

 朱雀大路を何かがカサカサと追いかけてきた。

「鬼の足音にしたら、めっちゃ微かな音やな…」

 紅葉はちょっと様子を見た。


 米粒大の小蜘蛛は、小石ぐらいの大きさに育っていた。

 無数の小蜘蛛が道を埋め尽くし、カサカサ追いかけてきていた。

 しかも、かなりの俊足だった。


「うわっ。蜘蛛や。気持ち悪!」

 紅葉はゾッとした。

「俺、蜘蛛は苦手…」

 蘇芳がぴゅっと速度を上げ、先頭を走った。

「きゃ!」

 咲良が石に躓いて転んだ。

 小蜘蛛に追い付かれそうになった。


「こちらへ!」

 男が走って来て、咲良を担ぎ上げた。

 紅葉と蘇芳も、その男に続いて角を曲がった。

 ぞろぞろ追いかけてきた小蜘蛛が、急ブレーキをかけながら角を曲がった。

 角を曲がり切った小蜘蛛は積み重なり、互いを踏み合いながら更に走った。

 小蜘蛛は小石の大きさから、握り拳の大きさになった。


 男は咲良を道に下ろし、

「神火清明、神水清明、神風清明…」

 と念じて、火打石を打った。


「あれ? その呪文、どこかで…。山上さん?」

 咲良が起き上がった。

 男が太刀を抜き、ぶわっと火を起こした。

 太刀の一振りから火焔が巻き起こって、鬼蜘蛛の大群を下がらせた。


「雨音くん…?」

「お下がり下され」

 男は雨音と瓜二つだが、黒い冠を被り、紐を結んでいる。

 刀匠・安綱や三条宗近の作風より古い太刀を振り、また火焔を吹き付けた。

 鬼蜘蛛の大群が退散した。



「あんなこと出来る人、渡辺綱しかいないってば!」

 紅葉が蘇芳に言い張った。


「ご無事ですか? あなた方は誰?」

 男が咲良に尋ね、

「やや!? 稚桜姫、こんなところにいらしたのですか。捜しましたぞ!」

 突然、叫んだ。


「源次、私は頼光だ。わかるか?」

 試しに、蘇芳が言ってみた。

 渡辺源次綱はふらっとよろめいた。

「頼光様、何故そのようなお召し物を…? 皆様のお言葉がようわかりませぬが…?」

 彼は混乱し、頭を抱えた。


「稚桜姫まで。何故、そんな風変わりなお召し物を?」

 咲良を稚桜姫と勘違いした綱。

 すぐ、彼女と稚桜姫の身長差に気付いた。

 綱はいきなり、彼女のほっぺたをぎゅーっと抓った。

「もしや、鬼におなりあそばしたか?」

「痛い!」

 咲良が痛がったら、

「ふむ。その程度で痛いならば、鬼ではございませぬな」

 綱は一人で納得した。


「土蜘蛛が追いかけて来るかも知れない。私達、羅城門の方から来たんです」

 紅葉が綱に説明した。

 雨音と同じ顏というだけで、紅葉は何だかどきどきした。


「土蜘蛛の(おさ)は我等が千年封じた鬼。こんなところにはおりませぬ。土蜘蛛のことは、千年後にでもご心配下さりませ。…あや?」

 綱はまじまじと紅葉を見た。

「…我が妻・紅葉と瓜二つ…?」

 綱は再び混乱した。


「話は後だ、源次。夜を越せる場所はないか?」

 蘇芳が横柄な口調で、頼光になりきって話した。

「はぁ。一条邸にお戻り下さいませ、頼光様」

 綱は当然のように言った。


「八条から一条まで歩くの? この真っ暗な道を? 嫌やー」

 紅葉は距離を計算し、泣きたくなった。

「近くに知り合いの屋敷がございます。頼んでみましょう。…よろしければ、どうぞ」

 綱が紅葉の前で屈み、膝を着いた。

 紅葉は綱におぶってもらった。



 彼等は暗い道をテクテクと歩き続けた。

「千年の封印をしたのは、安倍晴明でしょ?」

「ご存知ですか。晴明様と頼光様と、私。ご存知と言うことは、皆様は…千年未来(さき)からいらしたのですね? (あまねし)とお知り合いではありませぬか? 私の子孫の渡辺遍(わたなべのあまねし)…」

 綱の返事は意外だった。

 嵯峨源氏の子孫は、名前が一文字と決まっている。


「雨音くんを知ってるの!?」

「はい!」

 綱が嬉しそうに頷いた。





 その頃。

 雨音達は鬼の棲む廃寺で、稚桜(わかさくら)姫と出会った。

「姫、なんでマナブ…学瀛に捕まってるんですか?」

 雨音が稚桜姫に尋ねた。

「人をこれ以上殺さぬよう、お願いしに参ったのです」

 稚桜姫は真剣に答えた。


「千年後の咲良ちゃんと同じですね。()りて下さいよ、いい加減…」

 雨音が愚痴を零した。

「てか、ご家族が心配してんじゃないですか?」

 雲林院が言い、

「源頼光と渡辺綱がな、血眼になって捜してると思うよ」

 山上が言った。


「八尾の狐は何故、私達をこの時代に飛ばしたんでしょう?」

 静先生と武蔵は不思議そうだった。

「でも、チャンスかも知れません。ね、山上さん」

 旭がニッと笑う。

「ああ、そうやな。…稚桜姫。もしご存知なら、ご案内願いたい。…安倍晴明の屋敷まで」

 山上が頼んだ。

「構いませぬ。では、参りましょう。陰陽博士の晴明様は、一条にお住まいです」

 稚桜姫は扇子を出し、パタパタ扇いだ。

 歩く気なんて、全く無し。


「さっきの鬼の舟に乗せてくれるように頼んで来ます。あの鬼達、都に行くって言ってましたよね」

 雨音が本堂を出た。





 一方。

 紅葉達は渡辺綱の知り合いの屋敷に入った。

 綱は無口な男で、余り雑談をしなかった。

 とっつきにくい雰囲気があって、聞きたいことは山ほどあったけれど、何も聞けなかった。


 紅葉達は部屋を借りて、休憩した。

 眠気が襲ってきた。

 識神の巨門と文曲が寝ずに番をしてくれるから、彼女達は寝ることにした。



 咲良は夢の中で、蜘蛛がカサカサと歩く音を聞いた。

 蜘蛛の大群が道に広がって、普通じゃない速度で進んでいく。

 蜘蛛は瞬く間に成長し、咲良に近付くにつれ、でかくなった。


 鬼蜘蛛は遂に、人間と互角の大きさになった。

 脚は節くれ立ち、黒に白い縞があった。

 道幅が足りなくなって、長い列が出来た。


 鬼蜘蛛の顔が人面であることがわかった。

 目は黒いダイヤのよう、口に二本の牙があった。

 角は触角に似ていた。

 顔だけが青白く、口は赤く、全身はタランチュラのように毛むくじゃらで黒かった。

 背中に赤い髑髏形の模様がある、毒々しい蜘蛛だった。


 鬼蜘蛛は髪を振り乱し、上体を起こして前脚を構え、威嚇するポーズを取った。

 咲良と鬼蜘蛛の視線がぶつかった。


 鬼蜘蛛は夜に乗じ、屋敷の中に侵入してきた。

 人間と同じ大きさ、厚さなのに、戸口の隙間を通る時だけは薄っぺらくなった。

 ある蜘蛛は縁の下を進み、ある蜘蛛は板をギシギシ軋ませ、天井裏を進んだ。

 世の中にどれだけ人間がいても、産まれて最初に嗅いだ獲物の匂いが、腹ペコの鬼蜘蛛を駆り立てた。



 咲良が目を覚ました。

 隣で紅葉、蘇芳が寝ていた。

 文曲と巨門が、縁側を覗いていた。

「敵が来たぞ、咲良…。二人を起こせ」

 巨門が言った。




 水路に面した、細い道。

 誰かが裏の門を叩いた。

 綱が太刀を手に取り、(しとみ)から覗く。

「もし。夜分、恐れ入ります…」

 黒い冠を付けた背の高い男が、閉まっている門を擦り抜けて入って来た。


 男は銀糸をふんだんに用いた着物を広げ、綱の太刀をかわして飛んだ。

 銀糸の刺繍は、蜘蛛の巣柄。


「土蜘蛛の…(おさ)()か?」

 綱が太刀を構え、裸足で庭に降りた。

 男は塀から屋根へ飛び、

「これから、我が里の鬼が参ります。あなた様が殺した分だけ、お身内の命を頂戴します。土蜘蛛の里の鬼が、鬼の大将・学瀛様を連れて参ります…」

 また塀の上と、空を舞った。


「ぺっ」

 蜘蛛の鬼が吐き出した糸が、綱の体まで飛んだ。





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